間違えちゃった。
 ラインハルトが襲撃地の住所を間違えたらしい。
 そんな時に限って出撃していたのは堅物エアハルトとぼんやりクルト。
 この二人では襲撃地が違うことなど気づかないに違いない。





 初日の活動からさらに四日が経った。
 彼等にとっては苦い記憶だろうね。
 終息させたの僕だしね。
 だから今度こそ彼等は自分達の力で何とかしたいだろうなぁ。
 だから彼等でも大丈夫なような作戦を立てないといけない。
 一応僕が司令官なわけだから。
 地図を広げて、あっちこっちからかき集めてきた情報を書いた紙を見る。
 簡単なのが良いよね。 
 あんまり難しいのをいきなりやる事はないだろうし……
 彼等に難なく出来るのは……
「やっぱりこれかなぁ?」
 僕は一枚の紙を束の中から取り出した。
 そこに書いてあるのは化学薬品研究所の事だ。
「そこ襲撃するの?」
 クルトはそう言って後ろから抱き付いてきた。
 そのまま紙を覗き込む。
「そんなに難しくなさそうだね」
「うん、ただの薬品研究所だからね」
「そんな所を襲撃してどうするんだ?」
 物凄く不満そうなホルスト。
「そんな所って言うけどね、一応重要なんだよ。人間にとっては」
 僕らはそんなにお世話になったりはしないけどね。
「どういうことですか?」
 エアハルトが聞いてくる。
 どこまでも必要最低限の会話だ。
 やだなぁ〜、こういうの。
 まあ、しょうがないけどね。
 僕は気を取り直して説明を続けた。
「この化学薬品研究所はギルドに回復薬とか治療薬を大量に卸してるんだ。だからそこを襲撃して薬品類が流通しないようにしようかなって思って」
「それをやったらきっと薬の物価が上がるね。――昔みたいに」
 うん、そうだろうね。
 結構昔に同じような事したっけ……
「昔もやりましたの?」
「うん。昔ね……僕が薬品研究所を焼き払った時は薬が高騰して大変だったみたいだよ」
 懐かしいなぁ……
「そんな事もあったねぇ」
 クルトもしみじみと言う。
「でもこの紙にはそんなに詳しく書いてないみたいだけど?」
 クルトが紙を取り上げて見ている。
「そんな事は無いはずだけど?」
 ちゃんとメモしたはずだ。
「そう…………まぁ、いいや。じゃあこの任務はボクとエアで行くね」
 行きたーい! とか言いながらクルトは手を上げている。
 まあ、いいか。
「いいよ。クルトが役に立てるのかどうかはわからないけど、エアハルトは攻撃魔法も使えるみたいだし」
 僕の言葉に非常に不満そうなクルト。
「ボクだって幻術使えるし、錬金術を持ってすれば土人形とか鉄人形とか水人形とか創れるんだから!!」
 確かに、あれは役に立つかもしれないな。
「馬鹿にはしてないよ。ただ扱いづらいと思ってるだけで」
 でも一対多数の場合は役に立つんだよね。
「クルトの事は一番良くわかってるからさ。そんな顔しなくても平気だって」
 付き合い長いからね。
「ところでさぁ……あの通称って誰が決めたの?」
 ずっと気になっていた事を尋ねてみた。
 すると、全員の視線が一点に集中した。
 僕もその視線の先を見る。
 その張本人は手を上げて名乗りを上げた。
「ボクでーす」
 ――というか、そんな事をするのはクルトぐらいだったか……
「僕はシーツリヒターだったよね」
「うん。ラインはシーツリヒター様」
 なんで様? 司令官だから……か?
 シーツリヒターとは判定者とか審判者という意味だ。
 でも……なんで判定者なんだ?
 クルトの考える事はイマイチわからないのがあるんだよな。
「ボクはアルヒミスト」
 錬金術師……そのままだな。
「それでね、アルがヴァッハフントで〜……」
 アルトリートは番犬か……でも犬じゃなくて狼だよな……
 文句は無いんだろうか?
 本人がいいなら構わないんだけど……
「――エアがツァオベラーで〜……」
 エアハルトは魔法使いか……
 これもそのままだな。
「――ホルはシュヴェーアト……」
 ホルストは剣とか戦争とか武力という意味だな。
 なるほど……そんな感じがする。
 目付き鋭いし、つっけんどんだし……
「――ティアはシュリュッセル……」
 グレーティアは規定とか秘密結託者とか鍵だね。
 どの意味で使ってるのかはクルトだからわからないけど……
「――ヒルトがベシュヴェーラだよ」
 ブリュンヒルトは祈祷師とか魔法使いという意味だな。
 回復役みたいだからこれもそのままかな。
「ラインも覚えてね」
 ああ、確かに外で名前を呼ぶわけにはいかないか……
「大丈夫だと思うけど?」
「だよね。ラインには馴染み深い言語だし」
 確かに僕の使っている魔術の言語の単語から取ってつけたような名前だ。
 僕にとっては覚えやすい。
「さてと、じゃあそろそろ行ってこよっか」
 クルトはそう言うと化学薬品研究所の紙を手に取った。
 持って行くのだろう。
 まぁ、潰してしまえばもう必要ないからいいんだけどね。
「じゃあ行って来るね」
 クルトはエアハルトを引き連れて部屋を出て行った。
 僕はそれを見送って、そのまま資料の整理をする事にした。
 なにしろ散らかっている。
 テーブルの上は無造作に詰まれた資料でいっぱいだ。
 これじゃあ、僕は困らなくてもここで暮らしている彼等は困るだろう。
 ここで食事をするわけだしね。
 僕は一枚一枚資料を手にとって整理を開始した。
 あの二人なら別に心配はいらないだろう。
 危険な場所でもないしね。




 僕が資料整理をしてからだいぶ経った。
 資料もわりと整理されてきてる。
 この資料は僕がここに来てからかき集めたものだからまだそう多くはないはずなんだけど、意外と枚数があるんだよね。
 この街って広いんだなぁってつくづく思うよ。
 でも枚数があるだけで詳しい事とかはあまり書いてないんだけどね。
 これ以上詳しい事を知る為には情報ネットワークを広げないといけない。
 僕はこの街に着たばかりでネットワークなんてないから一から作らないといけない。
 まあ、出来てしまえばこっちのものだけどね。
 僕はそう思いながらまた一枚、資料を手に取った。
 その資料を見て僕の動きが止まった。
 その資料は明らかに、さっきまで話していた化学薬品研究所のものだった。
 でも、その資料はクルトが持っていったはずだ。
 だが、現にここにある。
 これは一体どういうことか……?
 僕は資料に目を走らせた。
 え〜と……


   エーデルシュタイン中央地区第五区二一九三番地。
   ギルト直営化学薬品研究所。
   主な作成品は回復薬や治療薬など、戦闘の際に使用されるような物。
   ギルドがギルド員に配給したり、売ったりしている物。
   ギルド直営の研究所は他にもある。
   同じく化学薬品研究所だが、爆薬などの危険物を扱っている所がある。


 僕は最後の行を見て硬まった。
 爆薬などの危険物――
 クルトは確かこう言ってなかったか?
『でもこの紙にはそんなに詳しく書いてないみたいだけど?』
 もしかしたら爆薬危険物の研究所だったんじゃ……
 僕はそこで激しく後悔した。
 よく確認しなかった自分に対して――
 僕はあの紙をそこまでしっかりと見てはいなかった。
 僕はそういう研究所があるという事を知っていたから目に止まった化学薬品研究所という文字で誤認してしまった。
 ただの回復薬ならまだしも、爆薬などの戦闘に使うようなものが生産されている場所だったら?
 あの二人だけで大丈夫とは言いきれない。
 ガタンッ!!
 僕は椅子から立ち上がると急いでクルトの気配を探した。
 ダメだ、遠すぎてわからない。
 こうなったら魔術を使うしか――
 そこでハタと気付く。
 残っていた面子に見つめられている事に……
「何かあったんですか?」
 ブリュンヒルトが声をかけてくる。
 この面子で僕に話しかけてくるようなのは悲しいけど彼女しかいない。
 僕は隠すような事でもないのであっさりと言った。
「間違えちゃった」
「何を?」
「襲撃地」
 しばらく部屋に沈黙が流れる。
「それ、どういう事だよ」
「あー、ギルド直営の化学薬品研究所が二つあったみたいで……僕が思ってたほうじゃない方に二人が行っちゃった可能性があるんだよね」
 シーン――
 やっぱりやばいよね。
「そちらはどのような施設なのだ?」
「爆薬危険物の研究所」
「それってまずいんじゃ……」
 わかってるよ。
 そんな事僕もわかってます。
「だからちょっと探しに行ってくるよ。あの二人じゃ気付かないだろうしね」
 僕はそう言って探す為の魔術式を展開する。

   ――Folgen Sie seiner Strecke.
   ――Wissen Sie zu Aufenthalt seiner Person eine Stelle.
   ――Zeigen Sie mir die Zukunft.


 魔術式の構築完了――
 目標はクルト――
 ……
 …………
 ………………
 捕らえた。
 クルトの魔力の事を知っているから探し出すのにそう時間はかからなかった。
 僕はすぐに転移の魔術式を展開する。
 転移先の座標を先ほど探知した場所に設定――

   ――Der Luftraum, der verschiedene Formen beeinflußt.
   ――Der Raum, der die Welt baut.
   ――Transport zum Raum, wo meine Wünsche anders sind.
   ――Metastase zu topologischem Raum.
   ――Das Wiederaufbauen zu Metastase voraus.
   ――Ich bin als mein Wunsch ähnlich und ließ, treiben Sie locker an.


 魔術式の構築完了――
 転移先、固定――
 転移、開始――
 僕の周りに魔術式が集まる。
 転移する時の独特の付加が体にかかる。
 次の瞬間、僕は二人の居る場所に転移した。




 そこは戦場だった――
 響く爆音――
 そして土人形が闊歩している。
 クルトの無機生物だな、あれは。
「あれ? ライン?」 
 こちらに気がついたクルトが声をかけてきた。
 そばにいるエアハルトにはあまり余裕が無い。
 時折聞こえる爆音は間違いなくギルドの攻撃だろう。
「ごめん。襲撃場所を間違えたらしくてな、苦戦してるんじゃないかと思って加勢に来た」
 僕の言葉にクルトは納得したかのような顔をした。
「なるほど……通りで手ごわいと思った」
「悪いな。ギルド直営は直営でもこっちは爆薬危険物の研究所だった」
 エアハルトは怪我をしている。
 爆発に巻き込まれたのか……?
 僕はとりあえず状況をどうにかする事にした。
 まずは結界だね。

   ――Die verteidigende Mauer, daß es perfekt ist, zu beten.
   ――Es ist Wehklage von Träumen und phantasms, die erwarten.
   ――Eine Mauer reflektiert alles.


 この前のとは違ってしっかりとした結界だ。
 爆薬如きでは敗れない。
「大丈夫?」
 僕はエアハルトに声をかけた。
「話が違います――」
 エアハルトは疲れ気味だ。
「ごめん。間違えちゃって……もう大丈夫だから」
 僕はエアハルトの肩にそっと手を置いた。
 さて、ここは爆薬危険物の研究所。
 火気厳禁だよね。
 ――という事は、必然的に僕の行動も決まるというもの。
 まず結界を強化する。
 先ほど張った反射系の結界の内側にさらに遮断系の結界を張る。

   ――Die verteidigende Mauer, daß es perfekt ist, zu beten.
   ――Es ist Wehklage von Träumen und phantasms, die erwarten.
   ――Eine Mauer blockiert alles.


 これで防御の方は大丈夫だろう。
 あとはこの研究所を木っ端微塵にするだけ。

   ――Die rote Flamme, die das Brennen fortsetzt.
   ――Die Flamme, die brennt, besiegt die Erde.
   ――Macht, aufzuhören, alles zu verbrennen.
   ――Verbrennen Sie alles.
   ――Beenden Sie dyeing.


 僕の古代魔術は結界の外に出現した。
 紅く燃え盛る炎は火気厳禁の研究所にある爆薬に引火する。
 爆音と人の悲鳴が上がる。
 いつまでもここにいるわけにはいかない。
 僕は素早くここが見渡せそうな高い場所に設定する。

   ――Der Luftraum, der verschiedene Formen beeinflußt.
   ――Der Raum, der die Welt baut.
   ――Transport zum Raum, wo meine Wünsche anders sind.
   ――Metastase zu topologischem Raum.
   ――Das Wiederaufbauen zu Metastase voraus.
   ――Ich bin als mein Wunsch ähnlich und ließ, treiben Sie locker an.


 僕の古代魔術は結界ごと僕達を転移させた。




 僕達は燃え盛る研究所を見下ろしていた。
 今居るのはどっかの家の屋根。
 結果は見届けないとね。
 それにしても盛大に燃えてるなぁ。
 よほど凄い量の火気があったんだろうね。
 あの研究所の弱点は明確だ。
 だけど誰もが炎を投げ入れられるわけじゃない。
 自分の身の安全が確保できなきゃ、僕がやったような攻撃は出来ないね。
 だから二人もてこずったんだろう。
 エアハルトが僕を見ている。
 そして確認するように僕に尋ねてきた。
「今のは複合魔術ですよね?」
「うん、そうだよ」
 複合魔術というのは一度に複数の魔術を行使する事だ。
 簡単そうに見えて実は結構難しいのがこの複合魔術。
 複数の魔術を維持していくのは大変な作業だ。
 魔力の消費量も馬鹿にならないし、魔術式を崩さないように維持するのも大変。
 僕も昔は苦労したんだよね。
 今じゃ簡単なんだけど。
「年の功だよね〜」
 クルトがちょっとイヤな事を言ってくる。
 僕としてはまだ≠フつもりなのだけど……
 まあいいや。
 あれだけ盛大に燃えてればもうどうにもならないだろうしね。
「じゃ、帰ろうか」
 二人が頷くのを確認すると僕は空間転移の魔術式を構築し始めた。