
「良かった、本当に良かった!」
二人は無事にクーヴェンドルフについた。
途中何回か魔獣に襲われたが、全てヴァルターが何とかした。
その間、アロイスはじっと少し離れた所からヴァルターの戦いっぷりを見ていた。
基本的に戦っているヴァルターを応援して戦い終わったヴァルターにミネラルウォーターをあげる以外には何もしていない。
だが、ヴァルターにとってはそのミネラルウォーターが問題だった。
別にミネラルウォーターがヤバいモノというわけではない。
むしろ逆だ。
ミネラルウォーターは剣士や戦士といった戦いをするものにとっては喉から手が出るほど欲しいモノだ。
なんせ気力や体力などを回復してくれる。
だが、いかんせん値段が高い。
アロイスが持っていたあのミネラルウォーターのボトル、あれだけでも一般市民が一ヶ月で消費する食費並に高いのだ。
それをポンとなんでもないことのようにヴァルターにわけてくれたアロイスの気が知れない。
それにミネラルウォーターはヴァルターのように戦う者には必要なものだが、アロイスのような人物には全く必要のないものだ。
それなのに何故そんなものを持っていたのか?
ヴァルターのアロイスに対する疑問は尽きることがなかった。
「さて、では宿屋に行こうか」
ヴァルターのそんな思考を途切れさせるような強引さでアロイスはヴァルターを引き摺るようにして連れて行った。
「ええっ?」
びっくりしているヴァルターなんかお構いなしである。
だが別にヴァルターも嫌なわけではない。
街道を歩いて来て疲れたし、一泊二泊はするつもりでいた。
「懐がさびしいんでしょ?」
「うっ――」
確かにアロイスの言うとおり現在のヴァルターの懐は隙間風だらけだ。
ここで出来れば仕事かバイトをしたいところだが、こんな辺境ではどうなるかはわからない。
「だからボクが宿代を出してあげる」
「えっ!? いいの?」
「いいよ。魔獣たくさん倒してくれたし」
事もなげに言うとヴァルターを連れて宿屋に向かった。
宿屋に着くとアロイスは宿帳に記帳し二人部屋をとった。
「疲れた〜」
そう言ってベッドに倒れ込むヴァルター。
アロイスはそんな事はせず、鞄を棚の上に置くと、上着を脱いでハンガーにかけた。
それを横目で見ていたヴァルターは育ちの良さを実感した。
本人は貴族ではないと言っていた。
だが、それは激しく怪しい。
基本的にミドルネームがあるのは王族や貴族だけだ。
ハイエルフであろうともそれは当てはまる。
アロイス=ヒルト=リーフェンシュタール。
リーフェンシュタールという家は知らない。
これが人間ならばまだ聞いたことがあったのかもしれないが、相手はハイエルフだ。
聞いたところで同じハイエルフやエルフでなければわからないだろう。
それに本人も言っていた通りお金には不自由していなそうだ。
アロイスは宿代を三日分、前払いで払っていた。
しかもミネラルウォーターのような貴重なアイテムを惜しげもなく自分に与えられるほどだ。
これを金持ちと言わずして誰を金持ちと呼ぶのだ。
そんな事を考えていたヴァルターだったが、いつまでもそうしているわけにもいかない。
なんせ今の自分は金欠だ。
仕事を探さなければ明日はない。
そう思ってベッドから起き上がった。
「出かけるの?」
「ああ。仕事を探さないと本当にヤバいからね」
「いってらっしゃ〜い」
ぱたぱたと手を振るアロイスに手を上げて答えるとそのまま部屋の外に出た。
ヴァルターが出て行ったのを見届けるとアロイスはそっと窓際に立った。
しばらくすると宿屋から出て来たヴァルターが見えた。
「ふふ……」
きっと酒場に行って情報を集めつつ仕事を探すつもりだろう。
「可哀想に――」
こんな辺境で仕事を探すのはおそらく無理だ。
少々の問題があったとしても軍警が全て片付けてしまうだろう。
だから、おそらく彼は手ぶらで戻ってくるはずだ。
意気消沈している姿が目に浮かんだ。
夕食の時間になってヴァルターは帰って来た。
その姿はアロイスが想像した通りのものだった。
どんよりと暗雲を背負っている。
全滅した証拠だ。
「ヴァルター君ったら、こんな辺境で仕事が見つかるわけないじゃない。さ、夕食だよ」
あっさりとアロイスに言い切られ何とも言えない表情を浮かべるヴァルター。
そんなヴァルターをやっぱり引き摺るようにして下に連れて行くアロイス。
適当に注文して料理が届くのを待った。
「はぁ……」
露骨に溜め息を吐くヴァルター。
「ヴァルター君ったら、本気で仕事が見つかると思っていたの?」
「うっ……そ、それは〜」
ヴァルターの様子を見る限りそれほど期待していたようではないようだ。
だが、やはり少しは期待していたのだろう。
そんなヴァルターを見ていたアロイスは尋ねた。
「ヴァルター君はこれからどこに行こうとしてたんだい?」
「オレ? いや、別に目的地はないけど……」
「行きたい所、無いの?」
「うん」
それを聞いたアロイスはじっとヴァルターを見た。
「ヴァルター君は魔獣を倒す仕事をしているの?」
「いや、別にそれ専門というわけじゃないけど……」
「じゃあ何してるの? ヴァルター君は剣士でしょ?」
剣士や槍士、戦士や傭兵といった戦う者たちは総じて世界にはびこる魔獣を退治するのが仕事だ。
だから街道を歩いて魔獣を退治したり、依頼を受けて魔獣を倒しに行ったりする。
「いや、魔獣も一般市民には確かに厄介だけど、それと同じくらい厄介なヤツが世界にはいるでしょ?」
そう言われてアロイスは頷いた。
「なるほど。盗賊ね」
「うん」
盗賊は街道に出たりする。
街道は危険だが、盗賊も負けてはいない。
盗賊なんてやっているわりに腕が立ったりする。
盗賊たちは基本的に集団で行動し、集団で魔獣を倒し、人を襲う。
魔獣倒せるんだからそんな割に合わないことやめればいいのに、やめない。
魔獣は容赦なく倒してかまわないが、盗賊は出来ることなら生捕りだ。
しかも単体行動が主な魔獣と違って盗賊は集団だ。
時には集団で牛車や馬車を襲って人々から金品を巻き上げたり女子供を捕まえたりする。
歯向かう者は殺される。
特に男には容赦がない。
それでも子供は闇市で奴隷として売れるため捕まえる。
女の場合は悲惨だ。
特に年頃の娘の場合は――
盗賊たちの慰み者にされたり、性奴隷として売られたりする。
これが大きな都市ならまだ救いがある。
軍警の数にモノを言わせて討伐に出かけられる。
だが、辺境の地ではそうはいかない。
基本的に村に駐在している軍警はそれほど多くはない。
村の中を守るので手一杯だ。
だからこそ、盗賊が出ると厄介なのだが――
「この辺で最近盗賊が出たという話は聞かないね」
そう……こんな辺境では盗賊が出てもおかしくないのだが、現在はいない。
いくら辺境はカモだとはいっても、ヒトの通りが少ないと盗賊は出ない。
このクーヴェルドルフの隣は村だ。
しかも、それほど頻繁に人や物資が移動したりはしない。
故に、仕事がなかったのだろう。
「この辺に盗賊が出ないことぐらい前の村で聞いたでしょ」
呆れたように言うアロイス。
「うっ……でも、あそこでも仕事が……」
無かったのだろう。
そんな事ヴァルターが言わなくてもアロイスにはわかっていた。
なにしろアロイスもそこにいたのだ。
知らないはずがない。
あの村はとても平和であった。
なので仕事に窮したであろうことは理解できる。
そんなヴァルターに容赦なく言った。
「ヴァルター君ってツイてないね〜」
悪気があるわけではないのだろうが、その言葉が矢のように突き刺さった。