それしかいえないのかい?
それがやっとの事で館の主の部屋に辿り着いた彼等に向けられた言葉だった。
メンバーはラインハルトの祖母、ファルの遊びに付き合わされることになる。
ラインハルトの祖母だけあって彼女も一筋縄ではいかなかった。

不敵に微笑むお祖母様。
その姿は真の吸血鬼たるに相応しいといえる。
僕にとってはあまりありがたくない話だけどね。
「お誕生日おめでとうございます」
エアハルトが恭しく頭を下げて言った。
エアハルトだけはお祖母様と面識があるからね。
でも他のメンバーはちょっと戸惑っているようだ。
まあ、無理もないと思うけどね。
いきなり連れてきたわけだし。
知らない人の誕生日を祝えと言われても困るよね……普通は。
でも、ゴメンネ。
そんな些細な事に構ってられるほど楽観的な状況じゃなかったからつい、クルトの意見を採用して連れてきちゃったんだよね。
お祖母様――怖いし。
エアハルトに倣ってみんな口々にお祖母様に祝いの言葉を述べる。
…………言葉だけじゃ満足しない事を知っているのは僕とクルトだけだ。
そしてそれを思い知らせるようにお祖母様は言い放った。
「それしかいえないのかい?」
それに硬まるみんな。
普通祝いに来てこんなこと言われるなんて思わないよね……絶対。
でもお祖母様はこういう人だ。
「何か持ってくれば良かった?」
アルが素直に受け止める。
「別に物なんていらぬな。そんなもの貰っても置き場所に困るだけじゃ。それに食べ物なんかも必要ないからな」
だよね。吸血鬼だし。
それに、お祖母様が欲しいのはものじゃなくて娯楽だし。
「さて、それじゃあ何します? 手軽なところでカードゲームですか?」
僕がそう提案すると――
「うむ。良いな」
お祖母様はそう言ってデスクの中からカードを出した。
「では、存分にわしを楽しませてもらおうか」
それから、みんなはお祖母様と一緒にブラックジャック、ポーカー、ダウトなどいろいろやらされていたけど、全部負けていた。
流石はお祖母様、相変わらず強い。
僕はその間に見つけてきたチェスでクルトと勝負していた。
カードゲームが終わってから今度はチェスをやったけど、これも全敗してたね。
そう簡単に勝てるわけないけどね。
そしてそろそろ飽きてきたらしいお祖母様。
ああ、今度はどんな無理難題を吹っ掛けるんだろう。
僕がそう思っているとお祖母様はある事を思いついたようだった。
アレはかなり厄介な事を思いついたときの顔だ。
「ふむ。そろそろ飽きてきたし、ちょっとお使いでも頼むかの」
「今度は何をやらせる気だ……」
ホルストはちょっとウンザリ気味だ。
そうは言ってもお祖母様からは逃げられないしねぇ……
「なに、簡単なことじゃ。最近、書物庫の鍵が行方不明になっての…………それを探してきて欲しいんじゃよ」
ああ、あれ…………トンズラしたんだ。
「今日中に見つけてきておくれ。いいね」
有無も言わさぬ言葉だった。
それを聞いて取りあえず廊下に出る僕たち。
「どこから探すの? どうやって探すの?」
クルトが楽しそうに聞いてくる。
「そうだねぇ……」
「どこかの部屋に鍵落としたのか?」
こんな動いてる屋敷だから落としたらわからなくなりそうだが、とホルストは言う。
でもそれは違う。
それもありうるけど、それが理由じゃない。
「書庫の鍵は自分で歩き回るから、文字通りどこかに行っちゃったんじゃないかな?」
クルトの言葉にみんなの顔が強張った。
「自分で…………歩き回る?」
何を言っているのかわからないみたいだけど、ここではそれもありかもしれないと思ってきている時点でかなり毒されているね。
そこで、僕が親切に教えて上げた。
「書庫の鍵には"足"と"羽"が生えてるから、動き回るんだよ」
飛んだりもするしね。
その言葉にみんなの顔が引き攣った。
「…………このトラップ屋敷の中を……どこかを歩いている、もしくは飛んでいる"鍵"とやらを探せと……………………そう言うのか?」
「それ、物凄く大変そうだね」
「大変そうではなく、大変だと思うが」
「そうですわね…………」
そうだね、僕でも捕捉出来ないしね。
「じゃあみんな、頑張ってね」
僕はヒラヒラと手を振って右に歩き始めた。
「ラインハルト、お前どこに行く気だ?」
「僕は一度酒蔵まで降りて、ワインを持ってお祖母様のところに戻るけど?」
ほったらかしにするわけにもいかないし。
「案内はクルトが出来るよ。
…………………………………………………………………………多分」
「その間はなんだ!」
「クルト、大丈夫ですの?」
「う〜ん…………僕ずっと道に迷ってばっかりだったからなぁ…………」
クルトはみんなの不安を煽った。
「でも鍵は見たことあるから知ってるよ。そっちは大丈夫」
全然大丈夫じゃないだろう、という心の声が聞こえた気がしたが、僕はかまわず彼らを置いて酒蔵に向かった。
しばらく僕を引き止める声が聞こえていたけど、それもぷっつりと突然消える。
場所が変わったのだろう。
この屋敷は空間が歪んでいるため一定の法則で動いている。その法則さえ知ってしまえば簡単にショートカットも可能だ。
往きに彼らを散々迷わせたのも実はわざとだ。
すんなり着いてしまってはお祖母様の不評を買いかねないからね。
そんなのはごめんだ。
だから僕は彼らを散々迷わせた。
道がわからないクルトはそれに従うだけ。
異を唱えるものはどこにもいない。
今頃あちらではいきなり消えた僕に驚いているかもしれない。
知った事じゃないけど。
そして僕はすぐに酒蔵に着いた。
そしてワインをいろいろ漁る。
今頃お祖母様は館内の監視映像を見て楽しんでいる事だろう。
僕もワイン持って帰らないとね。
良い感じのワインを何本か手に持つと、僕は来たときとは全く違う方向に歩き出した。
それでも、一分経たないうちにお祖母様の部屋の前に到着する。
相変わらず住み心地はいい。
「只今戻りました」
僕がそう言って扉を開けると、お祖母様は楽しそうに映像を見ていた。
「早かったね」
「ええ、僕がこの屋敷で迷うはずがありませんから」
「だろうね」
不敵に笑うお祖母様。
僕は部屋に置いてあったワイングラスにワインを注いだ。
僕たちが好きなのは血のように真っ赤なワインだ。
白いのは好きじゃない。
これもまぁ…………気分の問題なんだけどね。
「どうぞ」
「うむ」
僕もお祖母様の隣に腰を下ろした。
「最近はどうだい?」
「楽しいですよ」
僕は正直に答えた。
「人間もからかってみるとなかなか楽しいですからね」
「そうか」
「彼らも、楽しい話題を運んできてくれる素敵な部下達ですから」
毎日、見ていて飽きない。
「そうか…………それで、同族には会えたのかい?」
同族…………純血の吸血鬼には会えたかということだ。
「いいえ……数を減らしていますからね。そう簡単には会えませんよ」
「そうか……」
お祖母様は残念そうだ。
「主ももう八百年を越えた。そろそろ嫁を探してきてくれても良いではないか」
…………嫌な話題だ。
わかってはいた。わかってはいたんだ。こういう話題も出てくるんじゃないかと……
「見つけるのは大変です」
「そうか…………そうじゃな」
「はぁ…………」
どこかに純血の吸血鬼はいないものだろうか。
それも男ではなく、女で無ければならない。
そうでなければ子供作れないしね。
「はぁ…………」
溜め息が出る。
だいたい、見つからないから八百二十九歳にもなって独身なんだよ。子供いないんだよ。
簡単に見つかってたら今こうしてないよ。
僕がそう思っているとお祖母様は楽しそうに映像を見ていた。
みんなはトラップと悪戦苦闘中だ。
僕はどうやらあそこで同族探しをして嫁を見つけなければならないらしい。
…………正直、大変だ。
『見つけた!!』
映像から歓喜の声が聞こえた。
見ると、そこには確かに書庫の鍵が飛んでいた。
「よく見つけたなぁ」
僕は見つからないと思ってたんだけど――
「主もそう思うか」
そう言うお祖母様も見つかるとは思っていなかったようだ。
みんな目の色が変わったね。
これもクルトの効果だろうか?
だとしたら――――
「頑張ってみようかな……」
本格的に――
「どうしたのじゃ? 急に」
「鍵が見つかったのは天使であるクルトがいたからかと思って」
「確かに、クルトには不可思議な力があるな」
「クルトが側にいれば見つからないものも見つかるような気がしてきませんか?」
不可能な事も可能にしてしまいそうな気がする。
そんな錯覚を覚える。
みんなも無意識もうちにそう思っているのかもしれない。
だからみんなクルトの側にいるのかもしれない。
「いろいろ変えられる気がして、手に入る気がして、だからこんなことを面白半分で続けているのかもしれない」
「ならば続けてみると良い。本当ならば、結果はついてくるじゃろう」
「だね」
僕はそう返事をして映像を見た。
アルが鍵の本体を羽交い絞めにしている。
――――ようするに握り締めている。
鍵は逃げようと羽と足をバタバタさせているが……………………あれでは逃げるのは無理だろう。
やっと捕まえたとみんなは嬉しそうだ。
鍵には装飾が施されており、隙間がある。その隙間にどこから出したのか、いつの間にかロープを持っていたクルトが穴に通して逃げられないように自分のベルトと繋いだ。
とうとう観念したのか、鍵はパタパタと大人しくクルトの側を飛んでいる。
「さて、では僕は外に行って獣や果物、野菜などをとって来ますね」
もうじき夕方だし。
みんなが帰ってくるころには夜になっているだろう。
まあ、終わってもまだ迷っているようなら迎えに行けば良いだろう。
みんなすでに疲労困憊だが、相変わらずクルトだけは元気だ。
まあ、元気でいてもらわないと困る。これからクルトにはみんなの食事を作ってもらわないといけないしね。
だってこの屋敷で料理を作れるのはクルトだけだし。
「相変わらず大騒ぎしているみんなを楽しそうに見ているお祖母様。」
僕はその部屋を静かに後にした。
次に会ったら盛大な文句を言われるだろうね。
それでもいい。
それに、彼らは本気で怒ったりはしないような気がした。