ラインハルトは真夜中にエアハルトを連れ出して月麗祭に行く。
 徐々にメンバーと打ち解けてきたラインハルトだが、エアハルトとは親しくはない。
 エアハルトは自分のことを年長者や司令官としての資質を認めてくれたに過ぎない。
 一緒に悪の道を進む仲間なのに醒めた態度で接されるのは気に入らなかったからだ。





 クルトは昔からの親友。
 アルはすっかり僕に懐いてくれた。
 ホルストもそれなりに僕のことを認めてくれた。
 ブリュンヒルトは…………まあ、会話はしてくれるね。
 グレーティアは全然ダメだ。会話も成り立たない。
 エアハルトもそう。
 エアハルトと仲良くなりたいな。
 どうするか……
「何企んでんだ」
 後ろからちょっと失礼な台詞。
 勿論そんな事を言うのはホルストだ。
「企んでるとは失礼な! 仲良くなる為にどうすればいいか考えているって言うのに」
「やっぱ企んでんじゃねーか……」
 どうやらホルストにはこの違いがわからないらしい。
 僕的には企んでいるとは言わないんだけど。
「ところでホルストから話しかけてくれるなんて珍しいね」
「まあな」
 彼もそれは認めるらしい。
「どうかしたの?」
 僕がそう言うと彼は黒いものを目の前に突き出した。
 それはどこからどう見ても真っ黒い蝙蝠だった。
「あんたの知り合いじゃないのか?」
 蝙蝠イコール吸血鬼という思考は普段ならそういう偏見はやめて欲しいと言えるのだが、今回は知ってる為に何も言えなかった。
「きゅっ、きゅっ!」
 蝙蝠は嬉しそうに鳴きながらホルストの手から跳んだ。
 僕は慌てて手を差し出して受け止める。
 蝙蝠の足にはしっかりと赤い宝珠が取り付けられていた。
 ――間違いない。
 ――間違えようがない。
 だが、僕はそれを取るのを躊躇った。
 僕の経験上、これは九割方厄介事だからだ。
「何してるんだよ」
 あまりにも何の行動も起こさないため、ホルストに不審そうな目で見られてしまった。
 そう言われてもこれを取り外すには勇気が必要なんだよ。
 だが、何時までもこうしているわけにはいかない。
 彼だってこれを届けるまで梃子でも動かない事は明白だ。
 ――仕方ない……
 僕は意を決して宝珠を取り外した。
 すると窓側に行き、出たそうに飛び回る。
 それをホルストが出してあげた。
 だが、僕はそれどころじゃない。
 出来る事なら見なかったことにしたい。
 でもそんな事をしたらもっと酷い事になるので出来ないが……
「はぁ……」
「それ、何だ?」
「――――お祖母様からの連絡」
 これは魔力の塊で発動させると連絡事項が流れてくる。
 僕達吸血鬼の基本的な連絡の取り方だ。
 まあ、録音機みたいなものかな。
「じゃああの蝙蝠は――」
「お祖母様の使い魔」
 何か連絡を取りたい時には伝書鳩のようにあの蝙蝠を飛ばすんだよね。
「あんたも持ってるのか?」
「そりゃ当然だよ。吸血鬼のステータスだもん。お祖母様はあまり外出しないから創ったのはあの蝙蝠ツェルニー≠セけだけどね」
 その気になればいろいろ創れるんだけどね。
「創る?」
「うん。自分の血と魔力とその他の材料を使って創るんだよ。僕のは羽根の生えた濃紺の猫だよ」
 材料は勿論、蝙蝠の羽根と黒猫だ。
 紺色になった経緯は不明。
「ふ〜ん……何か特技はあるのか?」
「うん、あるよ。僕の紺猫デュンヴァルト≠ヘありとあらゆる鍵を開けられるんだ。魔力でかけられた鍵も機械でかけられた鍵も簡単に開けるんだよ。その他に多少の魔術も使えるしね」
 魔力と血を大量に使って創ったからね。
 その辺の使い魔とは出来が違う。
 お祖母様にも褒められたしね。
「そうか…………ところでそれ、聞かないのか」
 ピシィ――
 僕はその言葉に硬まった。
 嫌な事を思い出させてくれたね。
 仕方ない…………いつまでも開かないわけにはいかないのだから――
 僕は宝珠に軽く魔力を込めた。
 場の空気が一瞬にして変わる。
《元気にしておるか? ラインハルト。主は街に行きおってから連絡一つよこさぬな。全く嘆かわしいぞ――》
 だって…………連絡するといろいろ言われそうで――
《――まあ良い。今日連絡したのは今宵行われる月麗祭についての知らせじゃ。主は忘れてそうじゃからな。絶対に出席するのじゃぞ。欠席は認めん、良いな》
 その途端に宝珠は黒い灰になった。
 これで連絡は終わりのようだ。
 ――良かった。厄介事じゃなかった。
 僕は思わず安堵の息を吐いた。
 ――ん……待てよ…………月麗祭?
「これだ!」
 僕は思わずソファーから立ち上がった。
 これにエアハルトを連れて出席しよう。
 意気込む僕をホルストが不審そうな顔で見ていた。
 そして夜にエアハルトを連れ出してルフトクレインの森に向かった。
 空間移動の魔術が使えると行くのも帰るのも一瞬だ。




「いきなりこんな所に連れてきて一体どういうつもりですか?」
 僕は何の説明もなくエアハルトを連れ出した。
 理由は、説明するのが大変だからとか面倒だから。
「まあまあ、損はさせないから」
 僕はそう言ってクロイツェル家の紋章の入ったペンダントをエアハルトに着けた。
「これは……?」
「今宵この森で月麗祭という夜の住人が行う祭りがあるんだ」
「月麗祭?」
 エアハルトが不思議そうな顔をする。
「満月の晩に夜の住人の名家が持ち回りで主催するイベントだよ。年に一回ぐらい回って来るんだよね。今回は我がクロイツェル家が主催なんだ」
「それとこのペンダントに一体何の関係が?」
「月麗祭は原則的に夜の住人しか出席を許されない。そのペンダントは我がクロイツェル家の賓客だから出席してもいいよってみんなに知らしめる為のだよ」
「なんでそんな所に私を――?」
 仲良くなる為ですとは流石に言えない……
「知らないよりは知っていた方がいいと思ってね」
 しれっとそう言って僕は森の中を歩いた。
 そして少し開けた場所に出ると人がたくさんいた。
 祭りはもう始まっている。
 そして一人の金髪金眼の女性が近付いてきた。
 見た目は僕とそう変わらない。
 吸血鬼って本当に年齢と見た目が比例しない種族だよね。
「久しぶりじゃな。ラインハルトよ」
「ええ、お久しぶりです。お祖母様」
 そう…………彼女こそが現存する中で最も高齢の吸血鬼――ファル=ヘルムート=ヴィンツェンツ=フォン=クロイツェル。
 年齢は軽く四桁を超えている。
 詳しい年齢は僕も知らない。
 ――恐ろしくてそんな事とても聞けない。
「何じゃ、その竜人の小童は――?」
 エアハルトを一瞥して一言。
 相変わらず他人に容赦ないね。
「う〜ん…………仲間? う〜ん……でも部下って事になるのかな?」
 それを聞いた途端、お祖母様が訝しげに顔を顰めた。
「主、一体何をしておるのじゃ?」
「実は――」
 お祖母様は僕の話を興味深げに聞いていた。



「ふむ……そうか…………そんな小気味よい事をしておるのか」
 お祖母様も人間嫌いだからね。
 自分の娘を殺されたわけだし――
「では無理に主を呼び戻す事などとても出来ぬな」
 呼び戻すつもりだったのか…………
「ではラインハ――」
 お祖母様が何かを言いかけた時、それは漣のように伝わってきた。
「――侵入者だ……」
「――招かれざる客だ……」
 ざわざわと森が侵入者を警戒する。
「興醒めじゃな。よもや吸血鬼の棲む森に侵入するとは思わなんだ」
「このまま放置するのはクロイツェルの威信にかかわるね」
「うむ…………そうじゃな。主の使い魔、デュンヴァルトに忘却の術をかけさせても良いが……それだけでは不十分じゃな。ラインハルト」
「わかってます…………侵入者を排除します」
 僕はそう言うとその場を後にした。




 ラインハルトは風のようにその場から消えた。
 わしはそれを満足気に見守った。
 エアハルトとかいう小童がわしを見ている。
「聞きたいことがありそうじゃな、小童よ」
「――あの人の使い魔は…………忘却の術が使えるのですか?」
 この言葉にわしは驚いた。
「主はラインハルトに関しては何も知らんようじゃな」
「…………」
 エアハルトとかいう小童は黙り込んだ。
「知ろうとも思ってはおらぬようじゃが、使い魔についてはよう知っておるようじゃな」
「ええ、それは――」
 ふむ。おそらくラインハルトに興味がないのじゃろうな。こやつの目は復讐を誓った者の目じゃ。ラインハルトも昔はあういう目をしておったわ。
 ひとつ、ラインハルトの凄さを語ってやるとしようか。
「主もわかっておると思うが、使い魔は創った者の能力が受け継がれる。つまり、主の使えぬ力は、使い魔も使えぬ。デュンヴァルトも、ラインハルトの使えぬ魔術は使えぬ」
「――つまり、あの人は使用出来るものすらいるかどうか怪しい、忘却の魔術が使えるという事ですね」
「それでは足りぬ」
「えっ?」
 余り表情が動かない小童の顔が明らかに動いた。
「ラインハルトはただ忘却術が使えるだけではない。あやつは記憶の忘却、記憶の消去、記憶置換、そして意識障害などの力が生まれつき備わっておるのじゃ」
「生まれつき?」
「そう……ラインハルトは我がクロイツェル家でも稀少といわれる魔眼≠フ持ち主じゃ」
「魔眼=I? でもあれを持っていた者はもう何千年も前に死んだと――」
 ほう…………よう知っておるわ。
「そうじゃ。魔眼を持っておったのはわしの三代前の先祖…………魔眼は確かにクロイツェル家の者に出るものじゃが、絶対に顕現するというわけではない。ラインハルトに出てきたのも奇跡に近い。じゃからわしはラインハルトを余り外界に晒したくなかった」
 ラインハルトは必ず我がクロイツェル家を復興させる事の出来る逸材じゃ。つまらぬ所で死んで欲しくなどない。
「最も、そう簡単に死ぬような輩ではないがな」
「――そんなに凄いなんて……」
「思ってもみんかったか?」
 返事はしないが、無言は肯定じゃ。
「まあ、ラインハルトは魔眼なぞ使わんでも十分強いからの。それに、魔眼は体力と魔力を大量に消費するから一度出すとしばらくしまえんのじゃ」
 ラインハルトは魔力はわりと底なしじゃが全く体力ないからの。
「五日位は出っ放しじゃろ」
 ラインハルトももう少し体力つければよいものを――
 しょうのない奴じゃ――
「ラインハルトがその気になれば仲間内で相打ちさせたり、人間どもを手当たり次第に昏睡状態にすることなぞ造作もないわ」
 そんな折、ラインハルトが帰ってきた。
 金色の髪に真紅の瞳が印象的じゃ。
 あの目をしているという事は力を使ったという事じゃ。
「侵入者は?」
「亜人だった」
 なるほど、力を使うわけじゃ――




 侵入者達の記憶を消去、置換して森の外に追い出した後、祭りの会場に戻った。
 そこには何か話をしているお祖母様とエアハルト。
 エアハルトは僕をじっと見ている。
 僕の目が珍しいのだろうか……
 ――珍しいといったら珍しいね。現在、この目を持っているのは僕だけだ。
 でもあまり驚いていない事から、お祖母様からいろいろ話を聞かされたのだろう。
 まあ、いいんだけどね。
 でも、帰ってもしばらくこの目のままだよねぇ…………
 これじゃあ家に帰れない。
 魔眼を出している時はいつも以上に魔力が放出されている。
 レベルの低い魔法など魔力で簡単に防げてしまうほど、今の僕は力を抑えられていない。
「魔眼なんて初めて見ましたよ」
 それはそうだろうね。
「今じゃ僕しか居ないからね」
 僕より若いエアハルトが見たことあるわけがない。
「それに魔眼はクロイツェル家にしか出ないけど、他にも死眼とか神眼とか邪眼とか天眼あるよね」
「世界にいる五大眼術ですね」
 世界には魔眼のほかにもこういった種類の力を持っている者たちがいる。
 魔眼と死眼は非常に数が少ないが、天眼はわりとたくさんいる。
「――クルトが天眼の持ち主だって事は知らなそうだね」
「なっ……――」
 やっぱり――
 クルトって意外と何も言わないからね。
 僕は肩を竦めた。
「自分の全てをさらけ出す事などしない。それをするほど、僕もクルトも誰かを信頼しているわけじゃない。貴方達が僕達に思っているのと同じようにね」
 エアハルトはそれを聞いて俯いた。
「信頼できる仲間になるには、時間が短すぎるの。ラインハルトとクルトは六百年以上の付き合いじゃ。その時間が確固たる信頼を勝ち得た理由の一端じゃ。じゃが、主等には時間が足りなすぎる。他者を拒絶するだけでは誰とも理解と共感を得る事など出来んじゃろう」
 確かに、お祖母様の言うとおりだ。
「――わしが言っても説得力なぞないがな」
 確かにお祖母様は他人を視界に入れないような人だからなぁ……
「――私は貴方の事など気にも留めていなかった」
 ――だろうね。
「でも、それでは目的を達成でいないかもしれない……仲間を信用も信頼も出来ないようでは…………自滅してしまう――」
「――瞳の曇りが消えたの」
 その言葉を聞いてエアハルトは不思議そうに首をかしげた。
「理解するのは必要な事だよ。今は僕も何も話していない。貴方も何も言わない。けど、少しずつ相手の事を理解できたら? 相手が自分を信じてくれるようになったら――――」
 僕は満月の輝く紺色の空を見上げた。
「いつか願いを、想いを話すかもしれない……」
「時間はたっぷりあります。私達は亜人なのですから――」
 そう、人間のような短命じゃない。
「いつか、分かり合えるといい――」