その日、警察の中で間違いなく要注意人物に指定された。
 ラインハルトには全く血の繋がらない妹がいる。
 その妹の忘れ物を届けに学校に行ったが、その日は偶然参観日で……
 ラインハルトは教室で見覚えのある刑事に出会う。





「ふわぁ…………」
 今日は別に集会もないから、暇だね。
 それにしても朝は眠い……
 僕吸血鬼だから朝は強くないんだよね。
 むしろ弱いし。
 水でも飲む?
 そう思って僕はキッチンへ向かった。
 水を一杯飲むと頭はすっきりしてきた。
 そしてあるものに目が留まる。
「お弁当?」
 確かにお弁当だ。
 だが、なぜこんなところにあるのか……
 ――忘れたんだろうね。
 まず、間違いなく。
 どうしようか……
 どうするもこうするも僕は固形物摂取できないから、捨てるしかなくなるよね。
 もったいないか……
 仕方ない…………届けるか。
 その前に顔洗って着替えないと…………
 僕、まだ寝巻きのままなんだよね。




 その後、しっかりと目を覚ました僕はアルムホルト・アカデミーへとやって来た。
 妹はここに通ってるんだよね。
 ――広いな。
 迷いそうなくらい広いんだけど……
 エーデルシュタイン一のマンモス校だから仕方ないのかもしれないけど……
 どうしよう……
 校舎が遠いなぁ。
 ふらふらしてたら怪しい人だし、迷いでもしたら話にならないよね。
 どうするか考えていると後ろから誰かに声を掛けられた。
「あのぉ――」
 やばっ……不審者として目を付けられたか――
 でもそんな考えはおくびにも出さずにニッコリと笑って振り向いた。
「何か?」
「保護者の方ですか?」
 保護者? なんで保護者?
 でも、確かに僕は保護者だよね。
 全く血が繋がっていないとはいえ一応兄妹だし。
「はい、そうですけど」
「クラスはわかりますか?」
「ああ…………はい。確か薬学の一年」
「それでしたら――」
 何故か丁寧に場所を教えてくれた。
 よくわからないけど助かった。
 これで忘れ物を届けにいける。
 僕は広い敷地内を教えられた通りに歩いて目的地へと向かった。




 目的の校舎の中に入ると、目的の教室を探した。
 程なくして見つかる。
 敷地が広くて校舎が何棟もあるからあれだけど、中に入れば意外と簡単に見つかったな。
 そして教室の前。
 ――そして僕は気付いた。
 授業中だったらまずいかな……
 ……
 …………
 ……………………
 ま、いっか。
 僕は前から普通に入った。
 一瞬にして注目の的。
 そりゃそうか。
「お兄様!?」
「あ、エリノア」
 妹が驚いたように僕を見ている。
「あら、ビッテラウフさんのお兄様?」
 ビッテラウフとは妹の事だ。
 エリノア=ビッテラウフ、それが妹の名前。
 僕の父さんの名前はヴィルヘルム=フォーゲル。
 だから僕も普段人間にはライン=フォーゲルと名のっている。
 だって、流石に悪名高い吸血鬼一族の名門クロイツェルとは名のれないしねぇ。
 エリノアがフォーゲルを名のっていないのは僕達純血の吸血鬼は戸籍が無いからだと思う。
 だから結婚したといっても戸籍はそのままだろうね。
 無いものはどうしようもないし。
 そういうわけで僕とエリノアは全く違うファミリーネームなんだよね。
「はい、そうです」
「お兄様がどうして……」
「忘れ物だよ」
 僕はそう言って持ってきたお弁当を高く上げた。
「あ……」
 エリノアは慌てて僕からお弁当を受け取った。
「ごめんなさい。お手数をお掛けして」
「別に気にしてないよ。それにしても――」
 僕は教室の後ろを見た。
「なんであんなに人がいるの?」
 大人がたくさんいる。
「あら、ご存知ありませんの?」
「何を?」
「今日は授業参観ですのよ」
「授業……参観?」
 僕は眉を寄せた。
 何、それ……
 そんな疑問が顔に出たのか教師が教えてくれた。
「授業参観ですよ。保護者が授業風景を見に来る事が出来る日ですが……ご存じなかったんですか?」
 全く知りませんでした。
 ――というかアカデミーにそんなイベントがあること自体知りませんでした。
 僕は吸血鬼だからアカデミーになんか通ってないし……
「まあ、よくわからないけど頑張れ」
 僕はそのまま教室を出ようとした…………のだが、物凄い視線を感じてそちらを見る。
 相手も僕の事を見ている。
 どこかで見た覚えが――
 それは相手も同じなのだろう。しきりに首をひねっている。
 そして、その人物が誰であるかに気付いた時、教室に二つの叫び声が木霊する。
「貴方は――!!」
「お前は――!!」
 こんなところで軍部の警務課の人間に会うなんて……
 ちなみに通称刑事。そっちの方がなじまれてたりする。
 まあ、イヤなのは相手も一緒だろうけどね。
「最近世間を騒がせてるイングリム=アンクノーレンの司令官…………確かシーツリヒターとか名のっている――」
 そこまで完璧にばれているとは――
 教室内がざわめき出す。
「ええー!! お兄様が!?」
 …………エリノアがいたんだった。
「貴様が吸血鬼である事は調査でわかっているんだぞ!」
 …………金髪金眼の吸血鬼は有名だからね。
 魔術も使ったし、ギルドには資料もあるからわかるだろうね。
「まさか、その女も――」
 そう言ってエリノアを見た。
「彼女は関係ないよ。ただの人間。全く血は繋がってないからね。なにしろ僕の父さんの再婚相手にいた子供だからね。だからファミリーネーム違うし」
「お前のファミリーネームなんぞ知るか」
 そこまで調べてないわけないよね。きっと覚え切れなかったんだよ。あんまり頭良さそうに見えないしね。
「それにしても、貴様何故太陽の光が平気なんだ? 吸血鬼だろうが」
 …………
 その言葉に僕は押し黙った。
 この刑事はおそらく僕をアレと同じだと思っているのだろう。
 人間だからわからないのも仕方がない。
 ――が、アレと同じだと思われていることは非常に不愉快だ。
 ここはしっかりと訂正しておかなくてはいけない。
 僕はあんな紛い物と一緒にされるのは勘弁ならない。
 僕には吸血鬼のプライドがある。
「――――貴方方は吸血鬼が三種類いることを知ってる?」
「は?」
 それを聞いた刑事はおろか周囲の人間も何の事だといった表情をしている。
「何の事だ?」
「吸血鬼における正しい認知度なんてこんなもんか…………」
 昔はもう少し知っている人間がいた気がする。
 純血の吸血鬼も減ったからなぁ……
「吸血鬼は『純血種』、『混血種』、『外道』の三種類に分かれるんだよ」
 僕としては全部まとめて吸血鬼といわれるのも我慢ならないんだけどね。
「一つ目は純血の吸血鬼。文字通り吸血鬼と吸血鬼の間に生まれた子供だけがそう呼ばれる種族だね。少しでも人間の血が入ると純血じゃなくなるんだ。
 知ってのとおり人間の血が主食だけど、水とかワインみたいな液状のものならある程度は摂取できるなよ。流石に固形物は受け付けないけどね」
 それにむやみやたらに人間襲ったり、がっついたりはしない。
「二つ目は混血の吸血鬼。混血の吸血鬼は吸血鬼と人間を親に持つハーフヴァンパイアやクォーターヴァンパイアの事だよ。人間の血が少しでも入っているとこう呼ばれるんだ。
 純血の吸血鬼に比べるとガクンと魔力が落ちて、場合によっては血ではなく人間と同じ食物でも生きていけるようになった者達だね」
 へぇ、とかいう声が聞こえる。
 まぁ、文献とかで残ってるわけじゃないしねぇ。
 僕達がわざわざそんなもの残すわけないし、人間もそんな事残したりしてないだろうしなぁ。
 はぁ……
「外道っていう吸血鬼は元々は人間なんだよ。
 人間が吸血鬼の因子に侵されて変質した状態を僕達はそう呼んでいるんだ。
 吸血鬼は人間の血を吸うよね? その時、首に牙をたてるでしょ?」
 僕は口を開けて牙を見せる。
「牙を刺し込むと必然的に唾液とかが体の中に入っちゃうんだよね。
 僕達の唾液の中には人間を吸血鬼に変えてしまえる因子が入っているんだ。
 だから吸血鬼に血を吸われた者は吸血鬼紛いなモノに変わる。
 元々人間だった彼等は僕達と同じものには絶対になれない。人間は魔力を全く持っていないからね。
 それ故、吸血鬼によって吸血鬼紛いにされたものは自我が低く、足りない魔力を補う為に無差別に人間を襲う。
 貴方方人間社会で事件になってるようなのは大抵外道が原因だよ。
 昔は吸血鬼に血を吸われた者は百パーセント外道になってたけど、最近じゃあならない者も出てきたね」
「ならない者?」
「うん。混血種がいるからね。
 混血種が人間と交配を続けると限り無く人間に近づいていく。ほとんど人間と変わらないほどにね。そういう者達には吸血鬼の因子は効かないんだよ」
 へぇ〜、といった感じで聞いている面々。
 ああ、わかってはいてもちょっとショックだ。
 でもここからが重要。
「外道だけは不完全な所為か太陽の光にめっぽう弱い」
 だから僕は太陽の光はなんでもない。
 一般人における吸血鬼像というのは明らかに外道だ。僕としてはそんなヤツらと一緒にされることが不快でならない。
「純血種は世間で言われてるほどの弱点なんかないよ」
 僕たちは割りと完璧な種族なんだから。
「ちょっと待て、太陽の光に強い事はわかったが、じゃあニンニクはどうなんだ!?」
 大蒜〜?
「ただの好き嫌いの問題じゃないの? 貴方方だって自分が嫌いな匂いとかあるでしょ? それと一緒だよ。昔大蒜が死ぬほど嫌いな吸血鬼に会った誰かが伝承として残しただけでしょ」
 僕はあれ、平気だし。
「くっ…………じゃあ十字架は!?」
「今の十字架って大半が大量生産品でしょ? そんなの効くわけないじゃない。
 ――っていうかそんなもの翳した程度で怯むなんて御伽噺だよ。実際にはありえないし。まあ、教会とか神殿で清められた本物の十字架なら護符ぐらいにはなるんじゃない? 聖なる力発散してるような人にはあまり近寄ろうとも思わないしねぇ。まあ、気休めにしかならないだろうけど……」
 実際、僕だったらそんなものモノともしないし。
「銀は!?」
「銀は魔を払う力がある鉱物だね。確かにあれで作られた武器は他の金属より痛いし傷の治りも若干遅いけど、それも力のある吸血鬼ならモノともしないよ。僕だってあれ、全然平気だし」
「聖水は!?」
「聖水かぁ…………」
「効くのか!?」
 そんな期待を込めた眼差しされてもねぇ。
「効くには効くけど…………火傷するぐらいだよ。やっぱりこれも実力に比例するんだけどね。僕は聖水に触れてもちょっと火傷するだけで、すぐに治っちゃうし。聖水の効果よりも僕の再生能力の方が優秀なんだよね。
 それに今じゃ本物の聖水創れる人ほとんどいないでしょ? 力のある巫女とか神官じゃないと気休め程度にも効かないよ」
 でも僕は八百年生きてる吸血鬼だから本物の聖水でもたいして効かないだろうけど……
「じゃあ、心臓に杭を打つはどうだ!?」
「それって人間もやられたら死ぬでしょ? それと一緒じゃない。まあ、僕達再生能力が尋常じゃないからそう言われるようになったのかもしれないけど…………でも杭で刺されるような状況に出来るの? 僕達純血の吸血鬼って強いよ? 杭で刺されてもその杭を魔術で破壊したり出来るし。破壊しちゃえば再生できるからね。生命力も人間なんかとは比べものにならないぐらい強いし」
 最早何も言う事が出来ない刑事。
 まあ、そりゃそうか。
 ここまで全部否定されればね。
「…………それでは……それでは貴様を倒せないではないか!?」
 倒すつもりでいたんだ。
「人間なんかにやられるわけないじゃない。だから八百年も生きてるわけだし」
「八百年!?」
 ――なんでみんな僕の年聞くとそんなに驚くんだろ…………失礼だよね。
「吸血鬼は年齢を重ねれば重ねるほど強くなっていくからね。僕も昔よりかなり強くなってるよ?」
 昔僕を倒せなかった人間が、今更倒せるとは思わないなぁ。
「無理はしない方が身のためだよ? 僕は僕に喧嘩を売ってきたりする人以外に危害を加える気ないしね」
「人間の血を吸うくせにか?」
「…………人間じゃなくても僕は平気だよ。亜人でも……ね? 亜人は吸血鬼にはならないからね。紛い物になるのは人間だけだし。それに――」
 僕は窓に近付いた。
「僕は人間は嫌いだけど、全て消し去りたいとは思ってないよ。今はね――」
 そう言いながら窓を開け放つ。
「今は?」
「昔は思ったことあったんだけどね」
 窓枠に足をかける。
「今は、亜人討伐ギルドの人間じゃなければ危害は加えないよ」
「殺すという事か…………そういえば、貴様ギルド員を躊躇い無く殺していたな」
「殺すよ。邪魔者はね…………吸血鬼討伐ギルドがどうなったか知ってるなら、諦めた方が得策だよ」
 それを聞いた瞬間に顔色が変わった。
「一夜にして消えたというあの――!?」
「ふふふ」
 僕がやったんだけどね。
 僕はそう思いながら窓枠を蹴った。
 そして重力に従い大地に降りる。
 上を見るとさっきの刑事が窓に張り付いてこちらを見ていた。
 こんなの、魔術を使うまでもないし、わざわざ飛んで逃げるまでもないね。
 人間じゃ四階から飛び降りるなんて芸当出来ないだろうし。
 僕はそのまま悠々と家に帰った。