
「さて、しばらく一緒にいるのだから自己紹介でもしようか」
そう言って男は右手に持っていた鞄を左手に持ち替えると、若者に手を差し出した。
「ボクはアロイス。アロイス=ヒルト=リーフェンシュタール。しばらくの間、よろしくね?」
(ああ! やっぱり貴族なんじゃ……)
若者はそう思いながらも差し出された手を取り握手した。
そしてアロイスが手に着けている物に目がとまる。
彼はこれまた高そうな銀色のブレスレットもしていた。
「オレはヴァルター=シュナーベル」
「ヴァルター君だね」
アロイスは迷わず君付けした。
「ヴァルター……君!?」
ヴァルターはこの年になって君付けされるとは思ってもみなかった。
「あれ? 気に入らない?」
「いや……あの……――」
目の前に居るのはハイエルフだ。
見た目は自分より若く見える……そう……十代後半に見えても中身はどうだかわからない。
どんなに若く見える上にものすっごく美人でも、年齢は不詳だ。
まぁ……ハイエルフは噂を聞く限りでは皆、物凄い美人だという話だが――
「ふむ……ヴァルター君はいくつだい?」
「二十二歳だけど……」
「おや、思っていたよりも年が上だったね」
よく言われることだ。
「でもボクより年下だからやっぱりヴァルター君だね」
「ハイエルフに年で勝てるわけないだろ――――!!!!」
ヴァルターはまた絶叫した。
(やはり面白い)
そんな風に思われているとは露にも思っていないヴァルター。
前途は多難だ。
「ふふふ……ボクはキミの三倍は生きているから気にしなくてもいいよ」
「三倍!?」
やはりハイエルフは年の取り方が人間とは違う。
こんな美青年でも自分のじいさんほどの年月を生きている。
そして少し困る。
(なんて呼べば……)
そんなヴァルターの内心の葛藤に気づいたのか、あっさりと言った。
「ボクの事はロイと呼んでくれてかまわないよ」
「へっ!?」
明らかに愛称だ。
「…………ロイ様?」
「様? 様なんていらないよ」
あっさりと否定する。
「ロイ……さん?」
「呼び捨てでかまわないよ」
「いや、でも――」
それは困る。
貴族に向かって呼び捨ては――
「別にボクはキミが思っているようなハイエルフじゃないよ。貴族でもないし」
考えていることが看破されたようだ。
ヴァルターは考えていることがすぐに顔に出る。
隠し事は絶対に出来ないタイプだ。
しばらく悩んだが……なんだか逆らえなさそうな空気だ。
それに今まで敬語も使っていなかったし、今更かと思い諦めることにした。
「……………………ロイ」
「それでいい」
満足げに頷くとアロイスは左手に持っていた鞄を右手に持ち替えた。
その時、ちらっと金色に光り輝くものが見えた。
彼はどうやら左手にも右手と同じようにブレスレットをしているらしい。
それなのにあまり嫌味には見えない。
自然と溶け込んでいる。
やはり美人は何を身に着けても似合うということだろうか……
「ではそろそろ出発しようか」
「ああ」
ヴァルターはアロイスに流されるようについて行った。
キシャ――――――――!!!
魔獣の咆哮が響き渡った。
街道は危険だ。
街道というよりは、町を一歩出ると危険だ。
外には当然のように魔獣が出る。
人を襲い喰らい殺してしまう恐ろしい闇が。
だからといって町に魔獣が出ないというわけではない。
町に現れる魔獣は軍警に倒される。
軍警はどんな小さな村にもいて、市民の安全を守ってくれる。
大きな街になると街自体に結界が張ってあるので魔獣が現れるようなことはない。
だが街道は違う。
街道はいくら人が行き来する重要なものだとしても、そこまで人員を割けるほど軍警も暇ではない。
街道を歩く者は覚悟しなければならない。
魔獣に襲われる事を――
どんなに近くの村や町でも、魔獣に襲われずに行きつくことはほとんど不可能に近い。
だからこそ、今、ヴァルターは戦っているのだが――
「がんばれー、ヴァルター君!」
魔獣と闘っているヴァルターを緊張感の欠片もなく応援するアロイス。
アロイスはヴァルターより結構離れた位置にいる。
無論ヴァルターがここにいてよと懇願したからだ。
アロイスにしてみれば、もう少し近くでもいっこうにかまわないのだが、彼にしてみればそうではないらしい。
心配性だ。
そんなヴァルターをじっとアロイスは見ていた。
ヴァルターの武器は長剣だ。
それも両手でしっかりと持たなければならない少し重量級の両刃の長剣。
それを巧みに使って戦っている。
(へぇ……お金がないから仕方がなく街道を歩いていたとはいえ、さすがに街道を歩くという選択をしただけのことはあるね……)
ヴァルターはアロイスの印象ではもう少し駄目なヤツという結構失礼な事を考えていたが、その考えを改めた。
意外と腕が立つ。
魔獣といってもピンからキリまでいるが、今ヴァルターと戦っている魔獣はそこそこやる。
少し身体が大きいため、動きは鈍いが、あの大きさではかなりの力を持っているだろう。
それに、図体がでかい魔獣は総じて生命力が強い。
要するにしぶとい。
魔獣と戦う際に気をつけなければならないのは、しっかりと止めを刺すことだ。
もし下手に逃がせば大変なことになる。
怪我をした魔獣は魔獣を呼び寄せる。
大群で襲われたら、普通の武器を持つ人間には歯が立たない。
だからこそ、魔獣と戦う際には必ず止めを刺さなければならない。
止めを刺せば魔獣は塵となって消える。
そうするまで、戦いは終わらない。
ヴァルターならあの魔獣を逃すことなく止めを刺せるだろう。
別に心配をしていたわけではない。
そして程なくして彼は魔獣を倒した。
それを見届けたアロイスは善戦を繰り広げたヴァルターに近寄った。
「お疲れ様! ヴァルター君、なかなかやるね〜。カッコ良かったよ★」
そう言って鞄から取り出した水を渡した。
一瞬きょとんとしたヴァルターだったが、正直、動いて汗をかいてのども渇いていたところだ。
ありがたくそれを受け取った。
そして一口飲んで、ぼそりと呟いた。
「うまい。うまいんだけど少し変わった味が――」
首をひねりながらももう一口飲むヴァルター。
「ああそれは当然だよ。それはただの水ではなくミネラルウォーターだからね」
「ええっ!!」
ヴァルターは驚いて手に持っている水を見つめた。
一見してただの水にしか見えない。
「ああ……」
困ったような顔をするヴァルター。
それを笑い飛ばすアロイス。
「ヴァルター君は立派に魔獣と戦ってくれたからね。そのお礼だよ。何、気にする事はない。ぐぐっといっちゃってくれたまえ」
そう言われたヴァルターはもう一口飲んだ。
アロイスは本当によくわからない人物だ。