完璧な世界などどこにも存在しない。
 隠していてもいずれはバレてしまう。
 悪の秘密結社・イングリム=アンクノーレンの活動拠点である屋敷を特定される。
 それでもそう簡単に倒されたりはしない。




 借金を踏み倒すこと前提で買い取った屋敷は広い。
 そしてちょっとボロいが、クルトのおかげで人の住めるような状態にはなっている。
 見晴らしのいいところにポツンと建っているのがポイントで、周囲に建物はない。
 そのため人間が来てもすぐにわかるようになっている。
 だって丸見えだしね。
 それがここの利点だ。
 だけど、勿論不利なこともある。
 周囲に建物がないという事は、僕たちが出入りするのも丸見えということだ。
 それは敵にバレる可能性も秘めているという事。
 だからこそ僕は、実はこっそりと屋敷に仕掛けを施していた。
 何、僕にとっては簡単なことだ。
 純血の吸血鬼であり、魔術を行使する僕にとってはね。
 でも完璧というわけじゃない。
 形ある物はいつか壊れるものだからね。




 今日は朝から騒がしかった。
 何だろう?
 そう思っていると――

 バンッ!!

 思いっきり扉があけ放たれた。
「ラインハルト!」
 切羽詰まった顔で立っているのはグレーティアだ。
 珍しい。
「どうかしたの?」
「人間が攻めて来た!」
 それを聞いて僕は――ああ、とうとうバレたのか……と少々暢気な事を考えていた。
「迎え撃つか?」
 う〜ん……
「そうだね。荷造りしよう」
「……………………は?」
 僕の言葉にグレーティアは目が点になった。
「ラ、ラインハルト?」
「みんなに伝えて来て」
「そんなことをしている場合ではないだろう?!」
「ううん。必要だよ。ここを破棄したとき、いろいろ情報を残すわけにはいかないからね」
「し、しかし――」
「処分するには惜しいものもあるし……」
「そんな時間無いだろう!?」
「え?」
 何を言っているのかと思ったが、そこで気付く。
 ああ、そういえば誰にも言ってなかったと。
「とりあえず、僕着替えるから、サルーンに全員集めておいてくれる?」
「あ、ああ……」
 困惑した表情で返事をして扉を閉めた。
 あらかじめ言っておけば良かったね。
 でもこんなに早いとは思わなかった。
 人間って集合してもたいして力もないくせに意外なのが混じってたりするからなぁ……
 僕はそんなことを思いながら着替えていた。




 サルーンに行くとみんな集まっていた。
 その表情は暗い。
 まぁ、敵に攻め込まれてるんだから気楽な顔は出来ないよね。
 でも、何事にも例外は存在する。
 こんな状況でニコニコと笑っているのは勿論クルトだ。
 クルトが緊迫した表情をすることなんてほとんどない。
 そしてこの前から一緒に暮らし始めたエルフリーデとハインリヒも平然としている。
 二人は吸血鬼だ。
 おそらく僕がした仕掛けにも気づいている。
 だから平然としていられるのだろう。
 でも他の子たちは皆一様に心配そうだ。
「遅いぞ!」
 そして開口一番、怒られた。
「そう?」
「そうだ」
「すぐにでも迎撃に入らないと、倒されてしまいますわ」
「それはないよ」
 絶対に、ね。
「それはどういう――」
「この館にはとても強力な対人用の結界が張ってありますもの」
「え?」
「い、いつの間に?」
「私たちがここにお邪魔した時からすでに張ってありましたよ」
 そして僕に視線が集中する。
「いくら僕でもだだっ広い場所に建ってる無防備な屋敷に普通に住もうなんて思わないよ」
「結界って……ずっと発動しているのか?」
 ああ、気になっているのはそこか。
「これだよ」
 そういって僕は懐から赤い刀身を持つ小さなナイフを取り出した。
「それは――?」
「触媒」
「触媒?」
「周囲に散乱している魔力を吸収して永続する魔術道具」
「そんなものがあるんですか?」
「あるよ〜」
「魔力? 魔力ってその辺にあったりするの?」
「人間が魔力を持ってないのは当たり前。亜人も種族によってはなかったりするね。でも、魔力は大気の中にも存在する」
「大気中に?」
「そう……今の魔法は自分の魔力だけで力を発動させるけど魔術は違う。魔術は大気中に存在する魔力をも利用して発動する。だから、威力が魔法よりも桁違いに高い」
「つまりラインやエル、ハインは周囲に魔力さえ満ちていれば少ない魔力でも高威力の魔術が使えるんだよ」
「その大気中に漂っている魔力を吸収するこの触媒を屋敷の周囲に突き刺してそれを軸に対人用の結界を起動させた」
「周囲に魔力が無くならない限り発動し続けるから便利だよ」
「でもそれって……魔力がなくなったら終わりですわよね?」
「ほったらかしにしてたらね。でも、定期的に魔力を補充してあげれば大丈夫だよ」
「そっか」
「なるほど」
 みんな納得してくれたようだ。
「ねぇ、ライン兄様」
「何、アル?」
「対人用の結界ってなに?」
「一言で言うと人間は立ち入り禁止≠ネ結界だよ」
「対人用の結界は人間にしか効果を現わしません。亜人に対してこの結界は何の意味も持たないのです。だから、たとえどんな種類の結界であろうとも、私たちが日常で生活している限りの不便はありません」
「ここに張ってある対人用の結界は遮断=B人間は触媒を壊さない限りここに立ち入るとは出来ません」
 ……二人とも説明上手いね。
「だから、荷造りすると言ったのか?」
「そうだよ。ここ、バレちゃったし。今撃退して居座り続けてもずっと攻撃してくるだろうし」
 それは少々どころかかなり鬱陶しい。
「だから必要なもの持ってとんずらしようと思って」
「行く当ては?」
「僕やエルフリーデなら屋敷ぐらい手に入れられるよ」
 勿論ハインリヒだってそうだ。
「さて、じゃあクルト、バッグ作って」
「うん、わかった」
 そう返事をするとクルトはソファーを材料にバッグを作った。
「せっかく集めた情報書類は漏れなく持っていかないとね。後は服だね。それ以外はいらないや」
「わかった」
 皆返事をすると各々バッグを持って部屋に戻った。
「ラインハルト様、わたくしたちはラインハルト様を手伝いますわ」
「いいの?」
「はい。私たちは荷物をほとんど持ってはいませんから」
 ああ、そういえば……
 二人はここに来てから日が浅い。
 ここに来た時は手ぶらだったから、確かに荷物は少ないだろう。
「じゃあこっちにある書類を詰めてくれる?」
「はい」
「僕はその間に自分の荷物を詰めて来るから」
 そう言って二人とそこで別れた。




「さて、全員荷造り終わったね?」
 僕は皆を見回して言った。
 全員が頷いたのを確認する。
「それで、これからどうするんだ?」
 屋敷の外では轟音が響いている。
「とても外に出られる状況ではありませんわ」
「ラインの十八番は空間移動だよ」
 あっけらかんとクルトが言う。
 確かにそうだね。
「と、いうわけで皆一ヶ所にかたまって」
 言われたとおり皆集まった。
「それじゃあ行くよ」

   ――Der Luftraum, der verschiedene Formen beeinflußt.
   ――Der Raum, der die Welt baut.
   ――Transport zum Raum, wo meine Wünsche anders sind.
   ――Metastase zu topologischem Raum.
   ――Das Wiederaufbauen zu Metastase voraus.
   ――Ich bin als mein Wunsch ähnlich und ließ, treiben Sie locker an.


 座標は少し離れた所で平気だろう。
 僕は魔術を発動させ、その屋敷を後にした。




 少し街から離れた森の中に移動する。
 僕には空間移動があるから守るよりは逃げる方が断然ラクだ。
「ここは?」
「ちょっと離れた森だよ」
「周囲に人の気配はありませんね」
 周囲を一瞥して述べるハインリヒ。
 彼はとても優秀な執事のようだ。
「ここなら安心、か?」
「当分はね」
「でも早めに住む場所確保しないとね」
 今日中には手に入れたい。
 何せ僕たちは亜人だ。
 僕やエルフリーデ、ハインリヒは何とか誤魔化せても他の皆は誤魔化せない。
 つまり、宿に泊まれない。
 見つけられなければここで野宿決定だ。
「じゃあここで皆は待ってて。エルフリーデ、ハインリヒ、行こう」
「ええ」
「はい」
 僕たちは近くの街に行き、何とか家を手に入れた。
 でもその頃にはすっかり日も落ちていた。






 朝日が昇る……
 僕は眼下を見下ろした。
 まだ頑張っているようだ。
 無駄な努力、ご苦労様。
 でも、それも終わり。
 僕は屋敷にかけた術を解除する。
 そして攻撃は簡単に中に届いた。
 それを見たギルド員がなだれ込む。
 ……軽率だね。
 僕は内心でほくそ笑んだ。
 全員が館の敷地内に入ったのを確認すると、僕はもう一つの仕掛けを起動させた。

   ――Es strömt es entlang auf die laufende Erde des Schauers.
   ――Der rote Blitz des Lichtes des Symbols des Aussterbens.
   ――Geben Sie dem Urteil von roten nichts.
   ――Der Tanz des Alptraumes.


 赤い光が屋敷を包み込み……一瞬にして――消えた。
「馬鹿だね……僕が貴方達を放置するわけないじゃない」
 僕はそう、何も無い空間に告げると家に戻った。