「――ではこれから行って来ますね」
「ああ、休暇を楽しんでくると良い」
「無論そのつもりです」
一昨日は盛大にパーティーがあった。
何のパーティーかというと、俺の誕生パーティー。
執行吏とはいえ何故一人の部下のためにここまでするのかはわからない。
昔聞いた時は侘びだと言っていた。
嫌なことを思い出すからそれ以上は聞かなかったしそれ以来聞いてもいない。
嫌なことは忘れよう。
そう思って俺は宮殿を出た。
なんといっても今日から一ヶ月の有給だし。
アスガルドの外に行って旅を満喫しよう。
この時期に有給を取るのはいつものことだが、旅に行くのは初めてだ。
いつも大概古い文献の解読や個人的な研究で休みを費やすからだ。
まあ、方向感覚が皆無な俺にとってあまり外に行くのは好ましくない。
――が、今手持ちに良い文献ないからな。
行き先は
寒くて小さい国だが、調べたところによると遺跡があるらしい。
遺跡を見に行くのは久しぶりだ。
昔はよく行った……
……行ったな……確かに……
楽しくはなかったけど。
ああー、もう! 嫌なこと思い出すからやめ!
そう思っていると後ろから肩を叩かれた。
「ラス?」
「やはりまだいたか」
なんで俺がまだ街の中にいる事がわかったんだろう?
「お前は方向音痴だからな」
うぐっ…………
確かに、もう随分と歩いているが一向に街から出ない。
「も、元から方向音痴だったわけじゃない!」
言い訳にしか聞こえないがしょうがない。
これは事実だ。
「それは知っている。有り余る精神力の一部を封印しているせいで方向感覚がなくなっているんだろう?」
「そうだよ」
わかってるなら言うな。
傷つくだろ。
何度思ったことか。
アウグストのように無害であったならば、と。
「お前は無理だろ」
「は? 何が?」
「お前の精神力はケタが違うからな」
なんで考えていることがわかるんだろう。
「顔に書いてある」
「……」
俺はそんなに思っていることが顔に出るようなやつだったか?
「俺は良いと思うがな」
「え?」
「何を考えているかわからなかった頃から比べたら、その方が断然人らしい」
「……」
「昔のお前は表情がなかったからな」
「……楽しくなかったからな」
「それだけじゃないだろう?」
「……」
「能面のような全てを諦めたような顔をされてるよりはずっといいさ」
「……嫌なことをたくさん思い出させるな」
ホント、イヤだ……
「本当に嫌なことからは逃げられない」
「――!!――」
「そう言ったのはお前だろう?」
確かに、それは俺が言った。
それをラスに言ったのは、俺がラスと会って二回目の時だったか……
「今でもそう思っているよ」
結局、逃げられない。
俺は……俺でしかないから……
俺以外の何者にもなれないから……
俺が生きている限り必ず付きまとってくる。
「でも、昔より随分といい」
「そうだな」
「それもこれも、ラスやラルフ、リュシアン、カインにアベルのおかげか……」
「感謝しろよ」
「言われなくても感謝してるよ」
してもしきれないくらいだ。
「ところで、ラス」
「なんだ?」
「何しに来たんだ?」
俺をわざわざ引き止めた理由がこんなくだらない過去の話ではないだろう。
「ああ、これをお前に渡そうと思って――」
そう言ってラスが差し出してきたのは……
「……」
俺は差し出されたものを受け取ってまじまじと見つめた。
「これ……」
「見て解らないか?
いや、そんなのは見ればわかる。
わからないのは、なんでこれを俺に渡すか、だ。
「なんでこんなものを……?」
「方向音痴だから」
まあ、確かに普通の方向音痴ならこれでなんとかなるかもしれないけど、俺の方向音痴はこんなものではどうにもならない。
「無意味だよ、ラス」
「保険だよ、ほ・け・ん」
やっぱり無意味だ。
「持っててもそんなに荷物にはならないだろ?」
「そうだけど……俺の方向音痴はこんなものじゃどうにもならないし……」
「じゃあ、いっその事封印を解いたらどうだ?」
「それはダメ!!」
ラスはびっくりしたような顔を向けている。
そりゃそうだろう。
いきなり怒鳴られれば。
だが、ラスはそっと俺から視線を外した。
「……悪い。お前を傷つけるつもりはなかったんだ」
そんなのはわかってる……
「冗談で言って良い言葉じゃなかったな」
違う……
「すまなかった」
ラスが悪いわけじゃない……
悪いわけじゃないのに……
「お詫びといっちゃ何だが、セレスエラまで送るよ」
「は? ラス、仕事は?」
「何、簡単だ。お前を連れて行くくらいはな」
いや、聞いてないし。
「取り敢えず街の外に行こう。ここで元の姿に戻ったら一般市民に迷惑だ」
いや、迷惑どころかラスに踏まれるんじゃ……
……
…………
一番危険なのは一番側にいる俺じゃん。
ラスの本体につぶされたら間違いなく死ぬって……
「……元の姿に戻るつもりなのか?」
「ああ、元に戻ればお前を乗せてすぐにセレスエラに行ける」
それは……三十分もあれば着きそうだな。
仕事は……平気だからそう言ってるんだろうな。
「じゃあ、頼むよ」
俺一人じゃ何時になったら着けるかわかんないし。
「まかせろ」
俺はその後、ラスに乗せてもらって
ラスのおかげで無事にミズガルドに来れた。
良かった。
思ったより早く来れて……
自分でもこう思ってしまうところが切ないところだ。
自覚があるだけマシなのか……?
まあいい、この後はどうしようか……
すぐにニフルヘイムに行ってもなぁ……
……古本屋だ。
文献荒らしでもしよう。
俺はそう思うと古本屋を探した。
すぐに道に迷って行き着くためにとても大変な思いをしたが。
古い文献を読むのは好きだ。
でも、歴史書は好きじゃない。
歴史書は真実を語っているとは限らないからだ。
まあ、長生きしてる奴等がいるから史実なんて直接聞けばいくらでも教えてもらえるから別にいいし。
たとえばラスとか。
ああ見えてラスは九千百五十七歳だ。
大概のことは聞けば教えてくれるし。
だから歴史書はいらない。
俺が欲しいのは専門的な事が書かれた古い文献とか、あるいは紋章学について書かれた本だ。
そう思って書物をあさった。
しばらくすると良い感じで書物が見つかった。
カードでそれらを買うと、もう夕方だったので宿をとることにした。
理由は道に迷ったからだ。
やっぱり一人だと辛いな。
仕事時ですら道に迷う俺としては致命的だ。
よく部下に探されている。
二度手間だとロキに怒られた事もあった。
故に視察時は部下付きが多かったな。
一人で行動させることがどれだけヤバイかは周りが十分理解しているため、大概部下付だったな。
過保護な周りがいるからわりあい楽だったな。
甘やかされてる気がしなくもないが……
――つーか、宿屋は何処だ?
この後、俺が宿についた頃にはすっかり暗くなっていた。
次の日。
何でいつもこうなんだよ。
力の封印中の副作用に悩まされ続けること数十年。
溜息が出る……
ほんと、なんでいつも全然違うところに出るんだろう……
ここ何処だよ。
目的地にマトモに着けた事なんてないよな。
誰かに聞くか……
その後、何人もの人に道を聞いてやっと
何人かはあえて言わない。
切なくなるからな。
――俺が。
その後、無事に船に乗った。
そうしてなんとかニフルヘイムに着いた。
旅をするのがこんなに大変だとは……
封印を外している時がいかに楽かがわかるな。
倍以上はかかるぞ。
ほんと。
疲れる体質だよね……
……そう言えば、封印しながら旅したのは初めてだ。
一応地図買ってから行くか。
気休めにもならないけど。
地図見てても絶対に迷うからな。
真っ直ぐに歩いているつもりでもいつの間にか曲がってたりするしな。
それほど広い街でなかったのが幸いしたのか、雑貨屋はすぐに見つかった。
それから店の人に南に行くにはどうしたら良いのか聞いて置く。
聞いているのといないのとでは多分違う……ハズだと信じたい。
地図と一緒に方位磁石も買った。
無事につけますように。
俺はそう思いながら出発した。
しばらく歩き続けてようやく街の南についた。
そこは水晶の平原だった。
ああ、だから雪晶渓谷クリスタルっていうのか。
そういや以前、
本物はこれなのかぁ。
へえ。
でも、邪魔だよな。
良く見なくても道らしきものの上にも結晶が出来ている。
これどうするんだ?
俺は周囲を見回した。
すると――
看板を見つけた。
内容は要約すると、道上に出来たものは破壊しても可、ということらしい。
じゃあ、遠慮なく破壊しよう。
どうやって消すか……
俺の紋章術は攻撃力が高いから周りも一辺に吹き飛んじゃうからな。
融かせば良いのか……?
融かすなら熱の紋章術だよな。
俺はそう思うと熱の紋章術の一つ、熱風の術を使って結晶を溶かしながら進んだ。 案外簡単に解けた。
一本道なので道にも迷わない。
良い道だ。
こうしてわりと楽に極寒の村テラスに着いた。
さて、今日は宿に泊まって明日遺跡に行こう。
次の日、意気揚々と出発した俺だったが……
「なんで、一面真っ白な森なんだー!!」
地図と方位磁石まで持っているのに迷った。
俺はこの後、不思議な少年を拾うことになるとは夢にも思っていなかった。