ラインハルトは物凄く高い買い物をした。
屋敷を丸まる一つ買ったのだ。
活動拠点に不満を感じていたラインハルト。
これからは広い屋敷でのびのびと過ごすことになる。





 バーン!!
 僕は気分良く、あの小さなアパートの部屋に入った。
「おはよう! みんな」
 みんなの視線が僕に集まる。
「どうかしたの? ライン。
 随分と機嫌が良さそうだね」
「まあね」
 ぽふっ。
 アルが抱き付いて来た。
「ナニナニ? 何があったの?」
「うん。僕は前から思っていたんだ」
「何を?」
「この部屋のことだよ」
 一目で見渡せてしまうほどの小さな部屋。
「こんなんじゃプライバシーも何も無いよね」
 今もぎゅうぎゅう詰めだ。
「悪かったな」
「仕方ありません。資金繰りが苦しいんです」
「でもいくらなんでもこれは無いと思うんだ」
「だからどうしろっていうんだ?」
「お引越し」
 しばらく空気が止まった。
「は?」
「どこに?」
「ここ!」
 僕はそう言って紙をみんなに見せた。
「え〜と…………」
 クルトが僕が見せた紙を手にとって読み上げ始めた。
「土地権利書」
「土地権利書?」
「それって――」
「これってエーデルシュタインの外れにあるお屋敷の権利書だね」
 さすがクルト。良く知ってるね。
「たしかとっても大きな空き家だったと思うけど……」
「なんでそんなものを――」
「手に入れてきたからだけど」
「手に……入れた?」
「うん」
 僕の言葉にみんなかなり驚いているようだった。
「ライン」
「何?」
「これ…………安くないよね」
「うん。そうだね…………ざっと一千万ゲルト!」
「い……一千万!!??」
「な……ど、どうやってそんな高いものを!?」
「…………高い? 高いかな?
 確かにちょっと人の手が長い間入ってないっぽかったからちょっと埃っぽいし、修繕も必要そうだったけど……」
 そう高い買い物でもなかったけど……
「ラインって金銭感覚ないよね」
「ん? そう?」
 確かに、僕たち吸血鬼はお金って使わないから相場とかよくわからなかったりするけど……
「で、どうやってそんな高いもの買ってこれたんだよ?」
「そうね……自慢じゃないけどわたくしたちビンボーですし――」
「こんな高いもの買えるような資金などないからな」
「それに、そんな大金あるくらいならもう少し今の生活を何とかしていますよ」
「ライン兄様……お金持ち?」
「う〜ん……そうなのかな?」
 自分ではよくわからないなぁ。
「…………これ、現金で払ったのか?」
「まさか」
 いくら僕でもそんなに持ち歩けないよ。
 特に僕、体力ないし。
「じゃあ…………まさか……………………借金!?」
「まあ…………そんなものかな」
 みんな凄い目で僕を見てくる。
「何?」
「よ、よく貸してくれたな」
「銀行って、わたくしたち亜人にはお金全く貸してくれませんもの」
「やっぱりライン兄様が人間っぽいから貸してくれたの?」
「その可能性は否定できないな」
「そうかな? ちょっと館から持って来た壷を担保にしたら快く貸してくれたけど」
「なるほど…………ラインの家って高そうなもの多いもんね」
「そう?」
 まあ、とにかくあの僕たち的にはどうでもいい壷を担保にしただけであんなに貸してくれるんだから。
 まあ、良かったのかな。
「まぁ、そんなことはどうでもいいから引っ越そう」
「今からか?」
「うん。掃除しないと住めなさそうだけど……この部屋ってそれ程荷物があるわけでもないし……」
 僕は周囲を見渡した。
「それに家具なら全部ついてたから掃除すれば生活できるよ」
「くっ……確かにここにはロクなものがないが……」
「そこまではっきり言われると少々傷つきますね」
「とりあえず持てる物持って行ってみる?」
 クルトがそう言ってくれたおかげで、みんないろいろ複雑な表情をしながらもついて来てくれた。




 エーデルシュタイン郊外。
 ちょっと都市部からは離れているが、この位がちょうどいいだろう。
 何しろ僕たちは悪の組織だからね。
 街でいろいろやっちゃったりするから、多少離れているほうが便利だ。
 家を巻込まないですむからね。
「うわぁ! ひろーい!」
 アルは喜んで中に走っていく。
「確かに広いな」
「でも、これって相当放っておかれたんじゃないかしら?」
「そうだな。庭が荒れ放題だ」
「この分では中の方も凄いことになっていそうですね」
「なってたよ」
 僕はさらっと答えた。
「ラインはここ見たの?」
「衝動買いはしないよ。じっくり見てから検討したよ」
 そして、放置され具合とかいろいろ不動産屋と見て揉めたんだよね。
「本当は四千万ゲルトだったんだよ」
「え?」
「そ……それは――」
「ライン…………値切ったの?」
「最初に提示された金額が四千万だったんだけどね。あの壷じゃ担保に出しても一千万が限度だって言われちゃったからねぇ〜」
 軍資金が足りなかったわけだ。
「よ、よく四分の一にまで値切れたな……」
「そう?」
 ああ、でも…………確かにあの不動産屋は僕が金持ちそうだからってなめてる感じがしたなぁ。
「う〜ん……最初はこんなちょっとボロイ屋敷なのに自慢げに話してたな」
「ここを自慢げに?」
「そう! 立派でしょう? ――って、笑っちゃうよね〜。手入れもしてないくせにさ〜」
「まあ、お金持ちのボンボンなら騙されるんじゃないかな?」
 そうなのかな? そうかも…………最初はあの人も僕を騙そうとしてたみたいだし……
「最初はいろいろ五月蝿かったよ。これはどの年代の家具だとか、装飾品だとか……でも――」
「でも?」
「ほとんど紛い物でね。僕が説明する端から本物を懇切丁寧に語った上でいかに質の悪い紛い物かを教えてあげたら段々口数が減っていってね〜…………後は、屋敷の状態……家具……欠陥…………それに補修費用などを次々上げていったらそのうち何も言わなくなったよ」
「それは……」
「最終的には泣いてたかな」
「ご愁傷様だね」
「…………意外とやるな」
「まあ、実物を見て育ってるラインを偽者で誤魔化せるはず無いよね」
 確かに僕の館には本物がたくさんある。
「担保に出したっていう壷も誰かの名品だったんじゃない?」
「――? そうかな? 僕は詳しくないからわからないけど」
「でもその壷勝手に持って来たの?」
「ちゃんとお祖母様にくれっていってから貰ってきたよ」
 無断で持ち出しは流石にしないよ。
 本ならいくらでもやるけど……そもそも本は売りに出したりしないしね。
「で、その借金のかたにした壷は要らないの?」
「別になくなっても困らないよ。だいたいあの程度の小さな壷が一千万もするはずないしね」
「ラインの服ってお金のかかってそうなものばっかりだから貴族にちゃんと見えるし、それにこれだけの名品を持って来たんだからちゃんと返してくれると思って貸してくれたんだと思うけど?」
「やだなぁ……借金は踏み倒すためにあるんだよ」
「なるほど。確かに」
「ちょっとマテ」
 その言葉に僕とクルトはホルストの方を見た。
「何? ホルスト」
「――踏み倒すこと前提なのか?」
「勿論そうだよ」
「ホルスト……まさか、借金返すつもりでいたの?」
 僕は信じられないものを見た感じがした。
 いや、意外と律儀なのかもしれないが……
「街を襲って破壊しまくってる悪の秘密結社・イングリム=アンクノーレンともあろうものがたかが借金ごときで後ろめたさを感じると?」
 僕がそう言うとそれぞれ納得したようだった。
「た、確かにそうですわね」
「普段やっていることに比べたら借金踏み倒しなんて可愛いものだな」
「そうでしょ?」
「だよね」
 こんな些細な話をしている間に屋敷の正面玄関前に着いた。
 これから大掃除だね。
「確かに、そこまで気にすることじゃないな」
「そうですね。実際、あの付近で活動が制限されていました。活動を続けているうちにバレる可能性も否定できませんからね」
「まあね…………」
 僕たちの姿を見て通報してくる人もいるかもしれないしね。
 亜人が住んでいるというだけで捜査対象になるかもしれないし……
「ライン兄様」
 アルが戻ってきた。
「どうだった?」
「けっこうぼろぼろだったよ。部屋が崩れかけてるところもあったし……」
「そんな所で大丈夫なのか?」
「平気だよ。僕たちには修繕費用は一切かからないというメリットがあるからね」
「は? なんで?」
「ふふふ……それは勿論クルトがいるからだよ」
「はーい!」
 ビシッと手を上げるクルト。
「ボクの錬金術で壊れたところも元通り」
「ああ、なるほど」
「だからそっちはクルトに任せてこっちは住めるように掃除すれば良いだけ」
「その掃除も大変そうだけどな」
「大変じゃないよ。掃除するのは各自使用する部屋と食堂と浴室と話し合いが出来そうなちょっと広めの会議室に廊下ぐらいだし」
 他は別に掃除の必要はないよね。
 使用の予定はないし。
「他は掃除しないの?」
「する必要はないよ。ここもそんなに長く使うつもりは無いから」
「――それは……」
「屋敷って使い捨てなの?」
 可愛いこというな〜、アルは。
「勿論そうならない方がいいけど、ここは人間の街だからね。僕たちに快適な街とはいえない。
 特に僕たちは悪の組織だからね。攻め込まれるかもしれないでしょ?」
 勿論そうなったらとっととここを捨てて別の場所に移動するつもりだ。
「だから使う部屋だけでいいよ。だから一階だけにしておいてね。二階まで掃除したくないでしょ?」
「うん」
「これからは一人一人に部屋が出来るから部屋の入り口にネームプレートかけておかないとね」
「それはクルトが作っておいてよ」
 僕たちはまず掃除しないといけないからね。
「さて、じゃあ大掃除始めようか」