在るべきものは在るべき所に帰るもの。
だから放っておいても大丈夫だと言い放った。
それを素直に信じる子供たち。
釈然としないものの関わり合いになりたくない大人たち。

イレーネは少しずつ僕たち吸血鬼以外の者たちとも話をするようになってきた。
アルはイレーネに嫉妬していたから仲良くなれるか心配だったけど、その心配は不要だった。
一番最初に仲良くなっていた。
子供同士だからか……
元気なアルと静かなイレーネとはタイプがまるで違うのだが――
でも、仲良きことは良いことだ。
だから僕も何も気にすることなく仕事が出来る。
僕は椅子に座ると書類を裁き始めた。
そうしてしばらく書類を裁いていると、扉がノックされた。
いつもより控え目……
クルトはもっと元気だ。
ハインリヒはきっちりとした音がする。
誰だ?
「はい」
返事をすると扉が開く。
入って来たのはアルとイレーネの子供たちだった。
「どうかした?」
「ライン兄様、庭に何か落ちてるんだ」
「庭に?」
「うん」
「……純血の吸血鬼なの」
「は?」
人の家の庭で生き倒れ?
シカとするわけにもいかず、見に行くことにした。
二人に案内されて見に行くと――
確かに、落ちていた。
イレーネの言うとおり、純血の吸血鬼だ。
ちょっと離れた所から他の皆も見ている。
僕はくるりと皆の方を向いて言った。
「在るべきものは在るべき所に帰るもの。
だから放っておいても大丈夫だ」
「そうなの?」
「そうだよ」
子供たちは素直だからすぐに信じてくれた。
他の皆は釈然としないものを感じるモノの関わり合いになりたくないという空気が漂っているため突っ込んでは来ないだろう。
さて、そうと決まればとっととこの場を立ち去ろう。
そう思っていたのに、事態は思った通りに行かなかった。
「冷たいじゃないか! ラインハルト!!」
復活したその男は後ろから抱きついて来た。
相変わらず鬱陶しい。
「どちら様ですか?」
僕は振り向くと笑顔でそう言い放った。
男は泣きが入った。
「ラインの知り合い?」
こういうことを聞いてくるツワモノはクルトしかいない。
ぶっちゃけ、もう関わり合いになりたくないんだが――
「お父さんです」
余計な自己紹介などしなくていい。
「ああ! ラインの空気な父親だね」
「うぐっ――」
クルトの素直な感想に衝撃を受けている。
全く問題はない。
「それで、何の用? ヴィルヘルム。いつまでもひっついてられると邪魔なんだけど」
早く離せ。
「うう。相変わらず冷たいね。ラインハルト」
「僕、仕事が山積みなので部屋に帰ります」
「待って〜! 待ってくれ!! そんな事を言わないでくれ!!」
うざい。
「何?」
しぶしぶ聞くと、とてつもなくつまらない返答がかえって来た。
「妻とケンカしてしまってね」
「くだらない」
「んな!?」
「痴話げんかは犬も食わないので帰ってください」
「そ、そんな!?」
くっ!
足にしがみついているこの男――
どうにも邪魔だ。
僕に体力があれば振りほどけるのに!
これほど自分に体力がないことを疎ましく思ったのは初めてだ。
「仲直りしたいんだけど――」
「すれば」
「それが難しいからラインハルトに聞きに来てるんじゃないか!」
はっきり言おう。
尋ねる人材を間違っている。
「帰れ」
「なっ!」
「僕にそんな事を聞くこと自体間違ってる」
「どうして!?」
「だって、僕ケンカしたことないし」
言い争いなんて……
「そこの純血のお嬢さんとは?」
「エルフリーデは優しいから怒ったりしないんじゃない?」
怒っているところはおろか怒鳴っているところすら見たことがない。
「そちらの混血の青年は?」
「ハインリヒはエルフリーデの執事だよ。僕にも良くしてくれるね。でも基本的に仕えるものだからそういったことはないね」
「そこの小さな純血のお嬢さんは!?」
「イレーネとケンカ? イレーネは我が儘言わないしなぁ……もう少し言ってくれても僕としては全然構わないんだけど……」
求める結果を引き出せなかったヴィルヘルムは黙り込んだ。
「他の者たちは?」
「ないよ」
ヴィルヘルムはやっと僕の足を離してくれた。
地面に両手を着いて落ち込んでいる。
「じゃあどうすれば!」
「知らないよ」
だいたい未婚の僕にそういうの聞く?
聞かないだろう、普通。
どうせケンカの理由もくだらないに違いない。
「さっさと帰っ――」
「だって、ラインハルト〜!」
それからくだらない愚痴に何故か付き合わされた。
時間の無駄以外の何ものでもないと思う。
とっとと帰ってくれないかな。
僕はそう思いつつも口には出さず、溜息を吐いた。
結局、ヴィルヘルムが帰ったのはとっぷりと日が暮れてからだった。