ラインハルトは暇な時、よく散歩をする。
 今日は情報収集も兼ねて街の中をぶらぶらしていた。
 そんな時、ラインハルトは思ってもみなかった人物に出会う。
 それは相手も同じで……――




 ふぅ……
 心の中でため息を吐きながら歩いていた。
 理由は簡単――
 悪の秘密結社・イングリム=アンクノーレンがだいぶ有名になって来たので素顔で街を歩けなくなった。
 僕の顔も結構知られちゃってるんだよね。
 金色の髪に金色の瞳ってそういないからバレやすくなったんだよね。
 そのため、今じゃ外出時には変装が必要不可欠。
 取り敢えずクルトに変装用にカツラを作ってもらった。
 瞳の色はどうしようもないのでサングラスで隠す。
 そして茶色のカツラをつけて帽子をかぶりラフな格好をすれば誰も僕が吸血鬼だとは思うまい。
 いつもの服は明らかに貴族の服なのでかなり、目立つ。
 その辺を歩いているのは基本的に一般人だ。
 金持ちはふらふらしない。
 そういうこともここに来てから理解した。
 だから今はこの街で仕入れた普通の服装をしている。
 目立っては諜報活動は出来ない。
 これは司令官の仕事ではない気もするが、他の皆には諜報活動は無理だ。
 だから僕がやるしかない。
 別に嫌々しているわけじゃない。
 好きでやっている。
 だって、何もせずにあそこにいても暇なんだよね。
 それに散歩は好きだ。
 人間はとても嫌いだけど、僕の中で人間というのは石と同じだ。
 興味すらない。
 人間ばかりのこの世界でいちいち反応してたらキリがない。
 だからこうして街の中を歩いていても気分が悪くなることはない。
 そんな余計な事を考えていたからだろうか?
 人にぶつかった。
「きゃっ――」
 日傘を差している貴族風の女性だった。
 僕は慌てて倒れそうになる女性を支えた。
 その甲斐あって転倒は免れた。
「ごめんなさい。よそ見してい――」
 適当な謝罪の言葉を投げて立ち去ろうと思っていたが、思ってもみなかった状況に戸惑った。
 それは相手も同じだった。
 ぶつかったのはローズピンクの髪をした女性。
 日傘のせいで気付かなかった。
 でも、彼女は――
 彼女も僕を見て驚いていた。
「お嬢様」
 後ろを見ると身なりのいい執事風の男が立っていた。
 そして彼女が落とした日傘を拾う。
 見た所…………彼も――
 …………これは――
「ごめん。大丈夫? 怪我はない?」
 ぼぉっとしていた女性は、ハッとして首をぶんぶんと振った。
「だ、大丈夫です! 貴方様のおかげで怪我なんて――」
「じゃあ、少し話でもしない?」
「よ、よろしいのですか?」
「うん。そう…………人のいないところで――」
 普通、こういう台詞を吐くと引かれるものなのだが、彼女は違った。
「はいっ!」
 女性は嬉しそうに返事をした。
 それを見た執事は苦笑している。
 まぁ、別に何かしようと思ってるわけじゃないしね。
 ただ……ここでは話がしにくい。
 だからこそ、人気のない郊外の森林公園に移動する。




「さて、ここなら何の問題もなく話が出来るね」
「そうですね」
 周囲を見回しても、誰もいない。
 その方が都合が良い。
「僕、一族以外で異性の同族に会ったの、初めてだよ」
 そう言うと、彼女も笑った。
「わたくしも、両親と……そしてわたくしの一族の執事をしてくださっているハインリヒ以外の吸血鬼に会うのは初めてです」
 そう……彼女は吸血鬼だ。
 そして後ろに立っている男も……
 しかも――
「純血の同族に出会えるなんて……奇跡だね」
「本当に」
 彼女は間違いなく、純血の吸血鬼だ。
 だが、後ろにいる執事は違う。
 彼はおそらく混血の吸血鬼だ。
 でも、それなりに血は濃そうだ。
「わたくしはエルフリーデ……エルフリーデ=ツー=ローゼンハイムです」
「やっぱり……」
「お分かりになられましたか?」
「吸血鬼でそのローズピンクの髪をしているのはローゼンハイムだけだよ」
「ええ、そうですね」
 クロイツェルもローゼンハイムも吸血鬼としては変わった毛色をしているから、わかりやすい。
「それにしても……ローゼンハイムは長いこと話に上ってこないから落ちぶれたんじゃ――って言われてたし……」
 あ、やばっ――
「ふふ……そんな顔をなさらなくてもよろしいですわ。実際、本当のことですから」
「お嬢様……」
「我がローゼンハイム家はもうわたくしを残して、絶えましたから」
「そう……やはり、吸血鬼なんて今じゃどこもそんなものか……」
 僕の家だって跡取りは僕しかいない。
 お祖母様が亡くなれば、彼女と同じ状態だ。
「そして彼はローゼンハイム家の執事をしてくださっている――」
「ハインリヒ=グルムバッハです」
 きっちりと九十度の完璧な礼をしてくれた。
「そう……ハインリヒ、ね」
「お気づきかと思われますが、私は純血ではありません」
「だろうねぇ……ハーフ? 結構力ありそうだけど?」
「……どうでしょう? 父も母も混血でしたから」
 やはり、今の社会じゃ混血の吸血鬼の方が多いのか……
「あの……それで、貴方様は?」
「あっ――」
 そして名乗っていなかったことに今更ながら気づく。
「ごめん。僕が先に名乗るべきだったね」
「いいえ、そんなことはありません。そう思ってくださるだけで嬉しいです」
 優しい人だ。
 少し……母様に似ている――
「僕は……ラインハルト」
「ラインハルト様、ですか?」
「そう――
 ラインハルト=エルツェ=ファル=フォン=クロイツェル」
 その途端に二人の顔色が変わった。
「え? ク……クロイツェル?」
「まさか……あの?」
「多分、そのクロイツェル」
 吸血鬼のクロイツェルなんて一つしかない。
「ですが、クロイツェル家の者は皆……金髪金眼だと――」
 そう言われて気づいた。
 今の僕は茶髪だ。
「ごめん。ちょっと目立っちゃうからカツラつけてるんだ」
 目を隠しているサングラスを外す。
「まぁ……金色の瞳」
「では……本当に――」
 基本的に金色の瞳をしている吸血鬼なんて少ない。
「そうだよ。それに、クロイツェルの名なんて騙ったら後で大変だと思うよ」
 僕が、有名人なので下手に名乗ると狩られると思う。
「――そうでしょうね。ヴィントシュテルンの金色の吸血鬼の話は有名です」
「ああ……うん、だろうね」
「一族の方が有名だと大変ではないですか?」
 …………勘違いをされている。
 女性に年齢を尋ねるのは失礼だろう。
 だが、気になる。
「貴方は……まだ、五百歳以下なのかな……?」
 恐る恐る尋ねてみる。
「? はい、今年で四百二十六歳になります」
 そっか……じゃあ知らないよね……
「クロイツェルは基本的に血が繋がったものしか一族と認めないんだ」
「……? はい」
 いきなり話し始めたので戸惑っているようだ。
「だから、結婚しても、血がつながっていない伴侶の方はクロイツェルを名乗れない」
「まぁ……」
「そうやってクロイツェルは純血を守って来た」
「では……あの…………ラインハルト様はご両親に育てられたわけでは――」
「僕に父はいなかったよ。いたのは母と祖母だけ」
「執事も?」
「いないよ。本当に、あの家には血族しかいなかった」
「そう……なんですか」
「そうなんです。そして、今のクロイツェルもローゼンハイムとそう変わらない」
「え?」
「現状でクロイツェルと名乗れるのは二人しかいないからね」
「二人?」
「そう。僕と、お祖母様だけ」
「そう……ですか…………だから、先ほど――」
 そこで彼女の言葉が止まった。
「――ええと……あの……」
「うん?」
「今、クロイツェルと名乗っていらっしゃるのはお二人だけ、なんですか?」
「うん」
「――ヴィントシュテルンの金色の吸血鬼って、男の方…………でしたよね?」
「噂では」
「お父様が、その、クロイツェルの方でないなら…………あの……その――」
「ふふ……」
 混乱させちゃったかな?
「ラ、ラインハルト様?」
「そうだよ」
「え?」
「僕が、『ヴィントシュテルンの金色の吸血鬼』だよ」
「貴方が……あの…………一夜にして街を滅ぼした伝説の――」
「そう、僕」
 うわぁ……同族にまでそんな凄い目で見られるんだ、僕――
「ラ、ラインハルト様はお強いのですね」
「それしか取り柄がないからね」
 攻撃系はとっても得意だけど回復系はさっぱりだ。
「そうですか。だから生きてこられたのですね」
 彼女は寂しそうに呟いた。
「わたくしは……わたくしの一族は基本的に回復魔術や幻覚魔術を使うことしかできないので……」
「それは凄い」
「凄い、ですか?」
「凄いよ。だって、僕は回復と錬金術は使えないし幻覚も少しだけだし」
 本当に攻撃だけだ。
「そう、ですか……そう、そう言ってくださるなんて――」
 花も綻ぶような笑顔を見せてくれた。
「嬉しいです」
 本当に嬉しそうだ。
「――ところで、二人はどうしてこの街に?」
「ああ、それは――」
「この街に金色の吸血鬼が暴れているとの噂がありまして――」
「会えたら、嬉しいと、思いまして――」
 噂を聞いてわざわざ会いに来てくれたのか……
「その、失礼ですが噂の吸血鬼は――」
「うん。それも僕だね」
 よくよく考えてみれば僕、目立つことしかやっていない気がする。
「暴れていらっしゃるの、ですか?」
「いや、僕が暴れてるって言うよりも、皆で暴れてるって感じかな?」
「皆様で?」
「亜人の人権を守るために戦って勝ち取れ! 悪の秘密結社・イングリム=アンクノーレンは亜人のために日夜人間相手に喧嘩を吹っ掛けてます」
「それは……」
「まぁ――」
 二人は真面目そうだ。
 それに彼女は……エルフリーデは優しい。
 だから引かれると思ったのだが――
「素敵ですね、ラインハルト様」
「そ、そう?」
「はい」
 思ってもみなかった反応だ。
 嫌がられるより好意的な方が嬉しい。
 ……ん、まて――
 彼女は純血の吸血鬼だ。
 そして、見た目通りの女性。
 …………結婚相手を見つけろと迫られている僕。
 上手くいけばお祖母様に曾孫の話をされなくてすむ!
 答えは簡単に出た。
 
 ここで逃がすわけにはいかない!!!

「良かったら、僕と一緒に来る?」
「え?」
「悪の秘密結社だけど」
「よ、よろしいんですか?」
「勿論」
 一緒に来てくれる方がありがたい。
「嬉しいです!」
 それは僕も嬉しい。
「じゃ、案内するよ」
「はい!」
 こうして僕は二人を連れて家に帰った。