こんな始まり方もあるんだなぁ……
紹介されるメンバーを見ながら思った。
発端は久しぶりに旧友にあった事からだった。
そして有無も言わさず、いきなり悪の組織に引き摺り込まれたのだ。

僕は久しぶりに生まれ育った家から出て、遠い街に来た。
どうしてこんな事をしたかというと、何百年も音信不通だった父親に会った。
そして、僕はあの屋敷を出たかった。
そのためにこの話を利用した。
父親の話は簡潔に言うと、『最近、再婚して新婚旅行に行きたいから妻の連れ子の面倒を見て欲しい』というものだった。
お祖母様には止められたけど、僕はずっとあそこにいる気分にもなれない。
……というかもう十分あそこで過ごしたし。
それに、僕をどうにか出来る様な人物が街にいるとも思えないしね。
そういうわけで僕はヴァイス国のエーデルシュタインという比較的大きな街にやって来た。
さっき全く血の繋がっていない妹にあったけど、なかなか見目は良かった。
父さんが惚れるくらいだから母親も美人なんだろうけどね。
まあ、すっかり我が一族と絶縁しちゃってる父さんの事はどうでもいいんだけど。
僕はこれから過ごすこの街を探索することにした。
人里に来るのも久しぶりだしね。
世間の情報に疎い僕としてはなるだけ情報を収集したいし。
でも、ギルドには近づかないようにしないと。
あの人たちにバレたら鬱陶しいしね。
僕はそんな事を思いながら街の大通りを歩いていた。
その時、懐かしい声が聞こえた。
「もしかして、ライン?」
振り向くと、そこには銀髪銀眼の青年が立っていた。
いや、本当に懐かしい人物だ。
「久しぶりだね、クルト」
クルトはちょっと大きな外套を羽織っている。
本来なら、こんなものを羽織らなくても良いような世界でないといけない。
でも、昔からこの国は亜人に対して非常に厳しい。
人間でないということがそんなに悪いことなのだろうか……
少なくとも、クルトは僕よりもかなり人畜無害だ。
「どうしたの? 珍しいんじゃない? ラインがこんなところにいるなんて」
確かに、それは自分でも思う。
父さんから連絡がなかったら僕は今でもあそこにいただろうし。
「うん。ちょっとしばらくこの街で暮らすことになってね」
「この街で?」
物凄く驚いた表情をしているクルト。
僕はそんなに驚かせるような事を言っただろうか?
「どうかしたの? クルト」
「――ということはラインはしばらくこの街にいるんだね!?」
何故かぎゅっと手を握って目をきらきらさせているクルト。
なんかまずったかな〜。
厄介ごとは勘弁なんだけどな〜。
昔から厄介ごとに巻き込まれるとロクな事がないし〜。
でも、ここまでくると良い感じの言い訳など見つからない。
クルトはぼんやりしてはいるけど、天使という種族のせいか人の心の動きには非常に敏感だ。
ここは諦めるしかないか。
「うん、まあ。ぶっちゃけて言うとヒマだね」
「じゃあ、一緒に来て」
言うや否や腕を引っ張られてどこぞに連れて行かれた。
あ〜、なんていうかちょっと腕が痛いんだけど。
そんなに急いでどこに行くんだろう。
そして連れてこられたのはちょっとボロそうなアパートの前だった。
角部屋だが、中は物凄く狭そうだ。
「目的地は……ここ?」
「うん、そうだよ」
ニコニコしている。
そして鍵を取り出して差し込む。
カチャリという音がして扉が開く。
ぎぃぃぃ〜……
物凄くボロそうだ。
蝶番のきしんだ音が響く。
思わず顔が引きつる。
「さ、中に入って」
そう言って部屋の中に押し込まれる。
中も外観通りボロかった。
あ〜、なんか凄く隣に声が筒抜けちゃいそうな部屋。
「ただいま〜。良い人見つけてきたよ〜」
クルトは中にいる人に向かって声をかける。
クルトが奥に行くと中が見えた。
このアパートはどうやらワンルームらしい。
他に扉が見当たらない。
「狭っ!!」
僕は思いっきりそう言ってしまった。
そう思ってしまってもしょうがないと思う。
いや、ワンルームと言う時点でかなり狭いとは思うけど、でも……中に五人は入りすぎだと思う。
そう思っていると睨まれた。
あ〜、やっぱり失礼だったかな?
「クルト、君の隣にいるちょっと失礼な男は誰ですか?」
緑色の髪に緑色の瞳をしたちょっとキツそうな男の人に言われる。
やっぱりまずかったな〜。
でも、つい言っちゃうんだよね。
「ボクの古くからの友人だよ」
なんか、物凄く不審なヤツを見る目で見られてるんだけど……
「……ふ〜ん、なかなかイイ男ね」
紫色の髪に紫色の瞳をした女の人がこっちを凝視してる。
橙色の髪に橙色の瞳をした少年なんかソファーの影に隠れてこっちをじっと見てるし。
これは明らかに警戒されてるよね。
青い髪に青い瞳の女の人なんか胡散臭そうにこっちを見てるし。
メチャメチャ歓迎されてないんだけど。
「なんでそんなの連れて来るんだよ」
極め付けに、燃えるような赤い髪に赤い瞳のちょっとガラの悪そうな男の人にガン飛ばされるし。
……というか――
「そんなのとはなに! そんなのとは!!」
ちょっと失礼じゃない!
ちょっと腹が立つ。
「ふん」
うわぁ、なんかムカツクんですけど。
――にしても、みんな暑苦しそうに帽子とか外套とか着けてるよね……
……ん、もしかして――
「ねぇ、クルト」
「何?」
「これってもしかしなくても亜人の集まり?」
「あは。
さっすがライン、よくわかったね」
いや、良くわかったねって言われても……
さすがに気付くよ。
でも、いや、この明らかな嫌悪の視線は……
間違いなく勘違いされてるんじゃないの?
いやだなぁ、なんか空気重いし。
「――で、僕になんの用?」
もうとっとと用を済ませて帰りたい。
視線が痛いし。
「実はね。ボクたちの司令官になって欲しいんだ」
『何――!!?』
ちなみに僕はまだ何も言ってない。
叫んだのはここにいる人たち。
でも、それって僕の台詞だと思うんだよね。
「何でこんなヤツに!? クルトが司令官をやるんじゃないのか!?」
こんな……!
さっきから何度も何度も失礼な――
「ボクじゃダメだよ。ラインにやってもらいたいんだもん」
「ちょ、クルト! 司令官って何!?」
説明もなしに勝手に話を進めないで欲しい。
「あ、そっか。まだ何も話してなかったっけ」
そう、いきなり拉致されてからここに着くまで無言。
話なんて一切聞いていない。
「ラインは今の世の中どう思う? ボク達には暮らしにくいって思わない?」
何を言うのかと思えば……
「当たり前でしょ。この世の中、鬱陶しいほどに人間が多いからね。僕たちは非常に肩身が狭い」
まあでも、実際人間がいなくなっちゃうと僕としては困るんだけどね。
「そうでしょ。そうだよね」
僕の言葉に嬉しそうに頷いているクルト。
「ボクたち亜人だって言うだけで迫害されるし。
こんな狭い部屋しか貸してもらえないし」
ああ、なるほど。ここに押し込められてるのか……
ん……?
「えーと、もしかして六人で暮らしてるの?」
僕はちょっと嫌なものを感じたけど聞いてしまった。
「うん、そうだよ」
こんな狭いところで六人も!?
今度は口には出さなかった。
「しょうがないよ。ラインは屋敷にずっと住んでるから余計狭く感じちゃうかもしれないけど、これがボクたちにとっては当たり前だから」
……顔にはしっかりと出たらしい。
「……だから変えたいんだよ」
……変える?
「その為にみんなでいろいろ考えてたんだ。でも、どうしても司令官役に適した人材がいなくて……」
なるほど、そういうわけか。
「でもどうして僕なの?」
それならクルトにだって十分務まるはずだ。
「そうだ、なんでこんなやつに!!」
メチャメチャ嫌われてるなあ。
ここまであからさまだとちょっと傷つくね。
パサリ。
怒っていた赤髪の男の帽子が落ちた。
そこから燃えるような羽根が露わになる。
――!!――
「凄い! 貴方は火の鳥なんだ!! 八百年も生きていたけどはじめて見た〜」
火の鳥って山奥で暮らしてるし排他的だから見たことないんだよね……
――ん?
なんかみんな物凄く驚いてるんだけど。
「あなた、八百年も生きてるんですの……?」
ああ、なるほど。
僕が人間にしか見えないから驚いてるのか。
「あんた、何者だ?」
「相手に聞く前に自分から名のったらどう?」
「なっ……」
僕はあんまり人に名のるの好きじゃないんだよね。
物騒な人たちにストーカーされちゃうし。
「それもそうですね」
緑色の髪の男の人が帽子と外套を脱ぎ捨てて、こちらの方に向いて立ち上がった。
「私は竜人族のエアハルト=トーン=ミルデンブルクです。年は三百九十一歳になります」
竜人か……彼等もあまり人里には降りてこないよね。
わりとしっかりしてそうだ。
「ふふふ、わたくしはブリュンヒルト=ユンカース=パッヘルベル。兎人でまだぴっちぴちの二十歳ですわ」
紫の髪をした女の人が手を差し出しながらそう言った。
「どうも」
僕は差し出された手を握手して答える。
なんか、ちょっと軽そうな人だな。
「わたしは魚人のグレーティア=ディックハウト、二十七歳だ」
この青い髪の女の人は打って変わってめちゃめちゃ厳しそうというか……無表情。
そしてちょっと視線を感じる。
見ると、橙色の髪をした少年がこちらを見ている。
「…………アルトリート=ノイエンドルフ。狼人。十六歳」
……人見知り激しそうだよね。
何かあったのかな……
「…………」
ムスッと赤髪の男の人がこちらを睨んでいる。
「俺はあんたの言うとおり火の鳥だ。年は六十四。名はホルスト=ヴァイツ=シュトッケンシュミット」
最初から最後までちょっと気に触る人だね。
「ボクはクルト=イステル=リヒテンシュタイン。種族は天使。年齢はこう見えても六百八十七歳です」
「いや、クルトのことは知ってるからわざわざ自己紹介しなくて良いよ」
「え〜、そう?」
ほんとに昔から変わらない。
「で、あんたは?」
「ん、僕。僕はね、ライン=フォ――」
ふと思いとどまる。
みんな亜人だし、隠す必要ないかな……
僕はそう思いなおすと、言い換えた。
「僕はラインハルト=エルツェ=ファル=フォン=クロイツェル。年齢はこれでもまだ八百二十九歳です。種族は今時珍しい純血の吸血鬼です」
シーン――
何?
僕何か悪いことでも言ったかなあ?
「クロイツェル家って、あの、ヴァンパイア・ロードと呼ばれている最強の吸血鬼の一族の……」
あー、やっぱり知ってるんだな。
「うん、そう。そのクロイツェル」
「お前、吸血鬼なのか?」
「見えないかもしれないけど吸血鬼だよ」
隠してあるけど羽根も生えてるし耳も尖がってるしね。
魔力が有り余ってると簡単に隠せて良いよね。
「ラインはボクより魔力も高いし強いんだよ」
だから司令官にぴったりと僕を強く薦めるクルト。
「ところで何の組織なの?」
「それは勿論、悪の秘密結社・イングリム=アンクノーレンだよ」
……悪の組織……?…………怒りの牙……?
あ〜、確かに、僕たちは悪かもね。
大多数を占める人間達から見れば。
「……イヤ?」
不安そうな顔でこっちを見ているクルト。
悪、悪ね。
イエス・オア・ノー?
そんなのとっくに決まってる。
僕は生まれながらに決まっている定めに従うことにした。
つまり……
「楽しそうじゃない。悪の組織」
悪上等。
僕は生まれながらに悪だ。
人の生き血を吸って生きる我等吸血鬼は――
それに、ヒマだしねぇ。
「じゃあ、引き受けてくれるんだね」
とても嬉しそうなクルト。
「勿論だよ」
退屈しのぎには、なりそうだよね。
何が起こるかとっても楽しみ。
こうして僕は、エーデルシュタインに着いたその日に悪の組織の司令官に任命された。
僕は僕を見つめてくる六人と共に茨の道を進む。
これが後に何を引き起こすかも知らないままに。