本日、ラインハルト宛てに物凄く怪しい手紙が届いた。
 それはファルからの呼び出しで、終わった瞬間爆発した。
 よくあることと笑って済ませるラインハルト。
 それは最凶の吸血鬼からの呼び出しだった。




 今日ものんびりと作戦を練る。
 失敗なんてスマートじゃないし、よろしくないからね。
 そう思いながら紙の束をあさる。
 
 コンコン。

「はい、どうぞ」
「ラインハルト」
 そこにいたのはホルストだ。
「珍しいね」
 少し前ほど敵視されたり避けられたりするようなことはなくなったが、そう親しくなったわけでもない。
 だからわざわざ僕の私室まで来てくれるなんて……何かあったのだろうか?
「ほれ」
 そう言ってホルストは手に持っていたものを放した。
 
 そして気付く。
 また厄介事が来たことに――

 そこに元気に飛び回っているのは、間違いなく、お祖母様の使い魔ツェルニーだった。

 そして宝珠を持っている。
 今日はこれを届けに来たのだろう。
 しかし、これはかなり、怪しい。
 だが、受け取らないわけにもいかない。
 おとなしく宝珠を受け取る。
 これ以外に僕に選択の余地はない。
 それは不幸の手紙のような、かなり禍々しい空気をまとっていた。
 
 溜息が洩れる。

 ツェルニーが窓から帰っていくのを見届けてから、ようやく重い腰を上げる。
 はっきり言って物凄く気は乗らないが、無視なんてたとえ先約があったとしても出来るはずがない。
 意を決して宝珠に魔力を込めた。
《久しいのう、ラインハルト。今年ももうじきやってくる》
 もうじき?
《……月日が経つのは早いものよのう》
 そして気付く。
「ああ、そうか……もう……――」
《わかっておると思うが、エルツェの命日が近付いておる。一度墓参りに戻ってくるのじゃぞ》
 毎年、この日は憂鬱だ。
《よいな?》

 バン!!

 宝珠は爆発した。
「なっ!?」
 ドアの入口にいたホルストが驚いている。
「いつものことだよ」
 気にする必要は全くない。
「あんた……怪我は?」
「心配してくれるの? ありがとう。でも僕はこんなことで怪我をするほどやわじゃないよ」
 僕はそう言ってニッコリと笑って見せた。
「じゃあ僕はいろいろ用があるから、もう出かけるね」
 資料は出しっぱなしだけど、片づけてる暇なんて、ないね。
「しばらく戻らないと、クルトに伝えて――」
 そうホルストに告げ、部屋を後にした。

   ――Der Luftraum, der verschiedene Formen beeinflußt.
   ――Der Raum, der die Welt baut.
   ――Transport zum Raum, wo meine Wünsche anders sind.
   ――Metastase zu topologischem Raum.
   ――Das Wiederaufbauen zu Metastase voraus.
   ――Ich bin als mein Wunsch ähnlich und ließ, treiben Sie locker an.


 向かう先は……一つしかない――




 後悔とは……後に悔いるから後悔≠ニいう。
 それを実感したのは、大切なものを失った時だった。
 今も……その思いはけして消えない。
 



「ここに来るのは一年ぶり――」
「命日しか来ぬからな……」
 当然と言えば当然だ。
 ここに来ると自分の無力感を強く感じる。
 どうして、あの時……僕は――
「母様――」
 ここは母様の……エルツェ=ファル=ヘルムート=フォン=クロイツェルの墓。
 白い花に囲まれた森の中にあるこの墓は、代々クロイツェル家の者を弔うためモノ。
 結界に覆われたこの場所は、クロイツェルの系譜に連なる者でなければけして入ることは出来ない。
 こうして先祖をずっと守って来た。
「いずれわしもここに入ることになるな」
「お祖母様!?」
 いきなり何を言い出すんだ!?
「冗談でもそんなことっ――」
「冗談ではない」
 そう言ったお祖母様の横顔は少し寂しそうだった。
「わしももう年じゃ。いつ、何があってもおかしくはない。主もそれはわかっておろう?」
 ……わかっている…………そんなこと……――
「わしは主の倍は生きておる。迎えは近いじゃろうな」
「お……祖母…………様……――」
「生きておる間に、主の……曾孫が見たい――」
 ……いつになく……切実な言葉だった……
「わしは……娘を守れなかった……わしより先に娘が死ぬなど、思ってもみんかった……」
「……僕も…………母様が死ぬなんて…………あんなに早く死ぬなんて思ってもみませんでした」
「故に主にかけるしかなかった」
 僕も……伴侶を見つけて子供をつくらなければ……
「……人間は嫌いじゃ。自分以外をけして認めようとはせん」
 それが気に入らないのだと、お祖母様は言う。
「見つけてみせますよ。そして変えてみせます」

 だって……もう二度と……あんな思いはしたくない。
 守ってみせる……
 絶対に……
 今度こそ……


 ――後悔しないために……


「次にお会いする時は、きっと……妻と一緒に――」
 ここで終わりになど、絶対にしない。
「そうか……そうじゃな……今度、ここに来るときは、エルツェに孫の知らせを持ってきたいものじゃ」
「……はい」
 直接連れてくることは出来なくても、話す事は出来る。
 伝えることは出来る。
 途切れることなく繋がっていくものもあるのだと、悲劇は悲劇を呼び、終わりゆくだけだなんて信じない。

 彼らと共に、未来を勝ち取ろう……
 明日に怯えず、明日を生きるために――

「母様、次来る時は……笑えるようになりたい」
 悲しい顔をしていても、母様はけして喜ばないから……
「そうじゃな……優しい子じゃった……」
 でも、息子が……僕がこんなことをしているって知ったら、母様は悲しむかな?
 もう言葉は届かない……
 ……たとえ届いたとしても、僕は自分の道を進むのだろう。
 自分の歩いた道を戻る様な事は、僕には出来ない。
 
 違う。

 出来ないのではない、したくないんだ。
 これだけは譲れない。

 ああ母様……僕はきっと去年よりも明るい顔をしているかもしれない。
 去年は……こんな前向きな考え方……出来なかった。
 
 彼らに会って、僕は変わったのだろうか?
 
 停まっていた時間が動き出したのかもしれない。
 同じままではいられない。
 その必要もない。
 だから前へ進もう。
 得るものはきっと、たくさんあるはずだから……
 見守っていてください……
 たとえどんなことをするとしても――
 理解しなくてもいいから……
 変わる世界を――