
「グリモワールは武器の姿をしているでしょ?」
「う、うん」
「だからそのまま武器として使用している人もいるんだよ」
「ああ、なるほど。確かに、武器として使えるね」
アロイスのグリモワールなども直接攻撃には非常に役に立ちそうだった。
なんせ、大鎌だったし。
「魔法師が持つモノっていう固定観念があったから気付かなかった」
「まぁ、最も…………高いから普通の戦士には手が出ないけどね」
ヴァルターにはグリモワールの相場が解らなかったが、きっと恐ろしいほどの金額なのだろうと思った。
「……グリモワールって、みんなどうやって手に入れてるんだ?」
基本的な疑問にぶち当たった。
当然のことながらそんなものを普通に売っている店など存在しない。
それを見ていたアロイスは言った。
「ヴァルター君って、これからどうするの?」
「え?」
アロイスによる唐突な話題変換についていけないヴァルター。
「だって、ヴァルター君の剣、折れちゃったじゃない」
「あ……あああああ――――!!!!!」
ヴァルターは悲鳴を上げると、折れた剣を取り出した。
「うう……」
それを見て情けない声を上げるヴァルター。
アロイスはその折れた刃をヴァルターから奪うとじっと見た。
「刃毀れ酷いね。もう限界だったんじゃない?」
そう言って指で弾く。
バキッ。
さらにひびが入って折れた。
「魔霊の一撃が止めになったんだろうね」
がっくりと肩を落とすヴァルター。
「こ、これからどうしたら……」
ヴァルターは金欠だ。赤貧だ。超貧乏だ。
牛車代、宿代にも窮する彼が新しく剣を買い替えることなど出来る筈がない。
だが、剣がないと働けない。
――悪循環だった。
それを見たアロイスは言った。
「ヴァルター君、ボクが雇ってあげようか?」
「え?」
弾かれたように顔を上げるヴァルター。
「い、いいの?」
「うん」
「本当に?」
戸惑いながらもう一度問うヴァルター。
「うん」
「……ロイは魔導師だからオレの護衛なんて必要ないのに?」
何故、ヴァルターがここまでしつこく尋ねてくるのか合点がいったアロイス笑って言った。
「ボクがキミを気に入ったから……という理由じゃ嫌?」
「そんなことないよ!」
ガタンと椅子から立ち上がったヴァルター。
「オレは、きっとロイに迷惑いっぱいかけちゃうよ?」
「そうだね」
「まだまだ弱いし」
「そう? 良い武器を持てば結構イイ線いくと思うけど?」
「貧乏だし……」
「ボクはお金に困ったことないから大丈夫だよ」
それはそうだろう。
魔導師がお金に困るなど、あるはずがない。
魔法が使えれば生活に一生困ることがないというのは魔法を全く使えない一般人でも知っていることだ。
「…………よろしくお願いします」
結局、ヴァルターは頭を下げた。
このままそんなことを言っていてもしょうがない。
ヴァルターには選択肢など存在していないのだから。
「ふふ……これからよろしくね★」
そして差し出された手を握った。
「でも、武器どうしよう?」
今のヴァルターは丸腰だ。
こんな辺境の村では良い武器など売ってはいない。
「それはボクがなんとかしてあげる」
「ロイ?」
「でも――」
アロイスはそっと口の前に人差し指を立てた。
「キミの出世払いだよ」
「そ……それは、いいけど――」
その返事を聞いたアロイスは満足そうに頷いた。
「じゃあ、これも人には内緒ね?」
そう言うと、アロイスは側にある壁に手をついた。
〈我が望みし常世の空間……我が前に有為を喚び為す門を開け――〉
――ラオム・ゲシェフト・リーフェンシュタール!
壁に複雑な文様が現れる。
「壁に魔導陣?」
先ほどの戦闘でも思ったことだが、アロイスは規格外のことをさらっとやってのける人物だ。
普通、壁に魔導陣は描かない。
「さ、こっちに来て」
そう言ってアロイスは――
「え、ええええええ――――!!!?」
次の瞬間、ヴァルターは驚きに声を上げた。
あり得ない光景が目の前に広がっていた。
アロイスが――――消えた。
スルリと……魔導陣に手を触れて…………すり抜けてしまった。
ヴァルターは恐る恐るそれに触れた。
スルリ――
なんの抵抗もなくすり抜けた。
それに驚きながらも、ヴァルターは意を決して通り抜けた。
そして通り抜けた先に広がっていたのは――
「こ、これは――?」
一言で言うと――――図書館だった。
自分の身長の四倍ほどの高さのある天井……その天井までびっしりと本がつまっている。
広さは宿屋の食堂よりは広いので、かなりの広さだ。
そしてたくさんの本棚が乱立している。
見た所、階段やはしご、台などは存在しない。
あの恐ろしいほど高い位置に存在する本をとる時にはどうするのだろうか?
そんなどうでもいいことがとても気になる様な場所だ。
「こ、ここは……何?」
そう思って一冊の本を取ろうとして――
「ぬ、抜けない?!」
ヴァルターは他の棚の本にも挑戦するが、全く抜けない。
「それは抜けないよ?」
くすくす笑いながらアロイスは告げた。
「ええ? じゃあ何のために? ――いや、そもそもここは何?」
「ここはボクの商売道具の置いてある特殊空間」
「商売道具?」
そしてヴァルターがいくら引っ張っても抜けなかった本をアロイスはあっさりと抜いた。
「これはグリモワール」
「これが!?」
グリモワールは普段アクセサリーの姿をしているが、必要な時は武器の姿になる。
だが、アロイスの持っているのは明らかにちょっと分厚いだけの本だ。
「グリモワールは〝魔導書〟。そして〝魔導書〟は扱う人間によってその姿を変える」
へぇ、と思いつつアロイスの持っているグリモワールに手を伸ばした。
「痛っ!!」
電気が走ったような痛みが走った。
「グリモワールは基本的に主人と決めたもの以外に触れられることを嫌うから」
事もなげに言ったアロイス。
だが、そのアロイスは平然とグリモワールを持っている。
「ど、どうしてロイは平気なの?」
「ボクは特別だよ~」
そう言って元に戻した。
「――というか、なんでこんなにグリモワールを所有してるの? 商売道具って何!?」
「そんなの、ボクがグリモワールを売っているからに決まってるじゃない」
「ロイが!?」
「うん」
平然と頷くアロイスに度肝を抜かれるヴァルター。
お金に困らないはずである。
――アロイスには、相変わらず………………謎が多い。