一つ、賭けをしようか。
いつになく不敵な笑顔でラインハルトは警察連中にそう言った。
それはぶっちゃけて言うとラインハルトの退屈しのぎだった。
だが、そんな事実があるとは思いもよらない五人はその賭けに奮闘する。

「凄いねー。みんな頑張ってるなぁ」
そう言ってクルトは眼下を見下ろした。
「そりゃそうだろう。勝てばエアフォルクの街の権利書は僕たちの物。負ければ人質解放で得する事は何もない上に赤っ恥」
そりゃ必死にもなるよ。
「う〜ん…………言われてみれば確かにそうだね」
クルトは腕に抱えている少女を見た。
少女は恐怖で身を硬くし、青ざめた顔をしている。
「あ、警察連中ふっとんだ。やっぱりたいしたことないなぁ」
僕は双眼鏡を片手に今の現状を口にする。
「本当だ。確かに人間は弱いよね。人間は群れて生活する生き物だし」
空色の瞳をしたクルトが楽しそうに言った。
クルトの天眼って便利だよね。この距離で見えるなんて――
僕は見えないから魔術による遠視を行うか道具に頼るしかないんだよね。
今日はずっと魔術使うのも疲れるから双眼鏡を使っている。
クリアーに見えないのが難点だ。
ひゅ〜……
「今日は風が強くて良い日だね、ライン」
「確かに。だから結構楽に高い位置を飛べる」
「うん」
楽しそうなクルトと違って恐怖に顔を引き攣らせている少女。
それもまぁ……当然だろう。
今僕達がいるのは遮るもののまったくない遥か上空を優雅に飛翔しているのだから。
上昇気流を掴めばそんなに疲れない。
何故こんなところを飛んでいるのかというと試合を見るためだ。
人間がこの高さから落ちれば間違いなく助からないだろう。
クルトが手を離せば大地に向かってレッツゴー。賽の河原へようこそ、という事態になりかねない。
だから怖くて何もいえないのだろう。
それに僕達は亜人だ。
人間が怖がるのも無理はない。
ところで、どうしてこんな状況になっているのかというと、その話は少し前に遡る。
「そろそろ悪の組織らしい事したいね」
「はぁ? 今でも十分やってるじゃねーか」
何を言い出すんだこいつはといった顔で僕を見るホルスト。
「オレ達、何かダメ?」
僕の言葉にすっかり耳が下を向いている。
役立たずだと思ってしまったんだろうか?
「ラインのことだからそういう意味じゃないよね」
さすがにクルトはわかってるなぁ。
「うん。
ここはどーんと、大きなことがしたいなって思って」
「大きなこと?」
「そう」
「例えば?」
う〜ん……そうだなぁ――
「街を一つ奪いとるとか」
『――!?――』
それを聞いた途端に周囲はシーンとなった。
あれ? 皆どうしたんだろう??
「ライン……どうして――」
クルトがゆっくりとソファーから立ち上がった。
「そうだぞ。いくらなんでも無――」
「もっと早く言ってくれなかったの!」
目をきらきらさせているクルトがホルストの言葉を遮った。
「えっ?」
みんな吃驚してクルトを見る。
みんなの中でのクルト像はこんなこと言わないんだろうね。
でもクルトは昔からこうだ。
「ごめん。
でも、すぐにそんな事言ってもしょうがないでしょ? だってこういう大掛かりな事をするためにはチームワークが大切なんだから」
「言われてみれば確かにそうだね」
「でも今ならきっと大丈夫。いける!」
僕は自信を持ってそう言った。
「――って、どうやってそんなことするんだよ」
「大丈夫だって――下準備は僕がしておくから」
心配そうなみんなを他所に盛り上がる僕とクルト。
ニコニコ笑っている僕とクルトとは対称的にみんなの表情は暗い。
みんな心配性なんだから。
大丈夫なんだから――――絶対。
「じゃ、下準備しに行こうか、クルト」
「オッケー」
クルトはノリノリだ。
「じゃ、準備してくるね」
僕とクルトはアパートを後にした。
「それで、どの街を手に入れるの?」
どういうところが良いかはもう決めている。
「自然が豊かな所がいいな」
「自然?」
「うん。亜人の街にしたいから」
僕の言葉にクルトは考え込んだ。
どうせ手に入れるなら綺麗なところが良い。
別に人間が住みよいと思っている合理化が進んだような街はいらない。
小さくても良い。
でも、自然が豊かなところは譲れないね。
「それじゃあ、エアファルクの街がいいんじゃないかな」
「エアフォルクの街?」
聞いたことないや。
僕が暮らしていた場所とは違うところにあるんだろうな。
「うん。海、山、森に囲まれた綺麗な街だよ」
そんなところがあるんだ!
「それはいい。どこにあるの?」
「こっち」
僕達は翼を広げて空に舞い上がった。
そんな街を早く見てみたい。
僕はそんな気持ちでいっぱいだった。
しばらく飛ぶと目的地に到着した。
「ここがエアフォルクの街か――」
「それで、これからどうするの?」
クルトの問いに生返事をしながら僕は辺りを見てまわる。
「良い街だね。うん、決めた」
「ライン?」
「町長の家どこだろう?」
「それは街の人に聞かないとわからないよ」
それもそうか。
「じゃあ聞いてくる」
僕はその辺にいる人を捕まえて尋ねた。
「すみません。町長の家はどちらにあるんでしょうか?」
僕はニコニコしながら愛想よく尋ねた。
「町長の家? それなら――」
町人は丁寧に教えてくれた。
「ありがとう。
ところで、町長には子供はいるの?」
僕はさり気なく尋ねた。
「ん? ああ、今年十六歳になる綺麗な一人娘がいるよ」
それは調度良い。
僕は一礼してクルトとともに目的地へ向かった。
ここが目的地、町長の家。
「それでどうするの?」
「町長の一人娘を誘拐しま〜す」
「ああ、なるほど。それで脅しをかけるんだ」
クルトが相手だと話が早いね。
「うん。大事な一人娘と引き換えに街の権利書を貰おうと思って」
「でも素直に応じるとも思えないけど?」
「そこはエアハルト達に頑張ってもらうんだよ」
「ふ〜ん。そうなの?」
「うん」
「それじゃあ、誘拐しにいこうか」
「オッケー」
僕達は軽々と中に入り込み誘拐を遂行した。
「――この女……何?」
ホルストが縛られてクルトに連れてこられた少女を見て言った。
「エアフォルクの町長の一人娘だよ」
「一体どうやって拉致してきたのだ?」
誘拐なんて簡単に出来ないだろうとグラーティアは言う。
確かに、普通なら簡単には出来ないだろうね。
「ラインは魔術師だからね」
「空間移動でちょちょいのちょいさ」
「おお」
「――それで、どうするんですか」
怯えて何も言えずにいる少女を一瞥して言う。
「これをネタに脅します」
それに眉を寄せるホルスト。
「通用するのか? 人間は簡単に同族を見捨てる一族だぞ」
助けるはずがないという。
確かに普通ならそうだろう。でも――
「平気だよ。偉い人と警察は体裁を気にするからね。使いようによっては簡単に食いついてくる」
「ラインに任せておけば平気だよ」
「うん。大丈夫だよ」
「明日になったら司令部に行ってみよう」
「司令部に?」
「それでどうしたいのかがわかるんだよ」
「ふ〜ん……」
そして次の日。
僕達が司令部の前に行くと苦々しい顔つきで完全武装した警察の者達がいた。
「その格好をしているという事は、勝負を受けたととってもいいのかな?」
「ふん……我々にも面子があるからな。いつまでもお前らにいいようにされているわけにはいかない」
「そう……勝利の品は?」
「ここにある」
手に持っているのはどう見ても正式な街の権利書だ。
「こちらの商品は見ての通りだ」
そんな僕たちの後ろでひそひそと話し声が聞こえる。
「おい、クルト。一体どういう事だ?」
「うん、それはね……昨日ラインが
『一つ、賭けをしようか』って警察連中に切り出したんだよ。」
「賭け?」
「商品は僕達が勝ったらエアフォルクの街の権利書。警察が勝ったら人質解放」
「なるほど……それで奴等は勝負にのったと?」
「そうみたい。最初から脅しをかけるだけじゃ相手にもされないかもしれないけど、一歩譲歩して相手にも得する要素が見つかれば、やってみようと思うものなんだよ」
「それであの自信だったのかよ」
「それで、勝負とは?」
「街を舞台に鬼ごっこだよ」
「鬼ごっこ!?」
「うん。僕達五人がここ司令部から決められたコースを辿って街の外に無事に出られたら僕達の勝利。捕まったり戦闘不能状態になれば負け」
「負けた場合、僕達平気なの?」
「人質がいるから平気だよ」
「なるほど」
「でも、わたくしたち全員合わせると七人ですわよね?」
「僕とラインはやらないよ」
「なんで?」
「ラインは司令官だし、人間相手には無敵だから出ないことにしたの。そうしないと食いついてこないでしょ?」
「では何故クルトはやらないのだ?」
「僕は人質捕まえていないといけないから」
「ラインハルトではダメなのか?」
「ライン体力無いから無理だよ」
『…………』
「まぁ、頑張ってね」
「やるからには負けぬぞ」
「仕方ねーな」
「頑張る!」
「街が手に入るのも悪くはないですね」
「しょうがないわねぇ」
そういいつつもみんなやる気はあるみたいだ。
「さて、それじゃあ――――勝負を開始する」
――とまあ、こういう理由で今に至る。
僕とクルトは始まってすぐに空に舞い上がった。
エアハルト達は渡された地図を元に外に向かっている。
でも昨日の今日でよくもまああんなにトラップを仕掛けられてものだと感心するね。
「わぁ……また盛大に吹っ飛んだよ」
「建物の事はわりとどうでもいいみたいだな」
その証拠にあちこちから煙が上がっている。
「あとで修繕するの大変だろうね」
「それより今は目先の勝負の事で頭がいっぱいみたいだね」
「そうだね」
僕達はかなりのん気にそらから見物していた。
「それにしてもさ、ラインってば――」
「何?」
「暇っだったんでしょ?」
「よく解ったね」
「だって、そうじゃなきゃ、こんな事しないでしょ」
そう、これは退屈しのぎでもある。
「最近刺激が足りなくてさぁ」
「それでこれ?」
「いいでしょ? 街が一つ手に入るし」
「確かにね……」
「あ、また爆音が――」
今のところ全員無事だ。
さすがにブリュンヒルトは疲れているみたいだけどね。
みんなボロボロになりながらも警察やギルド員をなぎ倒しつつ外に向かっている。
今はギルド員も敵じゃないね。
みんなで協力しているから、得意分野で攻撃を防ぎ、反撃に転じる。
う〜ん、良い感じだ。
「チームワークも良くなったよね」
「確かにそうだけど、みんなには退屈しのぎだって事は言わないほうが良いよ」
「そう?」
「うん」
何か拙かったんだろうか?
そう思いながらも僕は戦っているみんなを見ていた。
もうすぐ町の外。
勝利は目前に迫っていた。