ラインハルトには全く血の繋がらない妹がいる。
人間が嫌いなラインハルトが何故いつまでも人間と一緒にいるのか……
それはとても奇妙な関係だった。
気になったメンバーはラインハルトに直接訪ねた。

さて今日もそろそろ帰ろうかな。
もう夕暮れだ。
今日の襲撃も上手くいったし、問題はない。
明日はちょっと情報収集でもしようかな……
そう思いながらみんなに声をかける。
「じゃあまた明日ね〜」
「また明日ね〜」
「バイバイ〜」
クルトとアルはぶんぶん手を振ってくれる。
他のみんなはなんか微妙な顔してる。
どうかしたのかな?
僕何かしたかな?
今日は結構イイ感じだったと思うんだけど。
まぁ、とりあえず、帰ろう。
僕は屋敷を後にした。
今日も街での情報収集を終えて屋敷に来た。
もうすぐ昼だ。
でも僕には食事の心配はいらないので昼とか夜とかあまり関係ないかも。
「おはようみんな」
そう言ってみんなに声をかけながらリビングに入る。
すると何故かみんなにじっと見つめられた。
――何?
ぼふ。
アルが抱き着いてきた。
「ライン兄様こんにちは〜」
「うん。こんにちは」
そしてぐるっと見回して聞く。
「みんなどうかしたの?」
「なんでライン兄様のただいまはここじゃないのかなって」
こてんと首をかしげて言った。
そうか……それでか――
「どうしてだ? ラインハルト」
「あなたは人間が嫌いでしょう? 」
「なんでわざわざ血の全く繋がっていない人間の小娘の面倒を見ている?」
「必要無いんじゃ――」
みんな人間が嫌いだから否定的だね。
「そうだね。確かに……」
まあ、気になるか……
「どうでもいいんだけどね……」
放置できない理由もある。
「何かあるのか?」
「ヴィルヘルム……僕の片親……ほとんど会ったことのない父――」
僕の家族は祖母と母だったとはっきりと言える。
そこに父はいなかった。
最初からないものに興味などなかった。
寂しかったわけでもないし……存在すら知らなかったのだから会いたいと思うはずもない。
それでも……
「一応親なんだよね……」
あんなのでも――
「だから……ね……一応親子の義理を果たさないといけない」
「それで人間の面倒なんか見てるのか」
「……面倒ね」
「厄介事以外の何物にも見えませんよ」
「だろうね。僕もこれがヴィルヘルムからじゃなかったら即行断ってるよ」
何が悲しくて人間などの面倒をみなければならないんだよ。
――人間なんかの……
「それでいつまで面倒みてるの? ずっとってワケじゃないでしょう?」
「当り前だよ。今新婚旅行中のあの二人が帰ってきたらそれで終わり」
二度と関わり合いになるつもりはない。
「いつ帰って来るの?」
「もうすぐだよ。そろそろ一年が経つからね」
そうしたら晴れてお役御免だ。
「一年かぁ……そういえばラインがここに来てからそんなに経つんだ」
ああそういえば……
「僕がここに来たのと皆に会ったのは時期がそう変わらないね」
――ということは……
「活動始めてから一年経ったんだ……」
思ったより早かったな……
話を聞いた時には一年も面倒みなきゃいけないのかと絶望したものだが――
「そっか……」
僕は皆を見渡した。
「ここにいたから時間が経つのが早かったんだ……」
でなければ苦痛なだけの時間が経つのはもっと遅かったはずだ。
「いろいろあったけど…………楽しかったんだよね」
ここでの生活は……
「ねえライン兄様」
「何?」
「約束終わったらずっとここにいてくれる?」
「勿論だよ」
僕が他に行くところなんて屋敷しかないし……
「楽しみ!」
「そう……それは良かった」
いらないって言われたらショックだしね。
「今日は月が綺麗」
「ふむ。確かに綺麗だな」
後ろから声をかけられる。
黒い髪に赤い瞳の男が悠然と木の上に立っていた。
そういう僕が座っているのも木の上だ。
「……………………」
僕は眉を顰めた。
「誰?」
どさぁ…………ばきっ!!
あ……落ちた。
「ま、いっか」
「よくないだろう!」
復活した。
「私だよ! 私!! 覚えてないのかい?!」
そう言われても……
「はい全く」
僕が即答するとその人はかなり落ち込んだ。
「そうか……やはり………………面倒みないような片親のことなんか忘れてしまうか――
これでも何回か会ったことがあるというのに――」
「親? 僕には母と祖母しかいません……が……――」
そこで何かに引っかかる……
見覚えはないんだけど……
え〜と……
「………………………………もしかして……ヴィルヘルム?」
僕がそう呟くと男は舞い上がった。
「そう! そうだよ!! 覚えていてくれたんだね?」
「いえ。全く」
ずーん、という効果音が付きそうなほと落ち込んだ。
「では何故?」
「記憶には全くないけど、父親の名前が確かそんな感じだったと記憶していただけ」
母も祖母も貴方の話なんかしなかった、というとかなり凹んでいたが僕の知ったことではない。
「それで、何の用?」
用もなく声をかけてきたりはしないだろう。
「用がなければ声をかけてはいけないのか?」
「月見も終わったし、帰ろうかな」
「ああ、待ってくれ!! 悪かった。私が悪かったよ! 用ならあるんだ!!」
足にしがみついてきた。
鬱陶しい。
だが、これでも一応は父親だということで邪険には出来ない。
なんて厄介な――
「それで?」
「ああ、外に出てきてくれていて助かったよ。ファル様の前ではとてもこんなこと言えないからな」
一体この人は僕に何をさせようというんだ?
「実は私はつい先日素敵な女性と出会ってね」
「女? 珍しい。同族に会うなんて――」
「同族? 違うぞ。人間の女性だ」
人間?
人間だとっ――!
ぎりっ――
「それでな、結婚することにしたのだ!」
「そう」
「うむ。なんせ私はクロイツェル家と関わり合いになることが出来ない。だからエルツェとは赤の他人も同然になってしまった。私も一人では寂しいのだよ。かと言って今や純血の吸血鬼は少なくなっていて探すのも大変だし……だから――」
ヴィルヘルムの声が遠い……
とにかく、耳障りな言葉を発するこの男を全力で黙らせてやりたかった。
「結婚することにしたんだ」
この男は何も知らない。
「それで新婚旅行に行きたいのだが……彼女には子供がいてね。彼女に似て可愛らしい女の子なんだが……」
だから自制しなければ……
「一人にするわけにはいかないだろう? それでラインハルトに面倒を見てもらいたいんだ」
……な…………に………………?
「頼めるのはラインハルトしかいないんだよ」
ニコニコと笑っているヴィルヘルム。
このまま消してやりたい……
「――断る」
「い、いや、そんな即答しなくても……もしかして、ラインハルトは人間、嫌いなのかい?」
嫌い?
「それを僕に聞くの? そんな当たり前なことを?」
「え?」
「大っ嫌いだよ!! 母様を死に追いやった人間なんか!! 大っ嫌いだ!!!」
僕は吐き捨てるように言い放った!
「えっ……それは…………まさか……………………」
鈍そうなこの男でも事情を察したらしい。
「…………すまない……まさか……エルツェが殺されていたなんて……知らなくて……――」
それはそうだろう……
だって……
ヴィルヘルムは……
赤の他人なのだ――
クロイツェルから見れば……
だから知らなくて当たり前……
でも――
だからといって――
どうして――
僕に……
この僕に人間なんかの――!!
「…………結局私はお前に何も……してやれなかったのだな」
そうだね……
それが現実……
「ラインハルト」
「何?」
「外に出てみたいとは、思わないか?」
「何を――」
「私がお前にしてやれることは……多分他にはもうない」
外?
……クルト……――
「ずっとここにいても知れることは少ないだろう?」
「それは――」
「世界は広い。だから――」
外……クルトが行った外……
気にならないといえばウソになる。
「――そうして僕を利用しようと?」
「これは契約だよ。何、ラインハルトは人間が嫌いなのだろう?」
「うん」
「なら娘の生活費を面倒みるだけで良い。それで世界を知るチャンスが生まれる」
「それは……」
「何、多くは望まないさ」
世界は残酷だ……
外に出て強くそう思うようになった。
いや、彼らに会ったからだろうか……
そんな事を思いながら街を散歩していた。
「やあ、ラインハルト。元気にしているかい?」
後ろから声をかけられた。
僕は振り向いて言った。
「貴方が帰って来てくれたから気分が良くなりそうだよ」
これで契約は終了する。
厄介事が消えてこれほど嬉しいことはない。