よくもまあこれだけ鮮やかな色が揃ったもんだよね。
メンバーを見てそういうラインハルト。
ラインハルトはメンバーにいろいろなことを尋ねる。
そしてラインハルトは自分の色褪せた世界の話をする。

今日の予定はまだ白紙。
いつもいつも悪の組織らしくどこかを襲撃しているわけじゃない。
たまには休息も必要なんだよ。
――と、いうわけで寛いでるわけなんだけどさ……
……なんかもう、ここに来るのが当たり前になってるんだよね。
こことは当然クルト達が暮らしている狭小アパート一室の事。
どうしてここに来るんだろう? ここ狭いから僕が来ると狭さがアップするのにね。
それでもみんな思い思いに寛いでいる。
そして随分と鮮やかな色をしている部屋に様相に気付く。
家具も必要最低限しか置いていないし――いろいろ物が置けるほど広くないからね――部屋に目立つものが飾ってあるわけでもない――そんなもの買うお金があるならきっと食費にまわすだろう――
それなのにそう思ってしまうのは彼らの髪の色が鮮やかだからだろう。
「ライン兄様どうかしたの?」
すぐ下からアルの声が聞こえた。
下を向くとアルの綺麗なオレンジ色の髪が視界に広がる。
アルが座っているのは僕の膝の上だ。
僕の膝の上はすっかりアルの指定席となった。
理由は人数分しかないソファーの一つを僕がとっちゃったからだね。
まあ、アルは小さくて軽いからいいんだけどね。
そんなアルの頭の上にポンと手をのせた。
「別にたいしたことじゃないよ」
そう言って笑ってみるが、アルは心配そうな顔をしたままだ。
こんなんじゃ納得できないか。
子供だからといって誤魔化すものじゃないね。
それに、誤魔化すほど内容があるわけでもない。
「花みたいだなって思って――」
「花?」
思わず怪訝な顔をするアル。
意味がわからないようだ。
まあ、確かに自分でも伝わらないかも……と、思わなくもない。
「みんなの髪の色だよ」
そこで少し説明を補足する。
「ああ」
その説明ではわかったらしい。
「みんな派手だもんね」
子供はいうことが率直だ。
人間は大まかにいって黒、茶、金の三色だけど亜人は違う。
種族によってまちまちだけどわりとカラフルだ。
僕の一族、クロイツェル家は代々金髪ばかりなのでこう鮮やかな髪を見るのはそうない。
クルトは銀髪だしね。
「アルの弟君――エッカルトも同じオレンジ色なの?」
「うん! エルもオレと同じだよ」
ニッコリと笑ってそう言った。
アルは弟の事になると嬉しそうだね。
弟の事、大好きだったんだろう。
それはあの時――墓で十分にわかっていたことだけど、改めてそう思う。
世界は理不尽だ。
どうして、大切な人を奪っていくのだろう……
「ライン兄様は?」
いきなり聞かれて内心慌てる。
全く違う事を考えていた所為で何を話していたか忘れかける。
「僕も一緒だよ。僕の知る限り――六代前ぐらいまでだけどね――みんな金髪だって。クロイツェル家は金髪の遺伝子が強いんじゃないかな?」
「吸血鬼は金髪以外にもいるの?」
「黒髪、赤髪の方が多いと思うけど? 金髪ってクロイツェル家だけだし。父さんも黒髪紅眼だったしね」
「ふ〜ん。そうなんだ」
「あー、でも確か僕と同じく純血の吸血鬼の一族、ローゼンハイム家っていう昔はクロイツェル家と肩を並べていた一族が確かピンクの髪だって聞いた事があるかな」
「今はどうしてるの?」
「吸血鬼は数が減ってるからね。今じゃ落ちぶれてどこかで静かに暮らしてるんじゃって話だけど……」
よく知らないなぁ……
どうでも良いことは本当によく忘れちゃうね、僕。
「何話してんのー?」
突然後ろから抱きつかれた。
こんなことするのは一人しかいない。
右を向くと案の定クルトの顔が見えた。
ふにゃっと笑っている。
そんなクルトにごく簡潔に話す。
「花が綺麗だなって話」
「ああ、なるほど」
クルトは納得して頷いた。
そう言ってクルトも部屋を見渡した。
それに呆気にとられるアル。
「クルト、それでわかるの?」
「うん、わかるよ」
アルの疑問にニコニコと笑いながら答えるクルト。
そしてあっさりという。
「みんなの頭の事でしょ」
それを聞いたアルは尊敬の眼差しをクルトに送った。
「すごーい! どうしてこの会話でわかるの?」
僕達は顔を見合わせた。
『付き合い長いから』
大抵の事はわかる。
「以心伝心?」
「そうだよ」
あっさりと返事をするクルト。
躊躇いがないね。
「ラインハルトとクルトは仲が良いな」
グレーティアも会話に入ってきた。
「うん、勿論だよ」
「何故かしら?」
なんかみんな集まってきたね。
いつの間にか大きな輪になったよ。
「ラインはボクにとってはお父さんでもあり、お兄ちゃんでもあるからね」
「クルト育てたの僕だし」
「そ、そうなの!?」
みんな驚いた顔するね。
ホルストには以前話した事があるから別に今更驚いたりしないけど。
「ボクがラインに初めて会ったのは三十二歳の子供の頃だもん」
「さ、三十二歳って子供なの?」
アルにしてみれば信じられない事かもしれないね。
まだまだ子供で世界を知らないし。
でも、子供の定義は種族によって様々だ。
「天使の三十二歳は子供だよ。三十二歳っていっても今のアルと同じくらいの大きさだったし」
「ボクもその頃は小さかったんだよ」
吸血鬼だって三十二歳は子供だ。
僕も遥か昔は小さかったんだよ。
――覚えてないけどね。
「そうなんだ。世界は広いね」
「そうだよ」
僕だってまだ知らないことがたくさんあるんだから。
「ねえクルト……天使の髪の色ってみんな銀色なの?」
天使なんて他に見たことないしと、アルは尋ねる。
普通天使は地上をふらふらしたりしないから、知らなくても当たり前だ。
「金髪と銀髪だよ。天使は色素が薄いからね」
へぇ〜……そうなんだ。知らなかったよ。
「僕も色素薄いでしょ」
そう言って自分を指差すクルト。
確かに色素は薄い。
「狼は茶系と橙系の色の髪をしてるんでしょ?」
逆にそう聞かれたアルは少し考えてから返事をした。
仲間の事を思い出していたのかもしれない。
「うん。そうだと思う」
茶系とオレンジ系か……確かに狼はそんな感じがするね。
「ホルストは?」
子供の好奇心は尽きないね。
ホルストもそう思ったのか苦笑しながら返事をした。
「俺達は火の鳥だからな。みんな赤髪だ」
「そうなの〜」
じゃあみんな同じ色なんだねと、つまらなそうな顔をした。
そんなつまらない顔をしているアルに一言。
「赤といってもいろいろあるんだよ」
「そうなの? どう違うの?」
知らない事を知るのは良いことだね。
まだアルは子供なんだから……学ばなければならない事は山のようにある。
僕は遠慮なくホルストを指差した。
アルもその指の先を――ホルストの髪を見る。
「ホルストの髪は若干紫がかった赤。
他にも、橙がかった赤とか、桃色がかった赤とか、濃い赤、薄い赤、にぶい赤、純色の赤、灰色がかった赤とかいろいろあるんだよ。
だから全く同じ色の髪しかいないわけじゃないよ」
アルはホルストを見た。
本当? と、無言で尋ねている。
「本当だ」
やっぱり少し苦笑気味に答える。
ホルストもああいう顔するんだ。
「へぇ〜」
「でもわたし達魚人族も同じようなものだ」
そう言ったのは勿論グレーティアだ。
「じゃあ青系なんだ」
僕がそう言うとグレーティアは頷いた。
「ああ。青とか水色とかだな。緑がかった青とか、紫がかった青とか、淡い色濃い色などいろいろあるがな」
海の色と同じだね。
「ブリュンヒルトは?」
「わたくし? そうねぇ……兎だからいろいろよ。
銀髪でしょ、金髪でしょ、茶髪に、黒髪に、赤髪に、ピンクに、紫ね」
わりとカラフルだね。
なんか…………兎っぽい。
「兎はカラフルなんだ」
「そうね。そう思うわ」
ブリュンヒルトもニッコリと微笑んで言った。
「エアハルトは?」
子供の追及は止まらない。
みんなに聞き終わるまで止まらないね〜…………これは。
「私達は竜なので決まった色はありません」
その回答にアルはハテナマークを飛ばした。
「どういう意味?」
首を傾げる。
可愛らしい行動だ。
「ようするにカラフルって事だよ」
僕がそういうとエアハルトも頷いた。
「そうです。黒、茶、金、銀、赤、青、緑、橙、桃、紫など多種多様です。
別に決まった色があるわけではないんです」
「そっか」
アルは納得したようだった。
「オレ、そんなこと気にした事なかった」
「普通は気にしないと思いますよ」
「ラインハルトが変わってるだけだろ」
酷い言われようだね。
でも、否定しきれないところもあるんだよね。
「ライン世間知らずだもん」
クルトもハッキリと言う。
この言葉も耳にタコが出来るぐらい聞いてきたよね。
クルトなんだからハッキリ言うのは当たり前なんだけどさ。
「ライン兄様って世間知らずなの?」
何とも無邪気な言葉だね。悪意が無く、ただ純粋にそう思ってるのがわかるよ。
「外に行くことがほとんど無かったからね」
そう……外の世界を気にするような生活なんてしてこなかった。
「クルトに会わなければ、今でも屋敷の中で暮らしていただろうね」
興味を持つ事さえなかったはずの世界に、僕は、いる。
「外に行きたいと思わなかったの?」
「思わなかっただろうね。そういう生活をしてきたから」
「それって外が危険だから?」
――そういうのとは少し違うと思う。
僕は首を振って続けた。
「僕にとっての世界はあの屋敷と森だけだった。それ以上の広さは必要なかった。
あの時の僕は、あれが世界の全てだったんだ」
狭いとさえ思わなかった。
当たり前の日々は、色褪せた絵画のように時を刻んでいるのかわからないような世界だった。
「僕の世界にはこんな鮮やかな色は存在しなかった。だからとても新鮮なんだろうね」
「――お前もいろいろと複雑な事情がありそうだな」
そう言われて思った。
そうかもしれない、と――
「疑問を持ち、興味を持たなければ世界はけして広くなくても満たされてしまうものなんだよ」
「それ、どういう――」
「狭い事に気付かなければ、広いのと同じなんだよ」
「ラインは籠の鳥のようだったからね」
「籠の鳥? 嘘だろ」
信じられないといったのはホルストだったが、みんなが同じ思いでいるのは顔を見ればわかる。
「隔絶された世界で過ごす僕にとっての世界は限り無く狭いものだけど、僕にとっては広いものだった。それを疑問に思うことなくずっとそこで過ごしてきたんだ。これからもずっとそうやって暮らしていくものだと思っていた」
それが壊れたのはクルトに逢ってしまったから。
でも、それを後悔したことはない。
「でも、狭い事に気付いたから僕は今ここにいる」
忘れないで――
僕は望んでここにいる。
「変わる世界を知ったから、退屈を知ったからこそ、もう戻れないと思った」
「退屈?」
「変わらない、何も生み出さない場所は退屈なんだよ」
だからみんなを見ていると楽しいし、飽きない。
鮮やかな色を知った今、暗色の絵画を見ても楽しいと思える自信がなかった。