
そんなヴァルターを見てアロイスは笑った。
「ロイ?」
それを不審そうに見つめるヴァルター。
「心配しなくても平気だよ?」
「何を根拠に――」
「言ったでしょ?」
「え?」
「魔霊を倒せるのは魔法師、魔術師、魔導師だけだって」
アロイスは不敵に笑った。
「ロイ……まさか…………オマエは――」
アロイスの空色の瞳に剣呑な光が宿った。
そしてそっと左手をネクタイの前に上げた。
〈其は終焉の扉……月は無慈悲に願いを果たす……目覚めよ――〉
――魂砕き!
アロイスのネクタイについているアクセサリーが強烈な光を放った。
そしてそこにはアロイスの身長の倍近くもある大きな鎌があった。
ネクタイのアクセサリーは消えている。
「あのネクタイにぶら下がっていたアクセサリーが……グリモワール?」
ぽつりと呟くヴァルター。
「詳しい話は後ね?」
そう言うとアロイスは白い上着を翻しながら魔霊に向かって行った。
夜の帳に包まれる中、やけに彼の上着が白く見えた。
「ボクが相手になって、ア・ゲ・ル・★」
アロイスは不敵に笑った。
そして、跳んだ。
軽々と五メートル近く跳躍し、大鎌を振り下ろす。
その攻撃はすり抜けることなく魔霊を斬り裂いた。
「……ォゥゥゥゥゥォォォァァァ――――――――」
魔霊が唸り声をあげる。
苦しんでいるようだ。
そして黒い風がアロイスを襲う。
それを慌てず騒がずグリモワールで受ける。
グリモワールに阻まれて直接アロイスには触れていないが、そのまま後方に飛ばされる。
〈闇を照らす幾筋もの光……暗闇を滅し世界を満たす……浄化せよ――――ラインハイト!〉
アロイスを吹き飛ばした黒き風が解けるようにして消えていった。
「あれが……魔法?」
ヴァルターはじっとそれを見ていた。
ヴァルターが魔法を見るのは初めてだ。
魔法は誰にでも使えるようなものではない。
魔法はグリモワールがあって初めて使えるものだ。
「ふふ……小物だけどやっぱり魔霊は魔霊だね」
「小物!? あれが?」
ヴァルターはアロイスの発した言葉に声を失った。
ヴァルターの見る限りあの魔霊は六メートル近くはある。
あの大きさで小物だと言うなら、大物はどれだけ大きいのか……ヴァルターには想像がつかなかった。
「あまり暴れられても困るし、あまり動くとお腹も空くね。だから――――終わらせてアゲル」
アロイスはそう言うと地面に鎌を突き刺した。
〈其は偉大なる聖光の精霊に希う……我が前に有為を喚び為す門を開け……敬虔たる光の素よ!!〉
アロイスの言葉が終わると同時に物凄い速さで地面を光が走った。
それは地面に複雑な文様を浮かび上がらせた。
「……魔導陣?」
魔霊のいる場所を中心にして複雑な陣が光によって創られていく。
だが、その魔導陣の中心にいる魔霊はそれを気にした風もなく攻撃を続けた。
「頭の悪い子」
アロイスは冷たく言い放つと地面に突き刺していた鎌を引き抜き、勢いよく振りぬいた。
それは衝撃波となって魔霊を襲う。
〈世界は願いを拒絶する……怜悧な思いが縊り縛する……翼を手折れ――――アイン・シュレンクング!〉
一瞬ひるんだ魔霊のその隙を見逃さず、アロイスは放った。
魔導陣から光の線が伸び、魔霊を締め上げた。
魔霊は自らに巻きついてくる光に抵抗するように暴れた。
だが、暴れれば暴れるほど、光は魔霊を締め上げる。
しばらくすると、魔霊は身動きがとれないほど雁字搦めになっていた。
「これでもう逃げられない」
もとより逃がすつもりはない。
魔霊のいる場所には魔獣が集まって来る。
魔霊が魔獣を喚び込んでしまうのだ。
だからこそ、魔霊は現れたら即消滅させなければならない。
そうしなければ悪夢は終わらない。
魔霊は時間が経てば経つだけ力が増していく。
魔霊の力が大きければ大きいほど、より多くの魔獣を喚び寄せる。
大きな……力の強い魔霊が辺境の村に現れれば、それだけで終わりだ。
村一つぐらい軽く滅ぼせるだけの魔獣を喚び込む。
世界に撒かれた厄介な災厄……
だからこそ、アロイスも手を抜かない。
自らの力を過信せず、確実に――――消す。
〈其は偉大なる太陽の精霊に希う……我が前に有為を喚び為す門を開け……純然たる太陽の素よ!!〉
今度は地面ではなく空に光が走る。
「空に魔導陣!?」
これには魔法に疎いヴァルターも驚いた。
魔導陣は普通、地面に描くものだ。
空に描いたりはしない。
空に描くのは非常に難しいからだ。
まず地面に対して平行に描かれなければならない。
少しでもずれれば魔導陣はその効力を発揮しない。
そして空という安定していないものに描くためには魔力が地面に描く場合よりもたくさん消費される。
地面に描く場合、描き終わればそれ以上の魔力は消費されない。
だが、空に描く場合は使い終わるまで魔力は消費され続ける。
それは魔導陣の文様が細かければ細かいほど、顕著だ。
だが、アロイスはそれをやっていいる。
魔導陣は空に複雑な文様を描きながら完成していく。
アロイスは魔霊に束縛の呪文を使ったまま、空に魔導陣を敷き、さらに消滅させるつもりなのだ。
ヴァルターは戦慄した。
こんな芸当……人間には無理だ。
人間にはそれを成せるだけの魔力がない。
ハイエルフのように膨大な魔力を持つものでなければ出来ない。
〈世を果敢無む哀しき調べ……荊棘を滅せし豊穣の光……裁き歿せよ――――ツェアゼッツング〉
空に描かれた魔導陣から光が降り注いだ。
その光に触れた途端、魔霊が暴れ始める。
音にならない悲鳴が響く。
「…………ァァァ…………ゥォゥゥゥゥォォ……………………ァァ――」
だが、身動きが出来ないように光で締めあげられているため、逃げることは出来ない。
魔霊はその光に当たった所から解けるようにして消えていく。
これが、魔霊を退治する唯一の方法――
魔法師や魔術師たちが魔法を使わなければ倒せない、魔霊の終わり――
それをじっとヴァルターは見ていた。
自分ではどう頑張っても倒せないもの。
それを難なくやってのけたアロイス。
そして魔霊が完全に消えたのを見届けると、アロイスは使用していた呪文を解いた。
手に持っていた大鎌がアクセサリーに姿を変えた。
まるで何もなかったかのようにネクタイにぶら下がっている。
「しゅ~りょ~」
そう言いながらヴァルターの所に戻って来るアロイス。
アロイスは戦闘を繰り広げたのか嘘だったかのように綺麗な格好だ。
服には汚れ一つ存在しない。
実力の違いを……格の違いを見せつけられたようだった。
とてもあんな恐ろしい武器を振り回すようには見えない見た目なのだが……
(ヒトは見かけによらない……)
そんな言葉をヴァルターは噛みしめた。
「ん? ヴァルター君、どうかしたの?」
「いや……」
「そ? ならいいけど……」
そう呟いたアロイスだったが――
軍警を見つけた途端に駆け寄った。
「ロイ?」
「キミに話があるんだ」
「あ、貴方はさきほどの――」
「勿論、魔霊退治の報酬あるよね?」
「え?」
それを聞いたヴァルターは硬まった。
「あ、それは本部に来て下されば……」
「行く行く」
軽い返事をしているアロイス。
意外と、抜け目のない性格をしていた。