そう来ると思った。
 お腹の空いたラインハルトのわがままで病院を襲撃することになったメンバー。
 ラインハルト曰く、輸血パックで我慢する当たりまだマシだと思わない?
 だが、強襲する辺りですでにマシという次元を超えている。





「はぁ……」
 僕は重々しく溜息を吐いた。
 憂鬱だ。
「どうかしたの? ライン最近元気ないね」
 その言葉を聞いてアルが駆け寄って来る。
「ライン兄様……顔色悪い」
「吸血鬼だから色白なのは前からだけど、なんか最近はそれに拍車がかかってきたね」
 心当たりがあるだけに何もいえない。
 心労が溜まってるんだよね。
 魔力も最近無駄遣いしてるし――
「実は最近――」
 僕は彼らに言う事にした。
 自業自得と笑われそうだから言いたくなかったんだけど……
「ストーカーに悩まされてて――」
 はぁ…………
 もうやだ――
 アカデミーでの一件以来、あの男に毎日毎日強襲されて……
 大体弱いくせになんであんなに突っかかって来るんだよ。
「ストーカー…………ライン顔はいいもんね」
 ……何か勘違いされてない?
「吸血鬼にも見えないし。でも随分と強気な女性なんだね」
 …………あぁ、確かに女だったらどれだけ良かったか――
「男だから」
「ええっ!! いくらなんでもそれは――」
 そう言ってクルトは両手で口元を押さえた。
「確かにラインは美形で線も細い印象を与えるからそっち系の人たちにも――」
「ちがーう!!」
 僕はソファーから立ち上がった。
「そうじゃなくて、僕がシーツリヒターだって解った刑事の親父にストーキングされてるんだよ! 狙われてるの!」
「……なんだ」
 ちょっと、何? そのあからさまにガッカリした顔は……
「クルト…………妙な期待はしないでもらえるかな?」
「えー…………つまんない」
 つまんないじゃないよ。
 それはシャレにならないから。
 そういう趣向の人たちは滅してもらうしかないから。
「何の話?」
 アルが僕とクルトの会話がよくわからなくて不思議そうな顔をしている。
「アル、貴方は知らなくていいんだよ。そう…………そんなこと一生知らなくて良いから」
 むしろ知るな。
 真っ当に生きてくれ。
「はぁ…………」
「ライン、冗談じゃなくお疲れだね」
「疲れてるよ。それに――」
「それに?」
「お腹空いた」
 それを聞いたクルトはおもいっきり驚いた。
「ラインがお腹を!? それは大変! 百年ぶりぐらい? ラインが食事したいなんて言うの」
 ――僕は大量の魔力を持ってるからそう簡単にお腹を空かせたりはしない。
 でも一度空くと渇きに飢え、どうしようもなくなる。
 食事が必要だ。
 血が…………欲しい――
「じゃあボクの血飲む?」
 そう言って僕に抱き付いて来たクルト。
 クルトの服は肩丸出しなので血は吸いやすいんだよね。
 ああ、その肩に齧り付きたい……
 でも――
「いや、ダメだ」
「どうして?」
「今、物凄く渇いてるから…………致死量に達するかもしれない……普段なら抑制するのも簡単なんだけど――」
「そっか――」
 クルトはそういうと素早く僕から離れた。
「じゃあ、代わりの贄が必要だね」
「そうだな」
「どうするの?」
「そんなの…………決まってるだろう?」
「そうだね」
 目的のモノをゲットする為に、僕に友好的なクルトとアルが行ってくれた。
 そう、目指すは病院の輸血パック!




 クルトとアルが出て行ってからしばらく経った。
 僕はテーブルに突っ伏していた。
 だって、お腹空いたし。
 ああ〜、早く帰ってきてくれないかなぁ……
 そう思ってダラダラしているとじっとこちらを見つめる視線を感じる。
 顔を上げるとそれはホルストだった。
「どうかしたの?」
「いや…………あんたが吸血鬼だったって思い出したくらいだな」
 僕ってうっかり忘れられがちだよね。
 でも亜人の中でも最強の部類に入るんだけどな……
「ねぇ、ラインハルト様」
「何? ブリュンヒルト」
「ラインハルト様って今まで食事はどうしていたんですの?」
「人間襲ってたんじゃないのか?」
 興味津々のブリュンヒルトと違ってかなり投げやりなホルストの言葉。
 僕のことを気にしてくれるのは嬉しいね。
 どうでもいい相手にはそんな事する必要もないわけだし。
 …………ブリュンヒルトだけだけど――
 アルもいたら気にしてくれたかな?
「僕は低俗な人間の血は吸った事ないよ」
「え?」
 その言葉に皆が僕を見つめた。
「じゃあ……今までどうして――」
「う〜ん……クルトに会ってからはずっと定期的に血を貰ったよ。亜人は外道にはならないからね」
 理由はそれだけじゃないけど……
「じゃあ会う前は?」
「魔女」
「魔女?」
「そう、魔女」
 僕の言葉に硬まる一同。
「魔女は人間の癖に高い魔力を持っているからね。美味しいんだよ」
 人間は不味いんだよね。
「たいして腹の足しにもならないしさ」
 それに比べて魔女は人間でも美味しいんだよね。
 お腹も大分満たされるし――
「僕達クロイツェル家は代々魔女を贄に選んでいる。クロイツェル家は名門だからね。余り雑食は好まない」
 純血の吸血鬼は元来、そんな非効率的な方法はとらない。
「だから、僕達吸血鬼と魔女は昔から仲が悪い」
 狩る者と狩られる者だから――
 最も、魔女も異形の力を持っている点で人間社会から放逐される身…………僕達亜人となんらかわりない扱いを受けているけどね。
 まあ、でも僕が魔女と仲が悪いのはそれだけじゃないけどね。
 あの高慢ちきな性格が許せない。
 会話するのも我慢ならない――
「ふふふ……」
 出会った瞬間から戦闘体制をしいて一気に叩く。
 そして美味しく戴く。
 ちなみに僕は相手が魔女の場合、容赦はしない。
 残すことなく戴きます。
 魔女は元が人間だから吸血鬼になる。
 魔女と吸血鬼は相容れない存在。
 その為、吸血鬼と結ばれた魔女はいない。
 だから、吸血鬼の因子が魔女にも効く。
 元々魔力を持っている彼女達が吸血鬼になると、魔力の欠片も持っていない人間がなるよりより強い外道になる。
 魔力を持ってしても、自我を保った外道になるものは一握りもいない。
 たとえその一握りに慣れたとしても、外道は所詮紛い物――
 誇り高き純血の吸血鬼から見れば、塵も同然だった。
 だから、僕達は魔女を喰う場合、けして残さない。
 確実に息の根を止める。
 紛い物に大きな顔をされるのは我慢ならない。
「何怪しい笑み浮かべてんだよ」
 はっ――!!
「気にしないで、ただの思い出し笑いだから」
 ついあの高慢ちき魔女の鼻をへし折ってるところを思い出してしまった。
 普段えばり散らしている人間ほど、大地に叩き落とした時の快感がたまんないんだよね。
「じゃあ、ラインハルト様って人間はあまり殺さないの?」
 明らかに残念そうなブリュンヒルト。
「そうでもないよ。僕が黒服殺したの見たでしょ?」
「そう言えば……」
「あいつら何者だ? 随分戦いなれてやがったが――」
 ホルストの言葉に僕は――
「何、知らないの? あれは亜人討伐ギルドの連中だよ」
「あれが?」
 エアハルトもそう言った。
 なるほど……知ってはいても見るのは初めてといったところか――
「あの皆デザインが一緒の黒い服……二の腕に腕章着けてたでしょ?」
「そう言われてみれば……」
「あれが討伐ギルドの紋章と階級。紋章の上に階級が書いてあるんだよ」
 だから一目でわかるようになっている。
「昔は亜人討伐ギルドっていう一括りじゃなくてたくさんあったんだけど……」
「――けど?」
「吸血鬼討伐ギルドが壊滅してからは全部一緒になって大きな組織になったんだよね」
 僕が潰したんだけどね。
 それで危機感を持ったんだろうね。
 だから今では全てのギルドがネットワークで繋がっている。
「厄介な事に人間は協力することを覚えた」
 まあ、蟻の群がどれだけ群れても大したことはないんだけどね……
 でも、軍隊蟻になるとそこまで楽観は出来ないかな。
「慢心が引き起こすのは滅びだけだよ」
 僕はそれをよく知ってる――
「鼠だって窮地に陥れば猫を噛む……」
 弱くても厄介なものだと知っている――
「何の力も持たない一般市民なんかどうでもいい……」
 いつでも殺せるから、見逃しているだけ――
「でも、力を身に付けた人間は厄介だ……」
 あれは大切なものを壊していく――
「ギルド員に手加減なんて必要ない……」
 だから――
「僕はあの人間が大嫌いだ」
 絶対に許さない――
 思い出すだけで反吐が出る――
 あんなやつらに……
「あんた……目が――」
 ホルストが僕の目を見て驚いているのが解る。
 ああ、そうか……
 やっちゃったんだな……
 少し感情を高め過ぎた……
 でも…………抑え切れない――
「たっだいまー!!」
 そんな中、空気を完璧に無視するようにしてクルトが入ってきた。
「ライン兄様! 持って来たよ」
 アルが駆け寄ってくる。
 そして僕の目を見て驚いた。
「どうしたの? ライン兄様、目が真っ赤」
 心配そうな顔をしているアル。
「ライン……そんなにやばかったの?」
「いや、違う……これはそうじゃない――」
 そう……違う――
「ただ……気分が悪くなってきただけだ――」
「大丈夫なの?」
 僕はアルの頭を撫でた。
「あいつ等の話をすると…………八つ裂きにしたくなる」
 殺気を孕んだ僕の言葉にたじろぐ一同。
 僕はアルから輸血パックを受け取った。
「はい、ライン」
 そう言ってクルトが手渡してきたのはワイングラスだ
 僕はワイングラスに入れて不味そうな血を飲んだ。
 やっぱり不味い。
 ぎとぎと脂ぎってる……
 次のも開けて飲んでみるが、やっぱり不味い。
 溜息が出る。
 たいして腹の足しにもならない上にこの不味さ…………やっぱり緊急時でもない限りこんな雑食はごめんだな。
 僕がアルから輸血パックを受け取って不味い血を飲んでいるとき、こんな会話が聞こえた。
「ねぇ、ライン随分荒れてるみたいだけど…………何の話をしていたの?」
「亜人討伐ギルドの話だ」
「ラインにその話をさせたの!?」
「何か拙かったんですか?」
「…………ラインも人間が大ッ嫌いなんだよ。アナタ達も覚えておいて――」




 不味い血を飲み干した後――
 僕は屋根の上に上がっていた。
 まだ、気分が悪い――
 夜の冷たい風が僕の身体を包んでくれているのに――
「大丈夫? 口直し……する?」
「クルト……」
 僕はクルトを見つめた。
 クルトはよく解ってくれる……
 長い付き合いだ……
「まだ瞳が赤いままだよ」
 まだ、赤いままか……
「しょうがないよ……感情には抑え切れないものがあるから――」
「大丈夫だよ。ラインは大丈夫」
 クルトはそう言って抱きついてきた。
 クルトがいつも肩の見える服を着てるのは僕のためだ。
 血を飲んで生きる僕のため――
 僕はクルトの首筋に牙を立てた。
 クルトは慣れているので何も言わない。
 やっぱり…………クルトの血は美味しい。
 満たされていくのがわかる。
 牙を抜いてクルトから離れた。
「大丈夫だよ。ラインは」
 クルトは繰り返す。
「ラインは独りじゃない。ラインが人間を嫌いなことはわかってるから。だから大丈夫」
 解っては…………いるつもりなんだけどな――
「ふふ、やっと金色に戻ったね」
 どうやら僕の感情は治まったらしい。
 やっぱり、雑食ではお腹も気分も完全に満たす事は出来ないようだ。