むせ返る様な血の臭いに顔をしかめた。
 今日はラインハルトの誕生日。
 その誕生日プレゼントとして料理を振舞うことにした女性たち。
 無論、純血の吸血鬼のプレゼントが普通のものであるはずがない。




 今日はラインの誕生日。
 というわけで朝から張り切ってます。
 勿論それはボクだけじゃないよ?
 アルや女性たちも張り切ってます。
 ラインに街の情報収集をお願いして家から追い出すことに成功。
 それから部屋の飾り付けをしたりワインを用意したりプレゼントを用意したりと忙しかった。
 でもラインは純血の吸血鬼。
 飲料以外は口に出来ないため、料理は専らボクたち用だね。
 勿論そんなにたくさんあるわけじゃないよ?
 ラインと一緒に楽しめるようにしたいし。
 ボクたち用の料理の用意はもう済ませてある。
 今は女性陣がキッチンにこもって何やらやっているようだけど――

 バタン。

 扉が開き、青ざめた様子のエアとホルが入ってきた。
 そしてふらふら〜っとソファーに倒れ込む。
「どうかしたの?」
「キ……キッチンが――」
 今にも倒れそうな様子のエア。
「キッチン? 女性たちがいるでしょ? どうかした?」
 彼女たちはラインに料理を作ると張り切っていたはずだ。
「どこをどうすればああなるんだ?」
 意味不明なことを口走った。
 何それ?
「いえ……それよりもどうしてあの二人はあの部屋で平然としていられるんでしょう?」
「うぐっ……確かに――」
 意味が分からない。
「何かあったの?」
「恐ろしい状態だった……なんだ? あれは――」
「うぐ……吐きそうです」
「エ、エアハルト……そ、外の新鮮な空気を――」
「ですね――」
 二人はふらふらと外に出て行ってしまった。
 なんだろう?
 ボクは気になったので見に行ってみることにした。




 コンコン。

「失礼しまーす」
 扉を開けた瞬間、二人が青ざめていた理由がわかった。
 これは慣れていないと堪らないだろう。
 キッチンは、血の臭いで満たされていた。
「何作ってるの?」
 締め切られた部屋は人一人殺しましたといった感じだ。
 それほど臭いがこもっている。
「スープですわ!」
 元気にヒルトが教えてくれた。
 そうだよね。
 ライン、固形物摂取できないし。
「何のスープ?」
 聞くだけ野暮な感じがしたけど、聞いてみた。
「血液スープだ」
 だよね。
 それしか考えられない。
 ラインも吸血鬼だ。
 血が主食。
 喜ぶだろう。
 だが、問題はこれをどこから用意したのか、だ。
 ラインは人間の血が好きじゃない。
 それだと余り喜んではくれないだろう。
 口にも顔にも出さないだろうけど。
 見た限りでは結構な量の血が使われている。
「どこから血を?」
「これですわ」
 エリーに渡されたのは注射器だった。
「これ……もしかして――」
「はい。わたくしとグレーティア、そしてエルフリーデさんの血を抜いて作りました!」
 ああ、それは喜ぶだろう。
 亜人の血は美味しいらしいから。
「人間の血は余り美味しくないので、喜んでいただくには私たちの血が一番かと」
 彼女もやっぱり吸血鬼だ。
 ラインと同じことを言う。
 こういうことを理解できるのはやはり同じ吸血鬼ならではといった感じだ。
 ボクじゃどれだけ付き合ってても理解できない部分だからね。
「血、足りる?」
「えっとぉ……」
 目の前の鍋に入っているのは血。
 でも血だけじゃないね。
 香辛料も入っているみたい。
 一応スープ、だしね。
 味付けはしているみたい。
「クルトさんは協力してくださるんですか?」
「うん。いいよ〜。ボクはラインによく血を上げてるから全然大丈夫だよっ」
「まぁ、それは心強いです」
 エリーは微笑みながらそう言うと、差し出したボクの腕に注射器を刺した。
 さすがに手慣れているようで、動脈にバッチリ刺さる。
「それにしても、ティアもヒルトもこの空間によく平気でいられるね」
「ここに? ああ、そういえば……」
「血の臭いが籠ってしまいましたわね」
「エアとホルが青白い顔して出てったよ」
「軟弱な」
「そうですわね」
 女性は強い。
 偶にそう思う。
「クルトは平気なんだな」
「天使なのに珍しいですね」
 天使……か……――
「ボクは……天使として暮らしていた時間より、純血の吸血鬼と暮らしていた時間の方が遙かに長いから」

 慣れてしまった。

 血の臭いにも……
 人を殺すことにも――

 最早天使とは呼べない……

 でも構わなかった。

 ボクは天使に認められなかった。
 認めてくれたのは全く違う習慣と思考を持つ吸血鬼だった。
 彼らのおかげで生きていけた。

 だから構わない。

 ボクは天使と呼べなくても、ボクをボクとして見てくれる人たちがいるから。
「まぁ……そうでしたの?」
 そういえば、エリーとハインは知らなかったっけ。
「ボクはずっとラインと暮らしてたから」
 だから平気。
 彼らの主食は血だった。
 魔女を狩るのを手伝ったことだってあるし、惨劇の場にも何度も立ち会った。
 だからボクには大したことじゃない。
 
 慣れた。

 きっと子供のころからずっとそうだったから拒絶反応なんてなかったんだ。
 天使≠ネら、きっと拒絶したんだろうね。
 でもボクは違うから。

「スープ、出来そう?」

「はい」
「それは勿論」
「まかせろ」
 心強い言葉だ。
「ふふ、じゃあ頑張ってね。もうじきラインも帰ってくるだろうし」
「ああ」
 ボクはキッチンを後にした。
 そしてリビングに戻るとアルに抱きつかれた。
「やあ、アル」
「あれ?」
 不思議そうな顔をされた。
「どうかした?」
「クルト、怪我もしてないのに、仕事もしてないのに、血生臭い」
「へ? そう?」
 自分を嗅いでみる。
 そう……かも?
 麻痺してるのかな?
 気付かなかったよ。
 でも、あの空間にずっといたら臭いつくよね……よく考えたら。
「いや?」
「ううん。ライン兄様がよくさせてるから平気」
 なるほど。
「でも、クルトは珍しい」
 確かに。
「ラインの誕生日プレゼントの臭いがうつったんだよ」
「そっか」
 アルも気にしていないようだ。
 臭い駄目なのあの二人だけか――
 そう思ってるとラインが帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり〜」
 アルがまっすぐラインに駆け寄って抱きついた。
「おかえりなさい、ライン兄様」
 飼い主にべったり懐いてる犬のようだ。
「ただいま、アル……ん?」
 ラインは一瞬怪訝な顔をすると周囲を見回して……ボクで止まる。
「クルト?」
「何?」
「……いや、なんでもない。着替えてくるよ」
「うん。いってらっしゃい」
 ラインには気付かれたようだ。
 さすがに吸血鬼。
 血の臭いには敏感だ。
 さてと、あの二人を呼び戻してパーティーの始まりだね!




 その日、ラインの誕生日パーティーが開催された。
 ラインはとっても喜んでくれたよ。
 血液スープはかなり好評だった。
 また作ろうと彼女たちは嬉しそうに楽しそうに話していた。