怪我で眠っているエルフリーデ。
 ブリュンヒルトは怪我をさせてしまったお詫びがしたい。
 どうするべきかいろいろ考えるが全く良い考えが浮かばない。
 そんな時、ラインハルトの勧めでエルフリーデに贈り物をする。




 エルフリーデの怪我は大したことない。
 回復力が高いとは言っても僕ほどあるわけではなく、今は休んでいる。
 エルフリーデの怪我……僕だったら一時間もかからないで治る様な傷だった。
 まぁ……吸血鬼だから助かったともいえる。
 あれを食らったのがブリュンヒルトだったら…………恐らく、無事では済まなかっただろう。
 それほどの怪我だった。
 皆が皆、僕のような超回復能力を持ち合わせているわけじゃないからね。
 問題は他だ。
 傷自体は大したことないけど、失った血を補う必要はある。
 流した血の分だけ貧血状態になるからね。
 ようするにお腹がすく。
 僕も大怪我をした時にはそうなるだろう。
 それはここにいる皆の善意で何とかなるから問題という問題はないか……
 人間じゃないから因子も関係ないしね。
 さて――
 エルフリーデが怪我。
 ハインリヒはエルフリーデとワンセットだから次の出撃は無理。
 ブリュンヒルトも精神不安定だから無理。
 次は他のメンバーで行くか……
 そんな事を思いながら資料をあさる。
 中々良いのないな。
 ふと窓の外を見ると――

 庭に備え付けてある椅子にどんよりとした空気を身にまとっていそうなブリュンヒルトがいた。

 まだ落ち込んでるのか。
 仕方のないことだとは思う。
 心の傷はそう簡単に治ったりしない。
 治るのには時間もかかる。
 僕だってそうだった。

 ほっとけ……ないよね。
 僕は手に持っていた資料を棚に戻した。
 資料室を出る。
 向かう場所は決まっている。




「ブリュンヒルト」
 僕が後ろから声をかけると、緩慢な動きで振り向いた。
 元気は、ない。
「ライン、ハルト……様」
 まだ気にしている。
「エルフリーデが、心配?」
「はい……」
「そう」
「だって、わたくしの……せいで――」
「ブリュンヒルトのせいじゃないよ」
「でも!」
 そんな言葉では慰めにはならないだろう。
「わたくしの……」
「僕はエルフリーデに感謝してるよ」
「え?」
「ブリュンヒルトを守ってくれた」
「それは――」
「望んでなかった?」
「はい」
「でも――」
 起こりえた最悪の状況……
「ブリュンヒルトだったら死んでいたかもしれない」
「――――!!」
 はっとした表情をした。
 気付いて……なかったんだろうね。
 庇われたことで頭がいっぱいだった。
 気にしている余裕などなかった。
 だからこそ……僕は告げる。
「助かったのはエルフリーデが純血の吸血鬼だから」
 残酷な、起こりえた現実を。
「あの程度の怪我で済んだ」
「あ……」
「だから感謝しているんだよ」
「ラインハルト……様――」
「貴女が生きていてくれて良かった」
「――――!!――――」
 泣きそうな顔をされた。
「お帰りを、言ってあげられないのは、寂しいから」
 それが、限界だった。
 彼女はポロポロと泣き始めた。
 僕には優しく抱きしめてあげることしか出来ない。
「ねぇ、ブリュンヒルト」
「…………」
「『ごめんなさい』より、『ありがとう』の方が良いな」
「ふぇ?」
「謝られるより、その方がきっとエルフリーデも喜ぶ」
「そう……です、か?」
「それははっきりと言えるよ」
 僕もそうだから。
 しばらくブリュンヒルトは黙ったままだった。
「お礼……したい……です」
「良いね」
「何か、考えます……わ」
「そう。頑張って」
「はい」

 助けた方も、ごめんなさいと連呼されたら気が滅入る。
 助けたのは、そんな事を言わせるためではないから。
 助けたのは、罪悪感を背負わせるためじゃない。

 生きていて欲しいからだ。

 それが少しでも伝わってくれていれば、良いと、思った。




 夕方。
 夕日が綺麗な時、執務室の扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼、しますわ」
 入って来たのはブリュンヒルトだった。
「元気ないね」
「……わからなくて」
「何が?」
「エルフリーデさん。何が好きなのか、わからなくて」
 ああ……なるほど。
「どうしたら喜んでくれるのかって、考えても、分からなくて――」
 そう考えて行動してくれるだけで彼女は喜ぶと思うが――
「それで僕に相談に?」
「うう……はい」
 ブリュンヒルトはうなだれた。
「ハインリヒさんはエルフリーデさんの側にいるから聞きづらくて――」
 ハインリヒに聞けないのなら僕しかいないだろう。
 良く話をしているのは僕やハインリヒ、そしてクルトぐらいだ。
 事情を知っている僕の方が話しやすかったのだろう。
「う〜ん。エルフリーデは花が好きだよ」
「花、ですか?」
「うん、そう」
 彼女は本当に花が好きだ。
 楽しそうに話をしていたのを良く覚えている。
 クルト作、管理はエルフリーデとハインリヒ――な、庭がある。
 当然、花も満開だ。
 手軽だが、これでは納得できないだろう。
「夢幻の森と呼ばれる場所に水色の花びらをつける花があるんだ」
「水色の花?」
「そう。正式名称は天空の花=B場所が限定されてるけど群生してるらしいよ」
 そこで僕は提案した。
「採りに行く?」
「はい!」
 今日、一番元気な返事だ。
「じゃあ行こう」
 夕食前までには帰ってこないとね。




 僕たちは夢幻の森で天空の花を摘み、花束にした。
 そしてブリュンヒルトが彼女に渡す。
 今は眠っているエルフリーデの側にいるブリュンヒルト。
 目が覚めたらきっと、楽しそうな声が聞こえるだろう。

 それは、予感というよりも確信だった。