期限は5日。
それまでに無事に出てこないと不幸になるとさらりと言ったラインハルト。
この迷宮のような館から自力で出ろと言うのだ。
メンバーは死に物狂いで館を出ようと紛争する。





 お祖母様の誕生日から一夜が明けた。
 昨日散々付き合わされたみんなは今日も疲労の色が濃い。
 勿論、僕とクルトは元気だ。
 何しろクルトはトラップに嵌らないからね。
 さて、誕生日は終わったけどここで簡単に帰してくれるようなお祖母様じゃないんだよね。
 長い付き合いなのでよくわかっている。
 館に無事に帰れるまで安心しちゃいけないんだよね。
 それにまだ、帰りがあるからね。
 この館から出るという試練がある。
 みんなはそれをよく理解していないようだ。
 これで終わりだと思っているのだから。
 ふふ……甘いなぁ。
「ふむ。では帰りも頑張ってもらおうかの」
「えっ?」
 その言葉に硬まるみんな。
「当然じゃろ。往きがあれば帰りもあるに決まっておろう」
 何を言ってるんだという感じのお祖母様。
「期限は五日じゃ」
「それまでに無事に出てこないと不幸になるよ」
 僕の言葉に顔を引き攣らせるみんな。
「あんたは一緒に来ないのか?」
「僕が一緒に行ったらあっという間に外に出れるからね。それじゃあお祖母様の暇つぶしにはならないよ」
 それじゃあ困る。
「大丈夫だよ。クルトがいるから」
「いや、クルトは道案内の役にはまるで立たなかった」
「クルトにそれを求めちゃだめだよ」
 クルトに求めていいのはあの運の良さだ。
「大丈夫。クルトはちゃんと役に立つよ。クルトがいれば期限内に出ることも可能だよ」
 何しろ運が良い。
「えへ。任せて!」
 胸を張るクルト。
 だが、本人が運の良さを自覚しているかどうかは謎だ。
「館の外に出て門のところまで行ったら迎えに行ってあげるね」
 僕が全く庇ってくれないという事に落胆したみんな。
 僕もお祖母様には逆らいたくないからね。そうじゃなければみんなをこんなところに連れて来たりしないよ。
 僕は頑張ってしか言って上げられないんだから。
「じゃあ頑張ってね」
 僕は笑顔でみんなを見送った。
 僕にはそれしか出来ないから――
 それから出て行くみんな。
 動いているこの館から出て行くことは、何も知らないものではほとんど不可能に近い。
 それでも、クルトがいるから大丈夫だと思えてしまう。
 僕だって鬼じゃないんだから、クルトの強運がなかったらみんなをこんなところに放置したりしないよ。
 館の中を歩き回るのはわりと命がけだしね。
 そしてさっそくトラップに嵌っているみんな。
 相変わらずクルトは飛んでくる矢を全てかわしている。
 それが実力ならその判断力と行動力を褒めたいところだが、クルトの場合は全て運だ。
 窓も全部開かないようになってるから出て行けないんだよね。
 破壊してもちゃんと直るし……
 だから地道にあの出口を探すしかない。
「いきなり窓を破壊したりしないところを見る限り、なかなか歯ごたえがありそうじゃな」
「そんなことをするような子達じゃないけどね」
 人の家を…………しかも吸血鬼の家を破壊するような破天荒な行動はさすがにしないと思うよ。
 何しろ、吸血鬼がどれだけ恐ろしい存在かは多分僕でわかってると思うしね。
「まあ、世界を変えようと思っておるものがこの程度の試練で参っていてはとてもじゃないが世界など変えられぬであろうな」
 相変わらず厳しいな……
 しかも、この館から出て行くことをこの程度と称するとは……流石はお祖母様。自分にも他人にも超厳しいだけのことはある。
「なかなかわりと努力家だと思うよ」
 みんなはよく頑張っている。
「でもあまり強そうには見えぬの」
「はは…………確かに戦闘ではそんなに強くないかな」
 それはまだ彼らが若いからしょうがないとも言える。
「きっとこれからまだまだ強くなると思うよ」
 それだけの素質はある。
「そうであろうな」
 珍しい…………お祖母様が他人を褒めるなんて――
「ただ、彼らはまだ若いからね」
「クルトはそう若くはないがな」
 そりゃ当然だ。
 クルトは僕の幼馴染だ。
 僕が育てたとも言うかもしれないけど。
「でもクルトは膨大な魔力は持っていても古代魔術が全く使えないからね」
「勿体無いのう。使えれば主なみに強くなったろうに」
 僕が毎日一生懸命教えても身につかなかったんだよね。
「しょうがないよ。人には向き不向きというものがあるんだから」
 だから魔術は全くなクルトも錬金術にはその素質を表した。
 僕が使えない術だ。
「ふむ。主の仲間も魔力が全くないものやちょっとしかないものなどいろいろおるな」
「そうだね」
「ヒマじゃし、紹介してくれるかの」
 これは紹介しろという命令に他ならない。
「橙髪橙眼で一番幼い狼人の男の子がアルトリート=ノイエンドルフ。見た目通り幼くてまだ十六歳だよ」
「子供じゃな。まだたった十六歳か……これからじゃのう」
「魔力は見てわかるとおりからっきしだね」
「まあ、狼人はもともと魔力がないからねぇ」
「だからあんなに小さくても格闘技で戦う前線派だよ」
「でも幼いがゆえに思慮は低そうじゃな」
「うん。よく特攻しているよ」
 それはしょうがない。これからいろいろ学んでいくしかない。
「直情型で喜怒哀楽はすぐに顔に出るし行動にも出るね」
「素直じゃな〜。若いからこそじゃな」
「確かに」
 アルは可愛いからね。
「大きくなれば狼人の俊敏性や怪力などを利用してとても強くなれるじゃろうな」
「そうだね」
 でもまだまだ経験不足だ。
 それはまあしょうがない。
「次は――赤髪赤眼で火の鳥のホルスト=ヴァイツ=シュトッケンシュミット。この中では僕やクルトを抜かせばエアハルトに次いで年長者で、六十四歳だよ」
「ふむ。六十四歳か…………これからますます磨きがかかるじゃろうな」
「魔力はあまりないね」
「火の鳥なのに珍しいの」
「確かに…………火の鳥は物凄い魔力を秘めている種族だからね。珍しいといえば珍しいかな」
「何か理由でもあるのか?」
「さあ? 僕はまだ彼らとそれほど時を共にしてはいないからね」
「これから知ることもあるということか」
「そうだね」
「魔力はあまりないから剣で戦ってるよ。流石にアルのように特攻したりはしないよ」
「六十四でそのような行動をとるのであればいかがなものかと思うぞ」
「でも意地っ張りで協調性はほとんどないんだよね」
 僕もよく突っかかられるしね。
「確かに、気の強そうな若者じゃったな」
「でもアルには弱いみたいだよ」
「うむ…………意外と押しには弱いのかもしれぬの」
 …………ああ、確かにそうかもしれないね。
「次は――青髪青眼で魚人のグレーティア=ディックハウト。まだ二十七歳だけどホルストの次に年上だよ」
「まだ子供じゃな」
「そうだね。でもだからこそ未来があると思うんだけど」
「そうじゃな」
「魔力はそこそこだね」
「魚人も魔力に秀でた種族じゃからな」
「魚人だから水と氷の魔法が得意だね」
「水と氷の魔法か…………ラインハルト、主が鍛えてやればよいではないか」
「僕が?」
「魔法が使えるということは魔術も使える素質があるということじゃ」
「確かに」
 言われてみれば確かにそうだね。
「他にも素質があるものに教えればよい」
 でも教えるとなると一からなんだよね。
 クルトと違って彼らは言語からして知らないからね。
「魔法を使いながら槍で戦ってるね。中衛で参謀役でもあるよ」
「頭は良いのか」
「うん。経験不足は否めないけどね」
「まあ、それも主が鍛えてやればよい話じゃ」
 全部僕がやらなければならないんだ。
「無表情だから何を考えているのかわかり難いけど、付き合ってると無表情の中にもいろいろあるなってわかるよ」
「ほんとうに表情がないような輩は心も凍っておる。こんなことに力を貸したりはしないじゃろうな」
「そう…………かもしれないね」
 そう言う人に言葉は届きにくい。
「冷静で的確な判断をする常識人だよ」
 非常識人である僕やクルト、常識力の低いアルから見ればかなり常識人だ。
「次は――紫髪紫眼で兎人のブリュンヒルト=ユンカース=パッヘルベル。まだ二十歳だけど、グレーティアとたいして変わらないね」
「確かにそうじゃな」
「アル、グレーティア、ブリュンヒルトはほとんど年齢変わらないね」
「子供が多いの」
「しょうがないよ。それに僕が選んで組織したわけじゃないからね」
「そうか、そうじゃな。主ならもう少し魔力に秀でた二百歳以上の者を選ぶか」
「魔力はそれなりにあるよ」
「兎人であれだけ魔力があるのも珍しいの」
「そうだね。確かにそうかも」
「回復役で武器は杖だよ。後衛で補助系の魔法を使ってるね。近距離戦はとても苦手だからいつも後ろにいるね」
「回復以外は使えぬのか」
「使ってるの見たことないから使えないんだと思うけど」
「特訓せい」
 間髪いれず言われた。
「回復魔法が使えるなら他の魔法も…………いや、魔術も使えるはずじゃ」
「うん。わかったよ。魔法の素質があるみんなにはちゃんと教育するよ」
 言語に関してはクルトも手伝えるだろうしね。
「それに可愛いものが大好きで、美形にも目がないみたいだよ」
「ミーハーなのかイケメン好きなのか……」
「はは…………」
 どうなんだろう……?
「最後に――緑髪緑眼で竜人のエアハルト=トーン=ミルデンブルク。この中ではクルトに次いでダントツの年上で三百九十一歳だよ」
「ほう。それはそれは――落ち着いた輩だとは思っておったが…………もうすぐ四百歳か」
「ああ、言われてみればもうすぐ四百歳だね」
「クルトがいなければエアハルトがこの組織を仕切っておったのであろうな」
 うん、そうかも。エアハルトが言い始めたことらしいし。
「魔力は見ての通り結構あるよ」
 流石に僕やクルトと比べるとあれだけどね。
「竜人ならば当然じゃろうな」
「そうだね。竜人は物凄い力を秘めている種族だからね」
 魔法や体術などいろいろこなせるのが竜人。
「攻撃方法は勿論魔法。杖も持ってるけど、体術に秀でているわけじゃないよ」
「魔法オンリーか」
「うんそう。中衛だけど魔法一本の魔術師だよ」
 魔術師というよりは魔法使いかな?
「エアハルトは鍛えがいがありそうじゃな」
「そうだね。きっと誰よりも魔術を扱えるようになると思うけど……」
 そうなるまで大変だね。
「それにエアハルトは見た目通り冷静だけど、見た目と違って優しいところがあるからね。責任感もとても強いし。きっと言えば凄く頑張ると思うんだよね」
「それぐらいが調度いい」
「そうかもしれないけど……」
 これは来年までに言語ぐらいマスターさせておかないと大変なことになりそうだね。
 僕は館の中でトラップに嵌っているみんなを見て思った。
 これからも試練の連続だ。




 そして彼らが無事に館から出ることが出来たのは期限ぎりぎりの五日目だった。
 その頃にはクルト以外はボロボロだった。
 相変わらずクルトは凄い。
 それを再確認できた。