だから言ったのに。
 科学兵器開発所の散々たる状況を見ながらラインハルトは言った。
 それは悪の組織としての初仕事だった。
 予想していたことだったが余りに酷すぎだった。





 悪の組織とやらに勧誘され、司令官とやらになってから三日が経った。
 三日経ったからといって何も変わらないけどね。
 この三日間、亜人さん達に会っていたわけでもないし。
 クルトには出来る限り毎日来てよ、と言われたけど……
 僕はこの街について何も知らないわけだから……というよりむしろ世情に疎いから解らないんだよね。
 僕が今まで暮らしていた場所は人里離れた山の中にある結界が張られた閉鎖的な屋敷。
 外界の情報など入って来ない様なところでずっとお祖母様と一緒に暮らしていた。
 司令官なんてやらなきゃいけないわけだから街の事とかギルドについては詳しく知っておく必要があるだろう。
 というわけで僕はこの三日間、ひたすらこの街について調べていた。
 三日間、頑張ったおかげでだいぶ理解できたと思う。
 というわけでひさしぶり……というほどでもないけど、あのボロアパートに行くことにした。
 鍵は貰ったのでノックの必要もない。
 聞くところによると、あの部屋の鍵は全員持っているらしい。
 クルトの錬金術って本当に便利だよね。
 鍵ぐらいなら簡単にいくらでも複製できちゃうわけだし。
 僕は魔法は使えるけど錬金術は使えないからなあ。
 中に入ると相変わらず狭い。
 いや、部屋自体もそう広いわけじゃないんだけどこう、六人も入ってるとね。
 この部屋の広さで六人も寝る場所があるのかどうかが気になるところだけど。
「あ、ラインだ。全然来てくれないから心配しちゃったよ」
 そういってクルトはべったりとはりついてきた。
「しょうがないよ。僕は何も知らないからね。世情についてもこの街についても」
「情報収集してたの?」
「うん。僕は耳も人間みたいに出来るし羽もしまえるからね。何もしなければほぼ疑われることなく情報を引き出せるし」
 人間にしか見えないから迫害されたりしないし、ギルドに連絡されたりもしないしね。
 人間と話なんてした事ほとんどないからちょっと心配だったけど何とかなったしね。
 これも昔からクルトと話してきたおかげかな。
「便利ねぇ」
 耳や尻尾を隠す事が出来ない彼等から見れば確かにうらやましい事だろう。
 でも僕は吸血鬼だから昔から人間とはあまり仲良くなくて諍いも絶えないから大変だったんだけどね。
「そういえばあれからどうなったの?」
 悪の組織なんだから何かやるよねぇ……
 詳しくは全く知らないんだけどさ。
 だっていきなり司令官にされたわけだし。
「勿論、人間共に俺達の存在を知らしめるに決まってるだろう」
 まぁ、確かに……組織を立ち上げても何も活動しなかったら知られなくて意味ないもんね。
「悪の秘密結社・イングリム=アンクノーレンの名を世間に知らしめる為にどこかを襲撃する事にしている」
 襲撃? あー、人間を襲うのか……
 当然だよね……悪の組織だし。
 亜人から見れば正義の味方になるのかもしれないけど、善悪なんて後の世の人が勝手に決めちゃったりするからね〜……人間にしてみれば後の世かもしれないけど僕にとっては全然後の世じゃなかったりするけど……
 あ〜、昔の出来事を思い出すなぁ〜……あれは若気の至り、ってやつだよね。たぶん。
「そういうわけで科学兵器開発所を襲う事にした」
 科学兵器開発所……って、剣とか銃器とか戦車とかの物騒な武器を開発してるところだよね……
 でもあそこはかなりやばいと思うけど……
「襲撃は今日、十七時に俺とアルトリートで行う」
「……ホルストとアルトリートが行くの?」
 こんな魔力をほとんど持ち合わせてない二人が?
「……やめた方が良いと思うけど」
 僕は率直な意見を言ったんだけど……
「俺達は亜人だぞ! 人間如きに後れを取るはずがないだろう」
 うわぁ、自信満々だね。
 確かに僕たち亜人は人間と違って身体能力も高いし魔法も使えるけど……
 人間の科学技術も馬鹿に出来ないんだよね……
 僕も昔それでちょっと苦戦した事があったんだけど……
「身体能力ではそうだけど、科学技術もなかなかだよ。だから、魔法が使えない二人で行くのはどうかと思うんだ」
 特に科学兵器開発所は要するに武器庫だ。
 当然、それを使いこなす事が出来る者達が詰めている。
「ふん、人間の科学技術など俺達の力の前には無力だ」
 そう言ってホルストは立ち上がった。
 その考え方はちょっと傲慢だな。
「行くぞ、アルトリート」
 少年も無言で立ち上がってホルストと共に部屋を出て行った。
 忠告だったんだけどなぁ〜。
「私達も彼等のサポートをしましょう」
 そう言うとエアハルトやグレーティア、ブリュンヒルトも出て行ってしまった。
 部屋の中に取り残される僕とクルト。
 みんな短気だな。
 それにしても……
「なんかさぁ、僕って皆に避けられてない?」
 言っててヘコむんだけどしょうがない。
 僕の常識は世間では通用しないだろうから、それなりに外の世界で生きているクルトの方がよくわかるはずだ。
「皆、人間に酷い目にあってるみたいだから」
 否定されなかった……
 本音の塊、クルトが否定してくれなかったという事はやっぱり避けられてるんだ。
「神経質になってるんだよね」
 こればっかりは仕方ないよ、と苦笑される。
 時間をかけて打ち解けていくしかなさそうだな。
 ……でも、道のりは遠そうだ。
 だって僕は吸血鬼なのに……避けられた……
 ふぅ……
「ねぇ……クルトは今回の襲撃、大丈夫だと思う?」
「さぁ? でも皆若いから」
 だよねぇ……
 百年も生きていないような子供だからわからないんだよねぇ。
「年長者の意見は聞くものだと思うんだけどなぁ」
「そうだね。でも、彼等は聞かないと思うよ。今、彼等の頭には人間に対する憎しみしかないから」
 周りが見えない……か。
 無理もないだろうけど、それはとても危険だ。
「……助けて上げないの?」
「ふふ」
 クルトは楽しそうに笑いながら僕を見ている。
「ボクじゃね、無理だから……だからラインに頼んだんだ」
「無理……?」
「うん。ボクは錬金術しか使えないから、攻撃魔術使えないから……彼等を助けてあげられないんだ。危険が彼等に迫った時、ボクじゃ見ている事しか出来ない。ラインのように攻撃魔術とか空間魔術とかいろいろ出来たらよかったんだけど……」
 クルトに錬金術を勧めたのは僕だ。
 屋敷には錬金術書もたくさんあったけど、僕は使えないからほっといたんだよね。
 最初、クルトに僕と同じような魔術を教えようかと思ったんだけど……クルトは魔術のコントロールが非常に苦手だった。
 よく暴走させて……魔術は断念したんだよね。
 でも幻術は使えて……具象化は出来るみたいだったから錬金術を進めたんだ。
 僕は魔力のコントロールがあそこまで緻密に行えないから物質の再構成とか出来ないんだけど、クルトは簡単にやって見せてくれた。
 僕が褒めたら無邪気に喜んでくれたっけ……
「人には向き不向きがあるからしょうがないよ。僕は回復魔術も錬金術も使えないからね」
「うん。そうだね」
 少し沈んだ表情をしていたが、ふんわりと笑う。
 やっぱりクルトは笑っている方が良いね。
「だから、後で助けに行ってあげて。彼等は人間の恐ろしさを知らないから」
 僕もクルトも長く生きてるからね。
 彼等の知らない事をいろいろ知っている。
 僕は世間知らずだけど何も知らないわけじゃない。
 過去に、人間と争った事もある。
 あの時の僕も彼等と同じような顔をしていたのかな……
「さて、じゃあ襲撃時間になったら行ってみようか」
「そうだね」
 まあ、何もないに越したことはないんだけど、そうはならないだろうからね。




 僕とクルトは科学兵器開発所の近くの高い建物の上にいた。
 僕もクルトも飛べるからね。
 そこで盛大に破壊音を上げる襲撃地を見ていた。
「あっちゃ〜……」
「うわぁ……」
 凄惨たる状況――
「だから言ったのに――」
 そう思うがしょうがない。
 過ぎた事を言っても仕方ないしね。
 状況は明らかにホルストとアルトリートの不利だった。
 ホルストは長剣、アルトリートは素手で戦っているんだから無理もない。
 だって人間達は銃器で応戦してるからね。
 近づけずにいる。
 怪我もしているだろう。
 不利を見て取れたのかエアハルト、グレーティア、ブリュンヒルトも手を貸している。
 ブリュンヒルトは怪我をしたアルトリートの回復を行っているようだ。
 回復魔法が使えるということは後方支援型だな。
 前線に出るものじゃない。
 グレーティアは槍か……剣より間合いは長いだろうけど、銃器には及ばないね。
 ああ、でも氷の魔法を使ってるね。
 でもあまり威力はなさそうだな。
 エアハルトは防御結界を張ってるね。
 あれで銃弾を防いでいるのか……
 でもあれじゃあ状況は変わらないね。
「エアハルトって攻撃魔法も使えるのか?」
 あれほど攻撃の一手に欠けるメンツもないよね。
「うん。ヒルトは無理だけどエアは使えるよ」
 あー、やっぱり使えるんだ。
 でも彼じゃあ、複合魔法は使えないだろうな。
「ねぇ、あそこにいる黒服って亜人討伐ギルドの人たちじゃない?」
 いわれて目を凝らすと確かにあの紋章はそうだ。
 運の悪い……
 あいつらは対亜人用に戦闘訓練をつんだ戦闘集団だ。
 僕ら吸血鬼も彼等にだいぶ数を減らされた。
 僕にとってもにっくき敵だ。
 彼等がいるとなるとかなりヤバ気だね。
「そろそろ行った方がよさそうだね」
「そうだね。これ以上は危険だと思う」
 さて……それじゃあ、移動しますか。
「クルト、移動するから掴まって」
「うん」
 つかまってと言ったのだが、クルトはがしっと抱きついてきた。
 まあ……いいか。
 僕は魔術式を展開する。
 転移先の座標を設定する――

   ――Der Luftraum, der verschiedene Formen beeinflußt.
   ――Der Raum, der die Welt baut.
   ――Transport zum Raum, wo meine Wünsche anders sind.
   ――Metastase zu topologischem Raum.
   ――Das Wiederaufbauen zu Metastase voraus.
   ――Ich bin als mein Wunsch ähnlich und ließ, treiben Sie locker an.


 魔術式の構築完了――
 転移先、固定――
 転移、開始――
 僕達の周りに魔術式が集まり、そして転移先にも同じ魔術式が構築し始める。
 そして体に負荷がかかり…………移動する。
 次の瞬間、僕達二人は修羅場の真っ只中に転移した。




 それで驚いたのは周囲だろう。
 いきなり人が現れたんだから。
「なっ! あんたは――」
 驚いたようなホルストの声が聞こえる。
「こいつらの仲間か……!?」

   ――Eine Mauer reflektiert es.


 そんな問いには答えず周囲に簡易の防御壁を展開。
「こんにちは、亜人討伐ギルドの皆さん。
 久しぶりです……と言っても、貴方方とは始めましてですけどね」
「大丈夫? みんな?」
 クルトが僕から離れて負傷した仲間に近づいていく。
「クルトさん……これは――?」
 エアハルトが驚いたような声を上げている。
「今じゃ失われてしまった魔術……古代魔術だね。
 ラインにとってはそう昔の事じゃないけど……彼はこの魔術の使い手だよ」
「くぅ……かまわん! 撃て!!」
 無駄なのに……それに跳弾するから危険なんだけどねぇ。
 銃弾は全て弾かれる。
「ぐはっ!」
「うわぁ!」
 案の定、何人かに当たったらしい。
「く、なんだ、この結界はっ!!」
「攻撃を反射するタイプの結界だよ。だから、貴方方が攻撃をすればするほど貴方方が傷つく事になる」
「くっ!」
 だか、人間は常に諦めが悪い生き物だ。
 戦車が出てきた。
「その結界ごと吹き飛ばしてやる!!」
 う〜ん……簡易結界だからあれ食らったら壊れちゃうかも……
 仕方ない――

   ――Donner eines Geschenks von Gott zu Lauf in die Welt.
   ――Stellen Sie Macht des Blitzes zu Umfang zufrieden.
   ――Rückgang an Eisen.
   ――Wille des Blitzes.


 バチバチバチッ!!
 鉄の武器に向かって雷が落ちる。
 そこかしこで悲鳴が上がる。
「ぐぅ……キ、キサマ……」
 鉄の武器は雷が落ちたせいで使い物にならないだろう。
 人間も、立つ事が出来ずに地面に這いつくばっている。
 威力を抑えたから死ぬ事はないだろうけど。
 ここで負けっぱなしじゃあ、これからの組織の運営に支障をきたすだろうからね。しっかりとアピールしておかないと――
「僕の部下達が世話になったね。僕達は亜人の為に戦う対人組織、イングリム=アンクノーレン……僕が司令官を務めている」
 僕はそう言って亜人討伐ギルドの一人に近づいた。
「僕達を迫害する愚かで脆弱なる人間よ、亜人を敵に回した事……後悔するが良い」
「…………金色の髪に金色の瞳……そうか…………キサマがあの伝説に名高い……金色の吸血鬼か…………」
 へぇ、僕の事知ってるんだ。
 でも、どうせ悪名としてだろうけど……
「さようなら、亜人討伐司令官ギルド員にして司令官たる位置にいる貴方には、消えてもらいます」
 魔術式を展開――
 左手に集中――

   ――Gehen aus.
   ――Nur eine Leiche eines Narren ebenso wie für das Bleiben.


 無慈悲に這いつくばっている男に振り下ろす――
 どさり……
 外傷もなく、男は地面に倒れた。
 生きてはいない。
 これは体と精神と魂をバラバラに引き離す魔術。
「ふふ、流石はシーツリヒター様。お見事です」
 ……
 …………
 ………………はっ?
「シーツリヒター?」
「うん。周囲に認知させる二つ名だよ。本名でいくわけないじゃない」
 ああ、なるほど……
 まあ、いいんだけどね。
「さて、デモンストレーションは終わったし、帰ろうか」
「そうだね。怪我人もいるし」
 というわけで僕がまた周囲に魔術式を展開してあのちょっと狭い部屋に転移して運んだ。
 なんか、クルト以外の皆驚いてたみたいだけどね。
 人は見た目にはよらないことを教訓として覚えて欲しいね。