あれから五年が経過した。
 久しぶりに識者の館があった場所に来た。
 そこは至言部。
 立派な建物が立っている。
 他の部に比べると近代的だ。
 あれだけ延々とだだっ広いだけだった平原がなくなったのは、結構驚きだ。
 大きいという話は聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。
 実際に目にするとやはり違う。

 入口はどこだろうか?

 そう思いながらパタパタと近づく。
 やはり大きくて広い。
 初めての場所ではどうすればいいのかわからなくなる。

「あれ? 緋燿(ヒヨウ)?」

 後ろを振り向くと白雲(シユク)さんがいた。
 最初は驚いていたようだが、次の瞬間、物凄い笑顔になって駆け寄って来た。
「お久しぶりです」
 そう言って手を握られる。
 確かに――
「久し振り――」
 白雲(シユク)さんは凄く嬉しそうだが、何故ここにいるのだろうか?
 白雲(シユク)さんは制裁部だったはずだ。
 そう思って白雲(シユク)さんを見ると、今までとは違う事に気づいた。
白雲(シユク)さん、その徽章――」
 それを聞いた白雲(シユク)さんは苦笑した。
「ボク、至言部に異動になったんです」
 異動……異動って……それは――
黒穢(クロエ)様がボクはここにいるのに向いていない。至言部に行けって――」
 ……なんて声をかけたらいいのかわからない。
 白雲(シユク)さんは笑っている。
 でも、落ち込んでいるんじゃないだろうか……?
「心配しないでください。ボクは大丈夫ですから」
 そんなことを思っているのが伝わったのか、白雲(シユク)さんは首を横に振った。
黒穢(クロエ)様はボクのことを心配してくれたんです」
「え?」
「ボクのために、一番いい方法をとってくれたんです」
 一番いい方法?
 異動が?
緋燿(ヒヨウ)、ボク、采神になったんです」
「采神に?!」
「はい」
 白雲(シユク)さんはSランクの神だ。
 だから采神なのは当然のことだ。
 だが、あまりにもドジが過ぎるせいで文神だった。
 それは――
「おめでとうございます」
「ありがとう」
 そう言った白雲(シユク)さんはとても嬉しそうだった。
蒼氷(ソウヒ)様がボクを采神にしてくれたんです」
 ――だろうな。
 ここの責任者は蒼氷(ソウヒ)様だ。
 あの人は些細な失敗は全く気にしない。
 ここは制裁部とは違う。
「そうそう、灰利(ハイリ)を覚えていますか?」
「ああ、あのド――」
 ドジな少女と言いそうになって慌てて違う事を言った。
「灰色の長い髪の吏神だろ?」
「はい」
「……まさか」
「ええ、おそらく、今思っている通りです」
「彼女も、ここに?」
「はい、異動になりました」
「そうか」
 それは……きっと良かったのだろう。
 あの厳しい職場よりは……
 蒼氷(ソウヒ)様がトップというだけでなんか、規律が緩そうに感じる。
 辛い思いは、きっとしていないだろう。
「今日は、蒼氷(ソウヒ)様に?」
「ああ、久しぶりに会いに来た」
 あれから五年も経ってしまったが……
「そうですよね……もう至言部が始動してから三年が経ちました」
 広い至言部の建物を完成させるのに二年かかったという話は聞いている。
「今日でちょうどぴったり三年なんですよ」
「へぇ……それは知らなかった」
「なのでお昼に大きな鐘がなります」
「鐘……」
 そう言えば、建物の一つに大きな鐘楼があった。
 あれ鳴るのか……
「記念日なので蒼氷(ソウヒ)様も今日はお休みしているはずです」
「じゃあ、いないのか?」
「いえ、いますよ。世界樹の側に」

 世界樹――

 そうか……そういえば……ここには世界樹があった。
「元気になったのか?」
 俺が出ていく前、小さな芽が出ていたはずだ。
「はい。だいぶ大きくなりましたよ」
 見たらきっと驚きますと言われ、少し楽しみになる。
 白雲(シユク)さんにそのまま至言部の中を案内され、中庭に出た。
 そこにあったのは……

 十メートル近く成長した世界樹だった。

 あの朽ちていた姿が嘘のような成長っぷりだ。
 大地にしっかりと根を張っている。
「こんなに?」
 いくらなんでも成長が早すぎやしないだろうか?
 そう思って白雲(シユク)さんを見ると、笑って説明してくれた。
「ここは特異点で、そして蒼氷(ソウヒ)様がいますから」
 ようするに成長促進作用が働いたらしい。
「樹の根元に蒼氷(ソウヒ)様がいます。行ってきてください」
 背中を押された。
 俺は言われるまま樹の根元に向かって歩いた。
 側に行くと、確かに蒼氷(ソウヒ)様が立っていた。
 前は蒼氷(ソウヒ)様とたいして変わらなかったのに、えらい違いだ。

「ふふ、久しぶりだね」

 こちらに気がついたらしい蒼氷(ソウヒ)様が、こちらを全く見ずにそう言った。
 気配なんかお見通しのようだ。
「ええ、お久しぶりです」
 久しぶりに見るが、全く変わっていなかった。
 それはそうか――
 五年しかたっていないのに変わるはずがない。
 それに――
 なんとなく、蒼氷(ソウヒ)様はどれほど時間が経っても、環境が変わっても、変わらない気がした。
「もう、識者の館はなくなってしまったけど――」
 蒼氷(ソウヒ)様が振り向いた。

「おかえり」

 風が、吹いた。
 そして――

 ――鐘の音が響いた。