そんな顔をしないで、ね?
 メンバーと打ち解けられないラインハルトは出撃を五人に押し付けた。
 まずアルトリートと仲良くなろうと思ったからだ。
 だが、アルトリートは一人で悲しそうにソファーに座っていた。





 あれからしばらく経ったが相変わらずメンバーに避けられている。
 居心地の悪さはマックスだ。
 こんなんではいけない。
 仲良くならなければ……!
 仲良くなる為には相手の事をよく理解するのが大切だよね。
 いきなり五人いっぺんには無理だ。
 いかに長く生きてる吸血鬼王とはいえ無理なものは無理だ。
 ここは一人ずつ攻略する事にする。
 誰からにしようか迷いどころだ。
 みんなの殻の固さは見てれば解るしね。
 ブリュンヒルトは愛想はいいけど、攻略するのは意外と大変そうだし……
 やっぱり一番年下のアルトリートかな……
 子供の扱いなら大丈夫なはずだ。
 クルトで大丈夫だったんだから……きっとアルトリートでも大丈夫なはず。
 そうと決まれば……善は急げ。
 彼らでも大丈夫な襲撃地を今度こそちゃんと見つけないとね。
 この前はちょっとミスっちゃったし。
 でもあのギルド直営の爆薬危険物の方の研究所の事は物凄いニュースになったみたいだしね。
 間違えたけど次の日にちゃんと回復薬の方の研究所も潰しておいたよ。
 勿論やったのはクルトとエアハルトだけどね。
 僕が手を貸すまでもなく楽勝だったみたい。
 やっぱりちゃんとした襲撃地の選定は必要だよね。
 僕はそう思うと再び資料に目を落とした。
 今回は僕とアルトリート以外のメンバーに行ってもらう。
 そうしないとゆっくり話できないし。
 そしてある程度時間がかかってくれないと二人っきりになれない。
 ――なんかさぁ……これって好きな女性と二人っきりになりたいとか思ってる男と同じ心境じゃない?
 イヤだなぁ……それは――
 でも、手段を選んでいたら仲良くなれないし……
 職権濫用がなんだ!
 とりあえず僕がルール……というわけで何か良い感じの襲撃地は……
 僕は前回より格段に増えた資料と格闘していた。
 ここに来てない日は大抵情報収集している。
 自分の見た目には大いに感謝だ。
 この見た目なら亜人からも、人間からも情報を収集できる。
 そして良い感じの襲撃地を見つける。
 ここならちょっと広いし、手間もかかるはずだ。
 五人で行ってもそう簡単には終わらないだろう。
 僕は内心ほくそえんだ。
「みんなー、次の襲撃地が決まったよ」
 そう言うとぞろぞろとみんな集まってきた。
「次はどこ?」
「次はここです!」
 僕は持っていた資料を前に突き出した。
 じーとみんなはその資料を見ている。
「今度は間違いねーだろうな?」
 ホルストが胡散臭げに聞いてくる。
 これは前科があるのだから仕方が無い。
「大丈夫だよ。同じ失敗を繰り返すのは人間ぐらいだって」
 僕は自信満々に言い切った。
「ならいいけど……」
「それで今回は誰に頼むの?」
「僕とアルトリート以外の全員に頼もうかなって思ってるけど」
 それを聞いて明らかに戸惑うアルトリート。
「どうしてオレだけ居残りなの!?」
「経験が足りないだろうし、ちょっと面倒なところだからね」
 まあ、そんなのは建前だけど……
「子供扱いするな! オレだって戦えるっ!!」
 アルトリートが食って掛かってきた。
 でも……ここで押されてしまっては僕の計画が台無し。
 ここは年の功の論法で丸め込んで――
 そう思っていた僕だけど、クルトがやんわりと制した。
 僕ではなく、アルトリートを。
「この組織の司令官であるラインが良いって言ってるんだからいいんだよ」
 クルトが目配せしてくる。
 …………流石はクルトだ。
 僕と付き合いが長いだけのことはある。
 僕がやりたい事をしっかりと解ってくれたようだ。
「でも……」
「いいから、今回はボク達に任せておいて。次はきっとアルの力が必要になるから」
 そう言ってクルトはアルトリートを諭した。
 やや不満は残っているようだが、クルトにそう言われては仕方ないと思ったのか、しぶしぶ頷くアルトリート。
「本当に良いのか?」
 グレーティアが不審な目で僕を見る。
「勿論」
 僕はそう言い切った。
 ふふふ、伊達に長く生きているわけじゃあないんだよ。少しカマかけられたって、核心をつかれたって誤魔化しきる自信がある。
 表情一つ変えずに嘘付くぐらい屁でもない。
 僕はそう簡単に心情を顔に出したりはしないよ。
 …………まぁ、クルトには通用しないだろうけどね。
 僕の真っ直ぐな目を見てとりあえず納得したようだ。
 ふ……他愛の無い。
 こうして五人は僕の指定した襲撃地へと向かっていった。
 部屋に残ったのは僕とアルトリートだけ。
 計画通りだ。
 後は努力と忍耐と推察力で乗り切るのみ!
 僕はそう気合を入れると、ぶすっとしているアルトリートに声をかけた。
「アルトリート」
「…………何?」
 どこまでもつっけんどんな返答だ。
 でもここでへこたれてはいけない。
「少し話をしよっか」
「…………」
 アルトリートは黙った。
 殻に閉じ篭った貝だね、こりゃ。
「…………どうしてこの組織に入ったの?」
 シーン……
 だんまりか……
 まあ、普通の反応かな。
「僕が入ったのはクルトに誘われたからだけどね」
 僕はまず自分の事から話す事にした。
 アルトリートの事を知りたいっていうのもあるけど、僕の事も知って欲しいからね。
「まあ、勿論ヒマだったっていうのもあるんだけど……
 人間が嫌いなんだよね」
 その僕の言葉にゆっくりと顔を上げたアルトリート。
 僕は構わず話を続ける。
「……僕は吸血鬼だ。昔から人間と対立して来た。だから人間が嫌いなのかって言ったら……そうじゃない。僕は吸血鬼だから人間が当たり前のように嫌いなわけじゃない。僕は誰に強要されたわけでもなく、人間が嫌いだ」
「キライ?」
「そう。人間は……僕の母親を殺したから」
 アルトリートの目が見開いた。
 意外だったろうか?
 最強と呼ばれる吸血鬼の一族である僕の母親が人間如きに殺されたというのは。
 でも……事実だ。
 母様は人間に殺された。
「だから…………キライ?」
 僕なんかには全く興味なさそうなアルトリートだったけど、この話には興味を持ったようだ。
 クルトから聞いた。
 ここにいる者たちは傷を抱えているものたちだと……
 だから話した。
 おそらく、これが切っ掛けとなる。
「オレも…………人間キライ……」
「……だろうね」
 アルトリートはぎゅっと服の裾を掴んだ。
「オレも…………ラインハルトと同じ……だから――」
 僕と同じ……人間に家族を殺されたのか……
 アルトリートはポツリポツリと話し始めた。
「オレには家族といえるのはたった一人しか居なかった。
 それは弟だ。
 両親はいない。
 オレが小さい頃二人とも死んじゃったんだ。
 病気だったって……聞いてる。
 だから、オレには家族は弟だけだった。
 それなのに…………人間はオレの大切な家族を奪った!
 まだ、六歳だったオレの弟を殺した!!
 だから! オレは人間に復讐してやるんだ!!」
 話しながらポロポロと泣き始めるアルトリート。
 大切な者を奪われる辛さは良く知ってる。
 僕も、母様を殺された時、同じ気持ちだった。
 僕は泣いているアルトリートを抱き締めた。
「辛いね。でも――」
 アルトリートが涙で濡れた目を僕に向ける。
「そんな顔をしないで――」
 驚きに見開かれる瞳。
「そんな悲しい顔をしていたら、きっと悲しむだろうから……」
 誰が、とはいわなかった。
 でも、気付いているだろう。
「そんなの!」
 アルトリートは僕の服を掴んでそのまま俯いた。
 また……泣いている。
 理由は痛いほど良くわかった。
「気持ちはわかるんだけどね」
 僕は苦笑した。
 アルトリートがそんな僕を見ている。
「僕もアルトリートと同じだった。
 母様を殺された時、悲しみで周りが見えなかった。
 だから……たくさんの人間を殺した。
 無関係の人間もね。
 だからわかるんだよ。
 アルトリートの気持ちはね。
 でも……そんな事をしても何も変わらない。
 失った者は帰ってこない。
 これはね……経験者であり、人生の先輩である僕の意見」
 僕はぽんとアルトリートの頭に手をのせた。
「――せめて笑っていよう。楽しもう……ね?
 生きたくても生きる事の出来なかった大切な人達の分まで……楽しもう。
 忘れろとか、復讐をやめろなんて陳腐な事は言わない。
 無理だと、自分がそうであったから解る。
 だから、せめて大切な人が安心していられるように……笑っていよう。
 貴方が幸せになってはいけない事は無い。
 貴方が幸せになればきっと貴方の大切な人は喜んでくれる。
 貴方の大切な人は、貴方の幸せを願ってくれるでしょう?」
 僕の言葉にアルトリートは何も言う事が出来ず、ただ、目を見開いていた。
 そして――
「うわぁああぁぁあああぁぁあぁあああああぁぁぁ…………」
 アルトリートは泣き崩れた。
 僕の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。
 僕は彼が落ち着くのを、頭を優しく撫でて待っていた。




「……ごめんなさい……見っとも無いところ、見せて――」
 ひとしきり泣いたアルトリートは落ち着いたのか、耳をシュンと下げながらそう言った。
「子供が何言ってるんだよ」
 気にするなと頭を撫でた。
「うん」
 元気になって欲しいな……
 こういう時は支えてくれる人が必要だ。
 僕にはクルトがいた。
 だから、大丈夫だった。
 僕は光にはなれない。
 僕はクルトのように天使じゃない。
 それでも、出来る事をしよう。
「弟君の名前はなんていうの?」
「……エッカルト。エッカルト=ノイエンドルフ」
 エッカルトか……
「お墓……ある?」
 アルトリートは首をかしげた。
「どう?」
「あ、あるけど……」
 アルトリートは戸惑いながらもそう答えた。
 よしよし。
「じゃあ、お墓参りしよっか」
「え?」
「エッカルトもアルトリートに逢いたいと思うんだ」
 アルトリートは明らかに困っていた。
「でも、ここから物凄く遠いし……」
「どこ?」
「――シュヴァルツシュレヒトの森の中」
 シュヴァルツシュレヒトの森か……僕の故郷のルフトクレインの森から近いね。
「よーし、じゃあ行こう」
 僕は立ち上がると、アルトリートの手を引いた。
「え? でも……」
「僕は空間転移の魔術は得意中の得意なんだ。だから大丈夫」
 故郷からも近いしね。
 僕は魔術式を展開した。

   ――Der Luftraum, der verschiedene Formen beeinflußt.
   ――Der Raum, der die Welt baut.
   ――Transport zum Raum, wo meine Wünsche anders sind.
   ――Metastase zu topologischem Raum.
   ――Das Wiederaufbauen zu Metastase voraus.
   ――Ich bin als mein Wunsch ähnlich und ließ, treiben Sie locker an.


 魔術式の構築完了――
 転移先、固定――
 転移、開始――
 僕達の周りに魔術式が集まり、そして転移先にも同じ魔術式が構築し始める。
 そして体に負荷がかかり…………移動する。
 次の瞬間、僕達二人は僕の故郷ルフトクレインの森に移動した。




「ここは……?」
 アルトリートは見慣れぬ場所に戸惑いを隠せないようだ。
「ここは僕の故郷、ルフトクレインの森だよ」
「森が?」
「この森の中に屋敷が建ってるんだ。僕の家はそこ」
 いくらなんでも森の中で暮らしているわけじゃない。
「あの、どうしてここに?」
 アルトリートは魔術には詳しくないようだ。
 まあ、子供だしね。
「空間転移は行った事のある場所にしかいけないんだ」
「え、じゃあ……」
「大丈夫だよ。シュヴァルツシュレヒトの森はここからそんなに遠くないから」
 アルトリートは渋い顔をした。
「まさか……歩いて……?」
「まさか、そこまで近くは無いよ」
 僕の言葉を聞いたアルトリートは沈んだ。
「飛んで行くんだよ」
「え?」
 僕はそう言うとしまっていた背中の翼を出した。
 コウモリのような漆黒の翼。
 ぽか〜んとしているアルトリートを抱えると大地を蹴った。
「わっ!?」
 アルトリートは地面から離れる感覚に驚いたのかしがみついてきた。
「落としたりしないよ」
 まあ、言葉で言っても恐怖は消えないか……
 僕は高度を上げるとシュヴァルツシュレヒトの森へと向かった。




 一時間ぐらい飛んだところでようやく見えてきた。
「あれだな」
 僕は確認すると森の中央辺りに向かって高度を下げた。
「到着〜」
 スタッ――
 地面に足をつけるとアルトリートを下ろす。
 アルトリートはパァッと表情を輝かせた。
 とても嬉しそうだ。
「僕の森だ」
 とても懐かしそうに辺りを見回している。
「どう?」
「ありがとう」
 アルトリートの笑った顔……始めてみた。
 そしてアルトリートは小走りになる。
「こっち」
 アルトリートは手を振っている。
 僕は嬉しかった。
 連れて来て上げて良かったな。
 僕はそう思いながらアルトリートについて行った。
 しばらく歩くと綺麗な花畑のある場所に出た。
 水の音も聞こえる。
 川が近いのかもしれない。
「ここが……エッカルトのお墓」
 よく見ると花畑の真ん中に丸い石が置いてある。
 墓石の代わりにしているのだろう。
 文字ぐらいあったほうが良いよね。
 僕はそう思うと石に手を翳した。
 アルトリートが何事かと僕を見る。

   ――Helligkeit, um während der Lebensdauer einzuschneiden.


 魔術式が構築され、墓石に文字を刻み込んだ。
「あっ!」
 アルトリートが声を上げた。
 墓石に刻まれたのは――

   Eckart=Neuendrff――

 アルトリートが僕の方を見た。
「名前ぐらい刻んで上げたいでしょ?」
 僕がそう問うと、アルトリートも頷いた。
「ありがとう」
 アルトリートは墓石の前に座るとそっと手を伸ばして墓石を撫でた。
 もう一つ、プレゼントをしようかな。
 僕はそう思って魔術式を周囲に展開した。
 僕を中心に一キロほどにこの魔術式を構築する。

   ――Eine Melodie der Phantasie voll von Umfang.
   ――Bequemes hellseherisches Licht.
   ――Ein Zeichen des Glückes, um die Welt zufriedenzustellen.
   ――Ein Wunsch ist die Welt einer Leichtigkeit.
   ――Umgeben Sie die Welt.
   ――Licht der Faszination.


 そして世界が変わった。
 アルトリートの息を飲む音が聞こえる。
 そこは、さきほどとは全く違う世界になっていた。
 幻想的な光景。
 蒼く、淡く光り輝く花が大地を覆った。
 空からは金色に輝く雪のようなものが降ってくる。
 目を奪われるほど美しい光景だった。
 ゆっくり僕の方を見るアルトリート。
「僕からのプレゼント」
 僕はクルトほど幻術が得意なわけじゃない。
 でも、このくらいなら出来る。
 少しでも喜んで欲しい。
 こんな小さな子供が悲しい顔をしているのを見るのはイヤだから。
「アルトリートとエッカルトに――」
 ふわりとアルトリートは微笑んだ。
 目には涙が浮かんでいる。
 そして墓石に向き直ってこう言った。
「エル……この人がオレの面倒を見てくれる人。オレ達の希望になる人だ」
 …………
 僕は何も言えなかった。
 まさか、そんな嬉しい事を言ってくれるとは思ってもみなかった。
「ラインハルトさん。行きましょう」
 以前までの憂いは無い。
 良かった。
 でも、いきなりさん&tけかぁ……
 どうせなら…………
「ライン」
「え?」
「もっとフレンドリィにラインって呼んで欲しいんだけど」
 キョトンとしていたアルトリートは声を上げて笑った。
「はい、ライン兄様」
 これには流石の僕も驚いた。
「オレの事はアルでいいです」
 僕も声を上げて笑う。
「おっけー、アル」
 僕の計画はどうやら成功したようだ。
 ちなみに家に帰ってからいきなり仲良くなった僕達に驚くメンバーがいたのは言うまでも無い。