平穏なのは見た目だけ。
 その平穏な光景の裏には熾烈な戦いがあった。
 その輪に入れないラインハルト。
 輪に入れないのはラインハルトだけではなく、エルフリーデとハインリヒもだった。




 太陽が燦々と照りつける午後――
 川のせせらぎを聞きながら岩に座る。
 穏やかな時が過ぎて行く。
 平和だった……

 ただし、表面上は――

 僕はちらりととある場所を見た。
 見なくてもわかることだが……

 物凄い殺気だ。

 僕にはとても真似できない。
 それは僕がそれほど切羽詰まっていないからという理由がある。
 でも彼らは違う。
 目的が達成できなければ死活問題だ。

 ぐいっ――

「ん?」
 引っ張られる感覚がして取り敢えず引っ張った。

 プツン――

「あっ」
 それは途中で切れた。
「また切れちゃった」
 僕、向いてないよなぁ。
「仕方ないよ。ラインは初めてだもん」
 そう言うクルトはかなり上手だ。
「ほら、糸変えて、餌つけて」
「うん」
 言われた通りに糸を変え、釣り針に餌をつける。

 そう……今しているのは、釣りだ。

 亜人だって生きていくためには食糧が必要不可欠。
 食べ物がなくなったらアウトだ。
 なので、釣りをしている。
 目的は皆の晩御飯のおかずを釣り上げること。
 だが、思っていた以上に難しい……
 こんなんで本当に釣れるのか怪しいところだ。
 もうすでに何回も失敗している。
 ただ糸を垂らせばいいのかと思っていたが、そうではないらしい。
 向こうではホルストやアルたちが必死になって釣りをしている。
 釣れなかったら晩飯は抜きだ。
 だからこそ、力の入りようが違う。
 あの熱意の中に入っていけない僕たちはちょっと離れた所でクルトに教わりながらのんびり釣りをしていた。
 初めて釣りをする僕たち吸血鬼と違ってクルトはよくするらしく、上手だ。
「さっぱり釣れませんね」
「そうですね」
 全く釣れない僕たち吸血鬼と違ってクルトは既にかなりの数を釣っている。
 向こうを見る限りそれなりの釣果を得ているようだ。

 ようするに釣れないのは僕たちだけ。

「……これなら獣狩って来た方が良かった気がする」
 力技は得意だ。
「う〜ん……でも、偶には皆で釣りも良いと思うけどなぁ」
「それもそうか――」
 ただし、もう少し釣れれば……だが。
 全く釣れなかったら会話に入れない。
「のんびりした時間は素敵です」
 まぁ……そうだね。
 でも――
「向こうはのんびり……とはいってないと思うけど」
 少し離れたここからでも熱気が伝わってくる。
「ふふ……そうですね。でも――」
「ん?」
「いつも大変ですから、こういう時間があってもいいと思うんです」
「ああ……確かに、ちょっとした息抜きにはなるよね」
 全力で走り続けたらいつか駄目になってしまう。
「私たちも食糧採取に貢献できるようになりたいですね」
「確かに」
 ハインリヒの言うとおりだ。
「じゃあクルトに教わって一匹でも釣れるようになろう」
「はい」
「わかりました」
 こうして僕たちは、のんびり夕方まで釣りを楽しんだ。




 夜――家に帰るとクルトが魚料理を作った。
 焼き魚、煮魚、刺身……と、魚尽くしだ。
 僕たち吸血鬼は何とか一匹ずつ釣った。
 初めてにしては頑張った方だと思いたい。
 ホルスト達は一人、五、六匹釣っていたがクルトだけは違った。
 一人で二十匹近く釣っている。
 ……運が作用しているのだろうか?
 まぁ、皆満腹になるまで食事が出来たようだからよしとしよう。

 でも、次に釣りをするときはもう少し釣りたいと思う。