ラインハルトは大切そうに書物を抱えていた。
貴重な文献らしい。
だが、それは上巻で下巻はない。
その下巻が博物館にあると知ったラインハルトは戴こうとする。
久しぶりに街に戻って来た。
部屋でぐてっとしているみんな。
まだ全快できていないらしい。
いかにあの館の…………お祖母様のトラップが凄まじかったかわかる。
まあ、そのうち慣れるよ。
というか慣れてもらわないと困るし。
これから毎年誕生日を祝いに行かないといけないんだから。
知り合った以上、いかなかったりしたらどうなることか…………祝いに行かないほうが余程酷い目に遭わされるだろう。
天災だと思ってもう諦めるしかない。
「ライン兄様、何読んでるの?」
いつものように一人用のソファーに座って本を読んでいるとアルが抱きついて来た。
「これ? これはねぇ…………とっっっても貴重な文献なんだよ」
そう言って黒い装丁の分厚い本をアルに見せる。
暇つぶしのために館から持ってきた本の一つだ。
「ふ〜ん…………なんて書いてあるの?」
アルが表紙を覗き込んだ。
だが読めないようだ。
まあ当然だね。
「これは”Schwarz Geschichtsbuch [Erste Volumen]”って書いてあるんだよ」
「え? しゅばるつげしひつぶーふえあすとぼるーめん???」
物凄くカタコトだ。
「違うよ」
もう一度、今度はゆっくりと発音する。
「シュ
ヴァルツ・ゲ
シヒツ・ブーフ〔
エーアスト・ヴォ
ルーメン〕だよ」
「???」
わかってなさそうだね。
「なんて言う意味?」
「黒の歴史書〔上巻〕ってことだよ」
「歴史書?」
「そう」
「歴史書なのに黒いの?」
子供らしいなあ。
ほのぼのするね。
「歴史って言うのはね、その歴史書を作った国によって都合の悪かったりする事柄を隠したり都合よく騙ったりする所謂ご都合主義なものが多いんだけどね、これはそういうものじゃなく、限りなく真実に近い事柄を記しているんだよ。
だからこそ禁書になっていて今じゃどこでも手に入らないんだ」
今じゃとても貴重な文献なんだ。
「それって上下巻なの?」
そこにクルトが割って入ってきた。
「うん。”Schwarzes Geschichtsbuch [Zweites Volumen]”もあるよ」
「??? しゅばるつげしひつぶーふつばいとぼるーめん??」
「ふふふ。アルにとっては知らない言語だからしょうがないよね〜。でも発音はそうじゃないよ。
シュ
ヴァルツ・ゲ
シヒツ・ブーフ〔ツ
ヴァイト・ヴォ
ルーメン〕。
シュ
ヴァルツはこの
ヴにアクセントをおいて、ゲ
シヒツ・ブーフは
シにアクセントをおくの。そしてツ
ヴァイトは
ヴにアクセントで、ヴォ
ルーメンは
ルにアクセントね」
クルト…………初心者に向かって厳しいな……
「え? え? シュ…………シゅヴァるつ??」
「違うよ。シュ
ヴァルツ」
「シュ
ヴァルツ?」
「そう、シュ
ヴァルツ」
クルトは厳しいなぁ…………でも、みんなにもこの言語を覚えてもらわないといけないんだっけ。
特に、エアハルト、ブリュンヒルト、グレーティアの三人に――
クルトにお願いしたらスパルタ講義してくれるかな?
そうしたら僕は魔術の使い方とか術式とかを教えるだけでいいんだけど――
「ゲしヒツぶーフ??」
「違うよ。ゲ
シヒツ・ブーフ」
「ゲ
シヒツ・ブーフ?」
「そう」
まだやってるよ。
「それで、そんな貴重な本をこんなところに持って来て読んでるのか」
「本は読むためにあるんだよ。本に遺すのはその人物が後世に伝えたいと思ったからだよ。特に、こういう種類の本はね」
「でもなんて書いてあるのかわからないですわ」
「古代言語だからね」
「古代言語って、あんたが使ってる古代魔術と何か関係があるのか?」
「同じ時代のものだよ。
僕がいつも使っている古代魔術も同じ起動言語を使っているんだ」
「だから読めるのか」
「うん。あれを見て分かるとおりクルトも読めるよ」
そこには未だにヴォ
ルーメンを連呼している二人の姿があった。
「言語ひとつに厳しいですね」
「人事じゃなくなるけどね」
僕はぼそりと言った。
「どういう意味だ?」
「う〜ん……エアハルト、ブリュンヒルト、グレーティアの三人は魔法使うでしょ?」
「ええ、そうですが……」
「わたくしは回復魔法だけですけど」
「わたしは水と氷の魔法しか使えないがな」
「それで、お祖母様に魔術を習得させろって言われちゃってね」
だから習得してください。
「へぇ、流石ファル様だね」
クルトとアルは終わったらしい。
アルは少しお疲れ気味だ。
「来年までにせめて言語ぐらいは何とかしておかないとどうなるか……」
その言葉を聞いてみんなは押し黙った。
お祖母様に会ってお祖母様がどれほど恐ろしい存在か認識したらしい。
誰も何も言わない。
「だからクルトに言語を教えてもらって僕は魔術の使い方と術式教えようかなって思って」
そう言うとクルトは満面の笑みを浮かべた。
「うん。わかった。そういうことなら任せて!!」
うん。これに関しては安心して任せられるよ。
……………………………………………………物凄〜〜く、厳しそうだけど。
「ところで下巻は?」
………………………………
嫌な事聞いてくるね。
「ないんだよ」
「ないの?」
「うん。どこにあるのかもわからなくてね」
場所が分かったらとっくに何とかしてるよ。
「ふ〜ん……」
クルトの意味ありげな顔をして返事をした。
その表情の意味に気付くのはしばらくしてからだった。
「ライン〜!」
クルトが元気に走ってきた。
「どうかしたのか?」
「うん!」
なんか物凄くご機嫌だ。
何か良い事でもあったのだろう。
だが、僕にはこれといってクルトが喜びそうな最近あった事柄は思い浮かばなかった。
「何か良い事でもあったのか?」
「うん。でもボクに良い事っていうよりはラインに、かな」
は?
「僕に?
それ、どういう意味?」
「じゃーん!」
そう言ってクルトは一枚の紙切れを渡してきた。
それを見ると――
「こ、これは!!」
「ね? 良い事だってでしょ」
そう言ったクルトに頷いた。
僕とクルトはソファーに座って作戦を練り始めた。
「二人で何をしているんだ?」
僕とクルトが真剣に話し合っていると、横からグレーティアが話しかけてきた。
「次の襲撃場所の作戦会議か?」
ホルストもやって来た。
「うん、そうだよ」
「どこですか?」
「ここ」
僕はエアハルトに紙を渡した。
「……………………国営図書館??」
「そんなところ襲ってどうするの?」
「どうするもこうするも……」
「文献をゲットしにいくんだよ〜」
「……………………は?」
ホルストは間抜けな声を上げた。
「『は?』じゃないよ! ここにはねぇ……とっても貴重な文献たちがたくさん眠っているらしいんだ!」
「国営図書館にはね、地下室があるみたいなんだ。そこに”Schwarzes Geschichtsbuch [Zweites Volumen]”もあるみたいでね〜」
「欲しいから僕とクルトで襲撃しに行くんだ」
シーン……
「今、そんなくだらない理由で、とか思ったでしょ」
「い、いや――」
「そんなことは――」
「ないですけど……」
「そう?」
『うん』
頷くみんな。
「さて、じゃあ続きしよっか」
「ああ」
みんななんか若干不安そうな顔をしてるけど、それは全く気にしないことにする。
そうして僕とクルトは綿密に国営図書館襲撃の計画を立てた。
「ここが国営図書館――」
「そうだよ」
「よし。文献目指してレッツ・ゴー!」
僕たちは乗り込んだ。
無論、ヴァンパイア・ロードたる僕に不可能はない。
「補佐はボクに任せて!」
クルトもやる気満々だ。
「めざせ地下室!!」
「オー!!」
こうして僕とクルトは軽く国営図書館を襲撃して戦利品をたくさん手に入れた。
しばらく暇つぶしには困ることはないだろう。
やはり本はいいね〜。