悪の秘密結社のアジト。
 こんなところで活動しているのかと驚かれる。
 郊外とはいえ街に堂々と暮らしていることが驚きのポイントらしい。
 街の外で暮らすという考えがなかったことに改めて気付かされる。




 僕は二人を連れて家に帰って来た。
「ここだよ」
 荒れ放題だった庭もクルトやブリュンヒルト、アルが手入れをしたおかげでそこまで酷くはなくなった。
 まぁ、見せてもかろうじで大丈夫というレベルだ。
 綺麗では、ない。
 これははっきりと言える。
 でも、いつバレるかもしれない場所にそんなに手入れを行き届けるつもりもないからねぇ。
「こんなところで、活動しているのですか?」
「うん」
 ハインリヒは意外そうな顔をしている。
「どうかした?」
「いえ、意外と…………堂々と暮らしているのだと思っただけです」
 堂々としていてはいけないのだろうか?
 前住んでいた場所よりは目立たないと思うんだけど……
「余り……お庭の手入れが行き届いていないのですね」
「エルフリーデは花、好き?」
「はい」
 そっか……
「庭の手入れは最低限にしかしてないんだよ」
「何故ですか?」
「それは勿論、いつまでもここにいるとは限らないから」
「悪の組織ですからね」
「そそ。襲われたらここも捨てて別の家手に入れないと――」
「ライン兄様ー!」

 ぼふっ。

 後ろから抱き着かれた。
「アル、どうかしたの?」
 よいしょ。
 抱き着いてきたアルを抱き上げて尋ねる。
 流石の僕もアルくらいの子供を持ち上げるくらいは出来るんだよ。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「えへへ〜……」
 頭をなでると嬉しそうに笑う。
 ――が、ふと横を見てスゴイ不審そうな視線を飛ばす。
 警戒心バリバリだ。
「誰?」
「あ、あの……」
「僕の同族」
 それを聞いた途端キョトン、と僕を見た。
「ライン兄様の?」
「うん」
 そしてまた二人をじっと見る。
「じゃあ、この人たちも吸血鬼?」
「うん」
 僕から降りると、二人に近寄ってマジマジと見つめる。
「あの……はじめまして」
「…………はじめまして」
 棒読みだ。
「ねぇ……吸血鬼ってみんな人間と見分けつかないの?」
「混血はそうだね。でも純血は流石にそのまま歩いてたらバレると思うよ」
「バレるの?」
「うん。純血は耳も尖ってるし、羽も生えてるからね」
「……羽……そういえば…………普段はないね」
「しまってるからね」
「耳も尖ってない」
「魔術って便利だよね」
「そっか」
 アルはそれで納得したらしい。
「エルフリーデとハインリヒだよ」
「ふ〜ん……」
「エルフリーデは僕と同じ純血で、ハインリヒは混血」
「ライン兄様と同じ純血?」
「そ」
「珍しいんじゃないの?」
「珍しいよ」
 アルはやっぱり人見知りが激しい。
「二人も今日からここで暮らすからね」
「ここで?」
「うん。二人も手伝ってくれるって」
「オレたちを?」
「うん。悪の秘密結社・イングリム=アンクノーレンをね」
 それを聞いたアルから少し険が取れた。
「皆に話してきてくれる?」
「うん」
「あと、クルト呼んで来て」
「はーい!」
 そう返事をするとクルトは去っていった。
「ごめんね」
 取りあえず謝る。
「え? いえ、そんな――」
「アルは……アルトリートはちょっと人見知りが激しくて……」
 悪気はないんだけどね。
「いえ……そんな、気にしていません。それより――」
 彼女の瞳が悲しげに揺れた。
「あんな小さな子まで……」
「…………悪の秘密結社・イングリム=アンクノーレン…………この組織にいる子たちは皆人間に嫌な思いをさせられてる。人間が嫌いなんだよ。だから、僕が守ってあげないと――」
 これ以上……傷つくことがないように……
「……人間は勝手すぎますからね」
 そうだね。
 そんなこと、昔からわかってる。
「ラーイーンー!!」
 突如後ろから物凄い衝撃に襲われる。
 前に倒れこまなかった自分を褒めてやりたい。
 ……でも、ちょっと苦しい。
「ク、クルト……」
「何?」
「いきなり後ろから全力ダイブはやめてくれるかな?」
 僕が支えられるのはアルぐらいの子供までです。
「むぅ……わかった」
 それを理解してくれたのか、不承不承返事をするクルト。
 そんなに不満そうな顔しなくても……
「この人たちがラインの同族?」
「うん」
「へぇ〜」
 物珍しそうに見つめる。
「ボク、ラインの家族以外の吸血鬼って初めて見た」
 そりゃそうだろう。
「僕だって同じだよ」
「そっか……はじめまして!」
 僕の背中の上からどいて明るく挨拶し始める。
「ボクは、天使のクルト=イステル=リヒテンシュタインでーす。ラインとは六百年以上の親友です」
「天使!?」
「よ、よろしく、お願いします」
 差し出された手をおずおずと握るエルフリーデ。
 天使がふらふらしてるのなんて見たことないから珍しいんだよね。
「じゃ、僕は着替えて来るよ。後よろしくね〜」
「うん! また後でね〜」
 クルトに後を任せて僕は部屋に戻った。




 部屋に戻るとカツラを外した。
 カツラって、夏場は蒸れそうだよね……面倒だし――
 まぁ、しかたないけど――
 それより着替えよう。
 クローゼットを開けると目についた服を取って着替える。
 こっちのクローゼットは普段着用だからどれをとっても大丈夫。
 隣のクローゼットは変装用なので庶民の服が入っている。
 クルトやアルは何を着ても似合うねって褒めてくれた。
 確かに、いつもの格好よりは庶民用の服は動きやすくはあるよね。
 でも、この格好も慣れればどうということもないけど。
 手早く着替えを済ませると髪をブラシで軽く梳いてから部屋を出る。
 クルトはきっと二人をサルーンに案内してるよね。
 皆もそこに集まっているだろう。
 僕も早く行こう。




 サルーンにつくと予想通りみんないた。
「やぁ、お揃いで」
「あ、おかえりー」
「ただいま」
 僕とクルトのこの掛け合いもいつものことだ。
「あれ、どうかしたの? 二人とも」
 エルフリーデとハインリヒの二人が僕を凝視している。
 …………僕、何か……した?
「あ、ごめんなさい。あの……その……――」
「いえ、先ほどとはまるで雰囲気が違ったものですから――」
 ああ、なるほど……
「あれは一応バレないように変装してるからね」
 一般庶民を目指してあんな格好をしてるんだから、今と同じでもちょっと困る。
「気品が溢れていて……やはり…………最強と呼ばれるクロイツェル家の御当主なのですね」
「そぉ? ありがとう」
 そう言われると悪い気はしないね。
「皆、自己紹介は済んだ?」
「うん、勿論」
「そっか。でも、改めて言っておくけど、二人はこれから仲間になるから、よろしくね」
「別にそれはいいが……」
 ホルストが微妙な顔をしている。
「何か不満でも?」
「いや、不満はない。だって、吸血鬼だろ? 少し話を聞いたが、なかなか使える人材だ」
「魔術が使えるのは今のところラインハルト様だけですからね」
「確かに、まだ三人は言語の段階だからね……そろそろ簡単な魔術を試してみようかと思ってるけど――」
 クルトのスパルタ言語講義によってだいぶ三人は鍛えられた。
 三人とはもちろん、エアハルト、ブリュンヒルト、グレーティアだ。
 ……って、話が逸れたね。
「で、何か問題が?」
「部屋がない」
「…………あ!」
 言われて気づいた。
「た、確かに――」
「部屋が、ですか?」
 エルフリーデとハインリヒは不思議そうな顔をしている。
「とても広そうなお屋敷ですけど……」
「使ってない部屋ばかりなんだ。特に二階は手付かずだから入れたものではない」
「一階も自分の部屋以外の個室は荒れ放題ですわ」
「とても今すぐ住める状態じゃないぞ」
 ……あはは、だよね。
「掃除、しよう」
 幸い、部屋はいくらでも余っている。
「家具はクルトに頼むとして、とりあえず……埃をなんとかしないとね」
「御迷惑おかけして申し訳ありません」
「気にしないで」
 こちらもいろいろ打算が働いてるから。
「エルフリーデの部屋は……僕の隣が空いてたからそこでいっか」
「その隣に執事さんだね」
 うん、それでいいと思う。
「じゃ、掃除しなきゃだけど……掃除用具はどこにしまったっけ?」
「いやですわ、ラインハルト様ったら」
「掃除用具の場所ぐらいは覚えておいてください。いくら使わなくても」
 うっ――
 確かに……基本僕は魔術でなんでもなんとかするけど……もう少しオブラートに包んでくれてもよくない?
 そう思ったけど、覚えていなかったのは事実なので何も言えなかった。