クルトは正直者だ。
ラインハルトは平然と嘘を吐く。
ラインハルトの行動を良しとしないホルスト。
だが、ラインハルトは生きる事の難しさを語る。





「あんたって一体何なんだ」
 開口一番そう言われた。
「えーと…………」
 僕はこのいきなりすぎる質問にどう答えて良いのか困った。
 どうしてこんな状況になっているのかというと、偶然だ。
 別に僕が謀ったわけじゃない。
 だが、現に今ここにいるのは僕とアルとホルストの三人だけだ。
 でも、アルはポカポカ陽気にやられて日向でお昼寝中。
 狭い部屋では必然的に向かい合うようにしてソファーに座るしかなかった。
 で、他のメンバーはどうしているのかというと……
 一言で言うと買出し。
 クルト、ブリュンヒルト、グレーティア、エアハルトの四人が買い出しに行ったのだ。
 六人で暮らしていれば食事も結構必要だよね。
 怪力のクルトと男のエアハルトがいればなんとかなりそうだけど、六人分×七日分を持って帰ってくるには人手が必要らしい。
 ちなみに食事を作るのはクルトだ。
 ブリュンヒルトもグレーティアも女性だが、料理は全くダメらしい。
 では何故アルとホルストが行かないのか……
 当番制らしい。
 料理を作るのはクルト。
 その他、洗濯、掃除、荷物持ちなどはローテーションを組んでやるらしい。
 当然、食事係のクルトは炊事しかしない。
 僕は当然、食べないからやらない。
 ここで過ごしている日は多いけど、住んでいるわけじゃないからね。
 ああ、でも最近はここで過ごす日も多くなってきたよね。
 これも全てあのストーカー親父のせいだ。
 家にいるとしつこくてうっとうしいからここで過ごすしかないんだよね。
 ああ、それにしてもあのホルストの質問の意味は何だろう……
 やっぱり何もしないのに居座るとはどういうつもりだ? ってことかな……
 僕が吸血鬼だって事はもう周知の事実だから何も言う事はないだろうし……
 やっぱ聞いてみるのが一番か……
「それはどういう意味かな?」
「何考えてるのかわからない。得体が知れない」
 …………だろうね。
 僕、ポーカーフェイスは得意だし。
「確かにそうかもね。僕はクルトみたいに正直に生きてるわけじゃないから」
「やっぱりそうなのか」
「そうだよ。僕は必要なら嘘も付くし、騙しもする」
「あんたは信用できない」
 ホルストはきっぱりと言い切った。
「そう。それは僕が嘘をつくから?」
「そうだ」
 ホルストも正直者だね…………
 でも――
「それだけじゃ生き抜いていけないよ」
「どういう…………」
「貴方はまあ若いから……何も知らないだけ」
 ホルストはそれを聞いて黙った。
 年の事を言われれば彼には歯向かう手段はないだろう。
「クルトは天使なんだよ」
「はぁ? 今更何を言ってるんだ」
 馬鹿にするなといった顔をしている。
 でも、これって重要な事だよ。
「どうして天使が貴方達と一緒にいるの?」
「それは――」
「天使なんだよ?」
「何が言いたいんだよ」
 わからない……か……――
「クルトの他に天使って見たことある?」
「ないけど」
「じゃあ、天使ってどこに住んでると思ってる?」
「どこ…………?」
 それを聞いたホルストは黙った。
 何もいえないようだ。
「何も知らないんだね。やっぱり――」
「じゃあ、あんたは知ってるのか?」
「ふふ、勿論知ってるよ。天使はね、空の上で暮らしてるんだよ」
「空で……?」
 かなり驚いているようだ。
「そう……天使は地上で暮らしたりしないんだよ。普通はね」
 だから見たことなくても当然だ。
「天使なのにどうして吸血鬼と仲が良いか考えた事、ある?」
「…………」
 ホルストは何も言わなかった。
「聞いてないんでしょ」
「…………ああ」
「クルトは自分のことは何も話してないんじゃない?」
「どうして……」
 わかるよ。
 クルトとはもう六百年近く付き合ってる。
 だから、わかる。
「クルトは本音の塊だから」
 本音しか言わない。
「クルトが何も言わないのは、何も言えないからだよ」
 それが出来ればクルトは――
「建前とか、冗談とか、誤魔化すとか…………そういった事が出来ない」
「それは天使だから?」
 普通の者ならそう思うかもしれないね。
 でも――
「違うよ。それは違う――」
「違う……?」
「そう、違う。もし、全ての天使が本音の塊だったら…………クルトはあんなに苦しんだりしなかった――」
 独りであんな森の中にいたりしなかった……
 僕と知り合う事だってなかった……
「クルトだから、なんだよ」
「え?」
「クルトが正直なのはクルトの性格からなるもの……けして天使だからじゃない」
 クルト――
 いつも笑っているけど……
 第一印象で与えるあの雰囲気ほど、彼は楽観的じゃない。
「でも、あんたよりはずっとマシだろ」
 胡散臭そうな目をしているホルスト。
 ホルストは僕とはあまり合わなさそうだね。
 いろいろと……
「生きる事はそう簡単じゃないよ」
「そんなのわかってる」
「わかってないよ」
「なんだと!」
 ホルストは立ち上がった。
「クルトは僕に遇うまで独りだった」
「…………」
 僕の言葉に押し黙るホルスト。
「クルトは本音しか言わない。それが、クルトを独りにした」
「――!?――」
「クルトは天使の中じゃ異端だったんだよ」
 仲間からも見放された……
 たった独りの天使――
「本音だけでは…………生きていけなかったからクルトはここにいる」
「クルトが――」
「そう……生きるためには必要な事もある……自分を抑えることも、建前も――」
 クルトにはなかった――
「でも、クルトはまだ――」
 ホルストの言いたい事は解る。
「クルトには俗世に塗れて欲しくなかったからね。僕がそうならないように育てた」
「育てたって――」
「だからクルトは今でも本音の塊」
 それはクルトを独りにした原因だけど、クルトにしかない良いところでもあると僕は思うから……変わらないで欲しかった。
「――……一体……いくつの時から一緒にいるんだ?」
 いくつの時!?
「そ……それは――」
 僕は考えた。
 いつだったか……
 昔過ぎて記憶が――
「確か……あれは…………僕が………………いくつの時だっけ――?」
 頭をフル回転させる。
「――初めて僕がクルトと遇ったのはクルトが三十二歳の時だ。クルトの年齢は今六百八十七歳だから………………………………僕が百七十四歳の時か――」
 僕はぶつぶつと呟いた。
「六百五十五年来の親友だ」
 結果をホルストに言った。
「そんなに昔から!?」
「そうだよ」
「それって、クルトにとってはほとんど一緒って事じゃ――」
「うん。そうだよ」
 僕が初めて遇った時、クルトはまだ小さな子供だった。
「本音と建前が必要なこの世界は、クルトにとっては生きづらい――」
 それでも、クルトにはクルトでいて欲しい。
 あのままで……
「クルトは真っ白なんだよ。それがいいんだ。僕と違って、ね――」
「自分の性格が悪いと解っているみたいだな」
「吸血鬼だからね。僕は真っ黒だよ」
 えへんと僕は威張った。
「……威張れる事かよ」
 呆れたようなホルスト。
「クルトはあのままでいい。クルトが出来ない事は全て僕がやれる。僕は躊躇ったりはしない。僕は――」
 そう、僕は――
「――吸血鬼だからね。闇の眷属だから、光の眷属であるクルトにはいつまでも輝いていて欲しい」
 独りじゃないと、教えたのは…………誰だろう……
 そんな感じで僕とホルストは話をした。
 僕の言葉が…………少しでも彼の心に届けばいいと思う。
 独りは…………寂しいから――
「独りじゃ生きていけないよ」
「そんなの……」
「わかってる? 本当に?」
 僕はじっとホルストを見つめた。
「それは――」
「まあ、貴方は独りじゃないけどね」
 ここにいる仲間達は独りじゃないだろう。
「わかってるつもりだが……わかってないかもしれないな」
「ホルスト?」
 初めて聞いたホルストの弱音――
「俺は確かにあんたやクルトと違って百年も生きてない餓鬼だ。あんたと話してると…………それがよく解る」
「クルトじゃなくて?」
「クルトじゃない。あんただからだ」
 それはどういう……
「クルトは子供っぽいところがあるだろう?」
「…………」
 確かに――
「それに…………俺達の前じゃ、ふにゃっと笑ってて、けして弱音を吐かないから――」
 ホルスト――
「俺達は信用されてても信頼されてない」
「そんな事は――」
「あるだろう。だから何も話してくれないんだ」
 …………
 無知だけど無智ではないみたいだね。
「信用されてるだけマシだよ」
 僕は溜息を吐いた。
「――? それはどういう――」
「僕なんか信用も信頼もされてないもん」
 クルトとアルはしてくれてるかもしれないけど――
 いや、クルトは確実に僕を信頼していてくれる。
「そうだったな」
 思い出したように言うホルスト。
「――いいかもな」
 ん?
「何? 何か言った?」
「ラインハルト。あんたを信用してやる」
「え?」
 僕はその言葉に驚いた。
「今日、話してわかった。あんたはなかなか黒い人物だし簡単に人を騙せる人物だ」
 そこまで言うか……
 合ってるだけに何もいえないんだけど――
「でも、膨大な知識と経験はつんでる――」
「それは僕が年寄りって事?」
 気に入らないんだけど……
「年長者の意見は聞くもんなんだろ?」
 うぐっ……
「信頼されるように頑張るんだな、ラインハルト」
 そう言ってふっと笑った。
 初めてそう呼ばれた。
 いつも『あんた』って呼ばれてたから……
 なんか嬉しいね。
「頑張るよ? 勿論ね……だから僕はここにいる」
 そう、ここにいる。
「会ってすぐに信頼されるとは思っていないよ。そう簡単に信用されるほど簡単な問題じゃない事ぐらいわかってる。でもね――」
「でも?」
「だから楽しいんじゃない」
 生きてるって感じがするよ。
 少なくとも……あそこにいるよりは、ずっとね。
「ヘンな奴だな。でも、俺もあんたに信頼されてないんだからおあいこだ」
「ホルスト、それは――」
「だって、ラインハルトもクルトも肝心な事は絶対に話さないだろう?」
 バレてるし。
「そうだね。もう少し時間が必要だよ。僕達は会って間もないんだから」
 時間なんてあっという間に過ぎていくものだけど……
「たっだいまー!!」
 いつものように空気をぶち壊すクルトの声。
 両手に買い物袋を満載している。
 やはり一番荷物を持っているのはクルトだ。
 他の三人は荷物の量はクルトより少ないがかなり疲れている。
「えへへ〜、いっぱい買っちゃった」
 そう言って楽しそうに笑うクルト。
 これが自分を守る仮面だとしたら――
 ――彼らはいつか彼の仮面を剥がす事に成功するだろうか……
 それは僕にも言えることだけどね。
 簡単に本性をあらわせるほど僕は綺麗じゃない……
 それでも、いつか…………
 ――話せる日が来るだろうか……