フェナカイトは言葉を失った。
じっと目の前にいるクラウスを見つめている。
しかし、その視線にクラウスは気付かない。
当然、自分に何があったのかも。
「血まみれの上、穴だらけ。さすがにこの格好は拙いな……」
ズタボロの服をつまみあげて溜息をついた。
鏡でも見ない限りは気付かないだろう自分の変化など。
クラウスが違和感を感じたのはフェナカイトの態度だ。
じっと見つめているフェナカイトの目が少々違う。
「なん…」
声をかけようとした時、いきなり抱きつかれた。
「オルクス!」
――それは確かにそうなのだが、今さらそんなに感激するようなことだろうか?
クラウスは自分の姿がオルクス=マナであることには全く気付いていない。
だからこそ、かなり不思議だった。
そう思っているとフェナカイトが離れた。
そして手を引かれる。
「こっち」
何が何だかわからないままフェナカイトに連れられて歩く。
フェナカイトはぐいぐいとクラウスを引っ張って行った。
そして小さな泉に辿り着いた。
その泉は透明度が高くとても美しい。
「ここ」
そう言って泉を指すフェナカイト。
頭にハテナマークを浮かべながら泉を覗き込んだ。
泉は鏡のように景色を反射している。
当然、今のクラウスの姿も泉に映る。
紫色の髪に金色の瞳をした男が映っている。
それをみたクラウスは硬まった。
「俺じゃない? これは――」
慌てて後ろにいたフェナカイトを振り返る。
フェナカイトは優しく微笑んでいる。
「オルクスだよ」
そう言われて納得する。
フェナカイトは懐かしい同胞の姿を見て、感極まっていたわけだ。
クラウスはもう一度泉を覗いた。
言われて気付く。
確かに深層世界で会ったオルクスはこんな姿をしていたような気がする。
これでは確かに見た目だけならオルクス=マナだ。
だが、しかし――
「なんという中途半端な……」
見た目は確かにオルクス=マナだが中身はクラウスのままだ。
「これってもう戻らないのか?」
恐る恐るフェナカイトに尋ねた。
それを聞いたフェナカイトも首を捻った。
「初めてのケースだからわからない」
まぁ、確かにそうだ。
わからないといったフェナカイトを責めることは出来ない。
「何でこの姿?」
意識はクラウスのままだ。
それなのに何故、見た目だけオルクスなのか?
ここに来るまでは確かに目の色素は薄くなってはいたが間違いなく自分だった。
「精霊鳥としての力に目覚めたからかも」
確かに、思い当たる原因はそれ以外にはない。
「う〜ん……」
周囲を見回してみる。
体を動かすのに支障はない。
身長が違うと体を動かす感覚が変ってしまう。
日常生活に支障を来たすほどではないとは思うが、やはり動きにくくなる。
目線は変わらない。
クラウスとオルクスの身長差はないようだ。
同じなのはありがたかった。
これなら違和感なく動かせる。
「ん〜……実害はないから、いいか?」
見た目が変わった以外の問題点はない。
別に困ることでもない。
まぁ……知り合いに気付いてもらえないかもしれないが。
今のところの問題点ではない。
クラウスは気にしないことにした。
悩んでいても仕方がない。
考え込んでいたクラウスが顔をあげるとフェナカイトが服を持っていた。
「はい、オルクス」
渡された服を広げて見る。
見覚えがある気が、した。
「確か……こんな感じの服を着ていたような……」
「オルクスの服だから」
着替えろということだろう。
確かに、いつまでもぼろぼろの服を着ているわけにもいかない。
血まみれの上申し訳程度に身体にまとっている状態だ。
寒くも熱くもないがさすがに見た目が悪い。
渡された服に着替える。
青いシャツに白い上着とズボン。
ひらひらのマントは水色だ。
マントは三枚重ねなので少々重そうに見えたがそうでもなかった。
むしろ以前よりも身体が軽い。
着替え終わると飾りのついた白い帽子をかぶせられた。
「うん。オルクスだね」
フェナカイトは満足そうに頷いている。
クラウスとしては複雑な気分だ。
確かに見た目だけならオルクスだ。
ふとフェナカイトの服装を見て見る。
フェナカイトの服は黒と紫でオルクスの服とは印象がかなり違う。
思い出してみると、確かに皆服の色は違った。
ルネは橙と白だったし、リアはピンクと黒だった。
ターフェアイトは緑と黒だった。
それぞれ違う色の服を着ているようだ。
「さて、そろそろ話し合いでも始めようか」
着替えも終わったことだしと椅子を勧められた。
何も無かった森の中にいつのまにかテーブルと椅子があった。
少々古めかしいが違和感はある。
なんせ森の中だ。
出したのか創ったのかは定かではないが目の前にある。
でも、いつまでも立っていても仕方がないので勧められるまま座った。
見た目に反して座り心地はかなり良い。
「さて、どうしたら良いかな……」
ただオルクスを出すだけでは駄目なのは言うまでもない。
「あの空間は長居出来ない場所だからな」
あそこに長いすれば間違いなく意識は消えてしまう。
「あそこは魂の中枢……消えることが出来ないオルクスならまだしも、クラウスには無理だろうね」
「だな」
クラウスとて、あそこにずっと存在していられる自信は全くない。
あんな何もない空間にずっと存在し続けていられるほど強くはない。
二人は長い時間話し合った。
「なかなかいい方法は見つからないな」
「そうだね」
結構長い時間話し合っが全くと言っていい程成果は出なかった。
そう簡単に答えが出るような問題ではないとわかってはいる。
しかし、それでも少しぐらいは何かあってもいいと思ってしまうクラウス。
渋い顔をしているフェナカイト。
そして彼は告げた。
「皆に会いに行こうか」
それが誰かわからないほど無知ではない。
フェナカイトはここから出たくないのだと思っていたクラウスは面食らった。
「いいのか?」
「構わないよ」
フェナカイトはそう返事をすると立ち上がった。
「別にここから出たくなかったわけじゃないんだ。ただ――」
「ただ?」
「オルクスがいない現実から目をそらしたかった」
「フェナ――」
そっと両手を握り締めた。
「オルクスはここにいるから大丈夫」
「そっか」
「うん」