あ、そこ真っ直ぐ行って左ね。
今日は何故か全員ラインハルトの屋敷に来ていた。
だが、この屋敷は一筋縄では行かないつくりになっていて……
唯一知っているはずのラインハルトは物凄くいい加減な指示を出す。





「おはよう」
「おはよう、ライン。今日はいつもより早いね」
「まあね」
 いつもより早いのは当然だ。
 だって今日は――
「さぁ、出かけるよ。みんな準備して」
「は?」
「何処に?」
 僕がいきなりこんな事を言い出すものだからみんな困惑している。
 その中でクルトだけが理由に思い至った。
「ああ、そうか。今日なんだね」
「そう」
 そう…………とうとう来てしまった。
「今日はお祖母様の誕生日なんだ」
 何もしなかったらどんな目に合わされるか……
 考えるだけでも恐ろしい――
「ライン兄様のお祖母様って事はライン兄様より結構年上なんだよね。一体いく――」
「アル〜」
 僕はにっこりと微笑んでアルの言葉を遮った。
「長生きしたかったらその言葉をお祖母様に言っちゃダメだよ。いい? わかった?」
 僕の迫力に押されてかコクコクと頷くアル。
 世の中には触れてはいけないものがあるんだよね。
「あんたは知らないのか?」
「知らないよ。知りたいとも思わないよ。でも、四桁は生きてると思うけど……」
「それは……」
 吸血鬼だからね。この位なら軽く生きるよ。
「まあ、そう言うわけでこれから僕の屋敷に行くから」
「俺達に選択権はないのかよ」
「あるわけないじゃない」
 僕にないのにどうして貴方達にあるんだよ。
「でも楽しみですわね。古よりの吸血鬼のお屋敷なんて――」
 ブリュンヒルトはそう言ってくれるが……
 う〜ん…………確かに作りは普通じゃないけど――
「別に行って祝うくらいどうという事はないだろう」
 それは一般のヒトの考え方だよ。
 普通の人ならそれで十分なんだけどね……
 相手は何と言ってもお祖母様だ。
 一筋縄ではいかないし満足もしない、あ・の、お祖母様だ。
 悪いけど、僕のためのスケープゴートになってもらうよ。
「ライン兄様のお祖母様もライン兄様みたいに不老なの?」
「うん。見た目は僕とたいして変わらないよ」
 似てるってよく言われるし。
「さて、そろそろ行かないとね」
 のんびりしている暇はあまりない。
「着くのに時間がかかるし」
 僕の言葉にエアハルトが怪訝な顔をした。
「いつもの空間移動ですぐじゃないですか」
「ああ、屋敷にはすぐに着くよ」
「でも、中に入ってからは長いかな」
 それを聞いたクルトがウンザリした顔をする。
 クルトはもうすでに体験済みだ。
「あれね……」
 疑問が飛び交う室内の雰囲気をキッパリ無視して僕は魔術式を展開する。
 いちいちその疑問に付き合って入られない。
 それに、行って見ればわかることだしね。

   ――Der Luftraum, der verschiedene Formen beeinflußt.
   ――Der Raum, der die Welt baut.
   ――Transport zum Raum, wo meine Wünsche anders sind.
   ――Metastase zu topologischem Raum.
   ――Das Wiederaufbauen zu Metastase voraus.
   ――Ich bin als mein Wunsch ähnlich und ließ, treiben Sie locker an.


 魔術式の構築完了――
 転移先、固定――
 転移、開始――
 そして僕達はルフトクレインの森にある屋敷に移動した。




「ここがライン兄様の家?」
「そうだよ」
 目の前には大きな建物、周囲には植物のたくさん植わっている庭…………後ろには門がある。
「でかいな…………」
「確かに、凄く広いですわね……」
「こんな大きい屋敷で暮らしているのか……」
 あの狭い家に慣れているのか、呆然としているみんな。
 僕にとってはこれが当たり前なんだけどな。
「さ、行くよ」
 僕はそうみんなに声を掛けると屋敷へと向かい、扉を開けた。
 中は相変わらずだった。
 まぁ、僕が出てきてからそんなに経ってないから変わるはずもないんだけどね。
「懐かしいー」
 そう言ってクルトがずかずかと屋敷に入った。
「そうか……あんたはここで暮らしてた事があるんだったな」
「うん。よく……ううん、毎日、必ずといっていいほど道に迷ったけどね」
 まあ、それはしょうがないよね。
「そんなにわかりにくい作りなんですか? そうはとても見えませんが――」
 それにクルトはひらひらと手を振って応えた。
「違うよ。そうじゃなくてね……」
 カチャ――
「ん?」
 アルが足元を見た。
 何かを踏み抜いたらしい。
 それを見た僕はひょいっとアルを自分のほうに抱き寄せた。
 何事かと声を発しようとしたアルは、次の瞬間凍りついた。
 それはアルだけではない。
 ぎぎぎ……と音がしそうな感じで問題のものを見るみんな。
 アルは顔面蒼白だ。
「おい――」
「何?」
 聞きたいことは分かっているが、僕はしれっと答えた。
「アレは何だ?」
「槍だよ。それ以外の何に見えるの?」
 そう…………アルの横をすり抜けて壁に突き刺さっているのは明らかに槍だった。
「違う! 俺が言いたいのはどうしていきなり槍が飛んでくるのかって事だ!!」
 ――――だろうね。でも、しょうがないよ。
「お祖母様だから」
「は?」
「お祖母様はこういうの大好きだからね。誕生日に祝いに行くって言ったから、きっと罠張って待ってたんだよ」
 だから時間がかかるって言ったでしょ、とみんなに言った。
 勿論、理由はそれだけじゃないが……
 ずぶずぶずぶ…………
 ――!!――
 それを見たみんなは更に驚いた。
「ラインハルト様……なんか、槍が壁に入って――」
「ああ、この屋敷は生きてるからね」
『えっ!?』
 僕とクルト以外のみんながハモった。
「壁が吹っ飛んでも、勝手に治っちゃう不可思議なお屋敷なんだよ〜」
「主に壁を吹き飛ばしていたのはクルトだけどね」
「それに動いてるんだよ」
「動く?」
 クルトが言っている意味がわからないのだろう。
 だが、事実だ。
「後ろ見てごらん」
 そう言われて振り向いて愕然としている。
 そこにはさっき入ってきたはずの扉はもうなかった。
「ね?」
 顔が引き攣るみんな。
「これは――」
「だから生きてるんだってば。勝手に屋敷の中がある法則にしたがって勝手に動くの。今はもうきっと入り口から大分動いたと思うけど……」
「足が生えて動くわけじゃないんだ……」
「いくらなんでもそれはないよ〜」
 アルったら面白いこと言うな〜。
「いや、屋敷の中がぐるぐる動くのも十分にヘンだぞ」
 グレーティアの言葉に頷くみんな。
「でもこれ、仕様だからしょうがないよ」
 諦めるしかない。
「トラップは頑張って避けてね」
 でないと取り返しのつかないことになりそうだし。
 僕がそういうとみんなは武器を構えた。
 迂闊に歩けないと思っているみたい。
 まぁ、確かにそうだけどね。
 こうして僕達はお祖母様の元まで無事に辿り着くべく歩き出した。




「あ、そこ真っ直ぐ行って左ね」
 僕の言葉に頑張って真っ直ぐ進み、左に曲がるみんな。
「はぁはぁはぁ……」
 みんなは大分疲れている。
 今もトラップの一つ、動く床に捕まっていたところだ。
 僕とクルトはそんなトラップを物ともせずに元気だけど、みんなお疲れだ。
 さっきの動く床は飛べないアル、ブリュンヒルト、グレーティアの三人は悲惨だった。
 ここに来るまで、様々なトラップに引っかかったよ。
 勿論、僕とクルト以外が――
 クルトはどうしてかトラップには引っかからないんだよね〜、昔から。
 天使の幸運みたいなものがあるんだろうか……?
 だからクルトはツマラナイとお祖母様には不評だったけどね。
 突然床が抜けたり、登ってる階段が急に下りに動き出したり、槍やらナイフやら針やら飛んできたりと休む暇はあまりない。
 つり天井もあったよ。
 それはエアハルトが魔法で壊してたけど。
 壊されてもすぐに回復するのがこの屋敷の凄いところだよね。
 おかげで、掃除や修繕とは無縁だった。
「いつに……なったら…………着くんだよ…………」
 そう言われて僕は考える。
「もうちょっとで着くと思うけど…………あまり休んでると遠のくよ」
 動いてるからね。
 僕の言葉に自らを奮い立たせるみんな。
 これ以上この屋敷の中をぐるぐる歩きまわりたくないんだろうね、きっと。
 トラップだらけだし。
「クルト、あんたはなんでそんなに元気なんだよ」
 普段と全く変わらないクルトを見て不満でもあるのかそう言うホルスト。
「暮らしてた事があるんだから、当然じゃないんですか?」
「そうよね……」
 クルトはこの屋敷に何百年暮らしていても慣れなかったからね。
「ボクのは天性の勘だよ」
「勘〜?」
「だよね。クルトはこの屋敷に何百年いても迷うもんね」
「うんトラップだけはね、大丈夫なんだ。なんか、そこは危ない気がするとか思うんだ」
 だから平気だと笑って言うクルト。
「クルトがトラップにかからないのは昔からだよ。お祖母様も、クルトがトラップ踏まない事は分かってて諦めてるからね」
 娯楽にならないって……
「さてと、じゃあそろそろ行こうか」
 そうしないとますます遠のくしね。
 それからもトラップに嵌り続け、お祖母様の部屋に着いたのはとっぷりと日が暮れてからだった。




「おやおや、やっと到着かい」
 そこには不敵に笑う吸血鬼の姿があった。
「ボロボロじゃないか」
 僕とクルト以外はね。
「誕生日おめでとうございます」
 僕は恭しく頭を下げた。
 お祖母様は怒らせると物凄〜く、コワい。
 機嫌はとっておいて損はない。
「お久しぶりです。ファル様」
「そうだねぇ……確かに、久しぶりだね。クルト、元気にしてたかい?」
「勿論ですよ」
 クルトはニコニコしている。
 クルトは昔からあんまりお祖母様を怖がらないよね。
 これは凄い事だと僕は思う。
「なんだい、随分と不躾な子供だね」
 アルがじっと見ていることに気付いたお祖母様がそう言った。
「あ、ごめんなさい」
 アルは素直に謝った。
 素直なのは良い事だ。
 素直ならお祖母様の不評を買ったりしないからね。
「ライン兄様にそっくりだったから」
 確かに、髪の色から顔つきまで僕はお祖母様にそっくりだ。
 当然、母様にもそっくりだった。
 お祖母様と母様は姉妹といってもいいくらいに似ていたからね。目付きがああも違わなかったら区別がつかないんじゃないかっていうくらいにね。
「ふむ。当然じゃな。何しろラインハルトは大事な孫じゃからな」
 傲岸不遜な態度を崩すことなく言い放つ。
 相変わらずお祖母様は変わりないようだ。