かなり有名な話なんだけど。
クルトはそう前置きをして話し始めた。
謎以外の何者でもないラインハルトに疑問を持った面々がクルトに問質したのだ。
クルトが話したのは五百年前に起こったヴィントシュテルン壊滅の話。

「おい、クルト」
「ん?」
ボクが振り向くとそこには全員集合していた。
全員といってもラインはいない。
ラインは目が戻ったので今は家に帰っている。
またすぐここにくるだろうけどね。
それにしても何だろう? 皆揃って――
「どうかした?」
ボクがそう聞くと神妙そうな顔をしてエアが口を開いた。
「ラインハルトさんについて、です」
「ライン?」
へえ…………驚いた。
他人に興味のない彼らが聞きたがるなんて…………ラインってば本当に他人を懐柔するの得意だよね。
羨ましいなぁ……
「あいつは一体何なんだ」
「何って、純血の吸血鬼だよ」
「そういう事じゃなくてね――」
ああ、なるほど…………聞きたいのは彼≠ノついて、か…………
「ラインハルト=エルツェ=ファル=フォン=クロイツェル。純血の吸血鬼一族の中でも名家と謳われるクロイツェル家の現当主にして魔眼の持ち主。そして、現存する最強の吸血鬼――――」
ラインに正面から挑んで勝てるような人はいないだろうね。
余り力を出したがらないけどね……ラインは――
「――昔話をしてあげるね。人にとっては既に過去だけど、ボク達にとってはそんなに昔ではない……そんな話――」
「昔話?」
「そう……かなり有名な話なんだけど、ね」
ボクはそう言ってから昔を思い出すように目を閉じた。
――ヴァイス国の北に位置する広大な森、ヴィントシュテルン。
五百年前、そこは一つの大きな街だった。
その街は城郭都市ヴィントシュテルンと呼ばれていてね、亜人討伐の重要拠点だった。
その当時は今よりももっと亜人に厳しい世界だった。
一人で道を歩けないほどにね。
自分の力に自信があっても、けして一人で歩けない…………人間にとっては今より遥かに安全で、亜人にとっては地獄のような時だった。
当時、そこには首都に次いで大きな軍部があった場所で、その護りは鉄壁だといわれていた。
誰もがこの街は世界で最も安全だと自負していただろうね。
世の中に絶対なんてないのにね。
その当時のギルドは今よりももっとたくさんの種類があってね、その全てのギルドの中枢がその街にはあった。
人間の重要な拠点だったんだよ。その街はね――
ボク達にとっては鬱陶しい以外のなにものでもないけど……
その中でも、吸血鬼ギルドというものが数あるギルドの中でも群を抜いていてね。精鋭が揃っている事で有名だった。
それはそうだよね。
亜人と称される中でも、吸血鬼は人間にとっては脅威以外の何者でもなかったからね。
でも、それがある意味仇になった……
ラインの母親はエルツェ=ファル=ヘルムート=フォン=クロイツェル。
とても綺麗な純血の吸血鬼だった。
ラインにそっくりなんだよ。
髪の色も、目の色も金色で顔もそっくりだった。
ラインはまず間違いなく母親似だね。
父親は見たことないけど似てないんじゃないかな?
黒髪に紅い目だって言ってたから。
エルツェさんはね、吸血鬼にしては温厚で優しい人だったんだよ。
天使であるボクにも優しくしてくれた。
だからボクはあの屋敷で暮らせたんだ。
ラインだけだったら無理だったよ。
何しろファル様は、超〜怖いし。
あ〜、でもエルツェさん優しいけど純血の吸血鬼だったからとても強かったんだよ。
でも、優しいから、誰かを傷つけることがイヤだった。
自然が大好きでよく花を愛でてたんだよ。
ボクにはとても脅威になる吸血鬼には見えなかった。
血を吸ってるのも一度も見たことなかったし。
でもお腹空いた時はラインから血を貰ってるって言ってたかな。
優しい人だった…………だけど、それが彼女の命を奪った。
吸血鬼ギルドの人間に見つかって殺されちゃったんだ。
ラインが異変を察知して行った時にはもう遅かった。
ラインは屋敷にエルツェさんの遺体を大事そうに抱えて帰ってきたよ。
…………バラバラにされた遺体を、ね――
紅い目をして、泣いてた……
ファル様も人間に対して憤りが抑えられないみたいだった。
その時のラインは…………酷かった――
大切な肉親を失ったんだからね――
見ていられないほどだった。
ラインは復讐を誓った。
アナタ達と同じように、ね。
だけどアナタ達と違うことがある。
――――力だよ。
ラインには強力無比な力があった。
だから、一人でも復讐が出来た。
そう、ファル様も城郭都市ヴィントシュテルンを潰せた。
潰しに行こうとしていた。
でも、ラインが行くと言った。
それを聞いたファル様はラインに任せて大切な娘の遺体を埋葬しに行ったよ。
ボクはラインに着いて行った。
巻き込まれないように、少し後ろから飛んで、ね。
その後すぐ、城郭都市ヴィントシュテルンに着いた。
飛んでいけばすぐに着くからね。
でもその途中に大地が真っ赤に染まっているところがあった。
そこは森が焼けこけてて、かつて人であったであろうものたちが無造作に散らばっていた。
圧倒的な力でねじ伏せられた跡……
エルツェさんを殺した吸血鬼ギルドの者達だろうね。
すでに人の形をしていなかったけど、人以外の血のニオイもしたから……間違いないと思う。
ボクはラインの後をすぐに追った。
心配だった。
ラインが強いのは知ってるけど、頭に血が上っていては、出来るものも出来ないと思ったから……
でも、それは杞憂だった――――
ラインは、たった一人で城郭都市ヴィントシュテルンに乗り込み…………全てを破壊した……――
何も残らなかったよ……
そう、何も…………ね。
五百年前――ラインはまだ三百歳を越えたぐらいだったけど、とても魔力に優れていた。
当時からラインは自在に魔術を扱っていた。
それに魔眼もある。
人間は魔眼にたいして耐性がない。
魔力がないからね。
だから、簡単に狂った――
魔眼の効力が人によって違う出かたをしていたけど、それはラインが魔眼の力を解放している証拠だった。
記憶が消されてぼぉっとしている人――
狂ったように暴れる人――
目を開けたまま倒れている人――
人を次々と殺している人――
叫ぶ人――
嗤う人――
泣く人――
壊れた人であったものが街に溢れかえっていた。
街には火の手が上がり、狂った人間達による虐殺…………
止める人はいない。人間に止められるほど、事態は容易ではなかった。
――石は転がり始めた……
――もう、誰にも止められない……
ラインはその辺にあった街灯から大きな鎌を創って無造作に動かして人を切り落とした。
首を、胴体を、腕を、足を無造作に切り落として、大量に血を浴びていた。
上がる悲鳴と怒号…………
ラインはあの頃はまだ若かったから、自分の感情を抑えることが出来なかった。
ラインの祖母にあたるファル様も、人間が大嫌いだった。
ボクには止める術なんかない……
止めようとも、思わなかった。
ボクには、あんな優しい人が殺されなければならない理由が、吸血鬼だからという理由が、キライだった。
結局、街が跡形もなくなるまで、誰も彼を止めなかった。
途中からエルツェさんの埋葬を終えたファル様も様子を見に来たよ。
町の様子を見てとても満足そうだったね。
街が跡形も無く消えたのは、ラインが仕上げに強大な魔力を使って消滅させたからだよ。
じゃなきゃ、跡形もなくなったりはしないからね。
あんな魔術を使わなければ、きっと…………ヴィントシュテルンの森じゃなくて、城郭都市ヴィントシュテルンの廃墟になってただろうね。
でも、ボクとしては廃墟より森の方が好きなんだけど。
こうしてヴィントシュテルンは一夜にして滅んだんだよ。
どうして滅んだか、それはすぐに広まる事となった。
街から火の手が上がるのを見て街に近付かなかったものたちがいたらしい。
その人たちが広めたんだよ、金の髪を持つ禍々しい吸血鬼が街を一人で消したとね――
そしてその事実は噂で広まった。
でも人間に事実を知る術はなかった。
ヴィントシュテルンはただの荒野と成り果てていたのだから……
「――と、こんな感じで昔話は終わり」
みんなシーンとしている。
ちょっと刺激が強すぎたのだろうか?
「だから、ラインは簡単に街ぐらい消せるんだよね」
今のほうが昔よりずっと強いし。
「だから人間どもが言っているのか……『あの』とか『伝説の……』とか『金色の吸血鬼』って――」
「そう…………人間にとってはかなり昔の話だけどね……恐怖を植えつけるには十分だった。なんせ、もっとも安全な街とされていたヴィントシュテルンが一夜にして滅んだんだからね」
ラインは人間が嫌い。
大切なものを奪う人間が嫌い。
だから、エルツェさんのように傷つけることを躊躇ったりはしない。
ラインにとって、人間なんて虫けら同然なんだよね。
簡単に殺せるものだから……
「……ライン兄様言ってた。人間が嫌いって――」
「うん」
「――母様、殺されたから……嫌いって――」
「そう…………表面上は何もないように装ってはいるけど、ラインの人間嫌いも相当なはずだよ」
大人になったから表面に出さないだけ。
「じゃあなんで人間なんかと一緒に暮らしてるんだよ?」
「さぁ? でも、ラインにも都合があるんだよ」
ラインは無駄な事はしないからね。
理由無く他者を傷つけたりもしない。
その辺はエルツェさんに似てるかな……
でも、残虐性は間違いなくファルさんだけどね。
父親の事は知らない。
会ったことないし。
クロイツェル家は由緒正しい家柄で、とても厳しい。
クロイツェルを名のれるのはクロイツェルの血を引くものだけだ。
だからクロイツェルの者と契りを交わしたからといってクロイツェルを名のれるわけじゃない。
だからラインの父親はクロイツェルを名のれないし、屋敷でも暮らす事が出来なかった。
でも全く面識がないわけじゃないみたい。
ボクは会ったことないけど、ラインは会ったことあるみたいだし……
数えても一桁で足りるって言ってたけどね。
でも会った事がほとんどないからラインも父親がどんな人なのかはあまりよく知らないだろう。
ラインにとって、家族とは、祖母と母親だけだった。
だから、人間はラインの逆鱗に触れた……
大切なものが少ないから…………ラインは繋がりを持ったものをとても大切にする。
そんなラインに…………ボクは救われた――
「アナタ達もきっとラインにとってとても大切なものになっていると思うよ」
ラインはそう簡単に見捨てたりはしない。
「ホント!?」
アルが乗り出して聞いてくる。
「本当だよ」
大丈夫。
関係ないと、関わり合いたくないと思うならば、最初から気を引いたり仲良くなろうとは思ったりしない。
ラインは人間が嫌いだから仲間になってくれたのかもしれない。
それでも、その先を選ぶのは自分。
ラインは選んでくれた。
ボク達の未来のために――
一度握ってしまったらそう簡単に手放せない。
ラインにはそういうところがある。
ラインはボクにも手を伸ばしてくれた。
そして、面倒を見てくれた。
けして、手放すことなく――
ありのままのボクを受け入れてくれた……
居場所を作ってくれた――
「大丈夫」
そう、絶対に――
「ラインはいつか人間を捨ててボク達のところに来てくれる」
それは予感――
ボクの予感はよく当たるんだよ。