私にはあの方だけ――
 そう言って微笑むハインリヒ。
 ずっとローゼンハイム家に仕えてきたハインリヒ。
 彼は生まれついての執事であり、これからも変わらない。




 今日も甲斐甲斐しくエリーの面倒を見るハイン。
 仕事の合間にお茶を楽しんでいるライン。
 時間はいつも一緒だ。
 同じ時間にハインがラインを呼んでエリーと一緒にお茶をする。
 それはもう日課になっていた。
 ハインってエリーと一緒にラインの面倒もよく見ている。
 マメだよね。
 ボクにはとても出来ない行動だよ。
 ボクって意外とズボラだからね。
 細かく計画するのは苦手だ。
 だからラインが細かく街づくり計画を立ててくれて助かったね。
 だって、そうじゃないと適当にすませちゃうし。
 ボクって意外となるようになるって思っちゃうタイプだし。
 そう思いながらボクは自分で作ったクッキーを頬張った。
 そこにハインがやってくる。
 二人の世話は終わったようだ。
 あの二人の間によくイリーがいる。
 イリーも純血の吸血鬼だから食事は必要ない。
 だからボクたちと一緒にいなくても大丈夫なんだよね。
 でも今日は一緒じゃないようだ。
 かといってボクたちと一緒にいるわけじゃない。
 まだ小さいからかよく昼寝しているみたいだから今日はそっちかな。
「ハインもボクたちと一緒にどう?」
 クッキーを見せて誘う。
「そうですね……では、お言葉に甘えて」
 そう返事をしてボクの隣に腰を下ろした。
 今ここにいるのはティアとヒルトだけ。他の三人は街に出かけている。
 買い出しだ。
 さすがにこの出来たての街じゃ物は売っていない。
 人が集まれば何とかなると思うんだけどね。
 こればっかりはしかたがない。
 ハインはボクから受け取ったクッキーを食べている。
 ハインはラインやエリー、イリーと違って混血の吸血鬼なので固形物が食べられる。
 でもそれほど必要ないみたいだ。
「ハインリヒさんってエルフリーデさんの執事ですわよね」
「はい」
 それは見ての通りだね。
「執事というのは……みなさんそういうものなのでしょうか?」
 執事か……ラインの所にはいなかったから、ボクもわからないなぁ……
「私は……生まれつき執事ですから」
「生まれつき?」
「はい。両親もそうでした」
「へぇ……」
「父が執事、母が侍女長でした」
 ああ、それは……確かに生まれつきの執事だね。
「お嬢様のご両親……旦那様と奥様にも良くしていただきました」
「そっか……」
「私はお二人の代わりにお嬢様をお守りすると誓いました」
 うん。一生懸命だよね。
 この前は……エリーがとっさにヒルトを庇ったせいで庇いきれなかったみたいだけど。
 そんなにヘマをするわけじゃない。
 とても優秀な執事だ。
 きっと両親も立派な人だったんだろうね。
「エルフリーデさんにお仕えするのはわかります。でも……どうして――ラインハルト様の面倒も?」
 ああ……そういえば……よくみてるね、面倒。
 最初はエリーに言われてるのかと思ったけど……結構自主的に行っているように見える。
 気のせい……には見えないけど――

「あの方は貴族ですから」

「貴族……?」
「ええ。あの方は吸血鬼の中でも指折りの大貴族です」
「ラインハルトはそんなに偉いのか?」
「ヴァンパイア・ロードだからね」
 ああ見えて吸血鬼一族の中でも最も強いと言われている。
 ラインは威張ったり実力をひけらかしたりしないからねぇ……
 やる時はやるけど、力抜く時はとことん抜くし。
 この前の首都襲撃も手を抜いていた。
 ラインなら……その気になれば……首都を更地にするぐらい簡単だろうに。
「私は仕える者です。高貴な方に敬意を払うのは当然のことです」
 立派だ。

「ハインって執事の鑑だね」

「恐れ入ります」
 ボクたちが話相手でも全然言葉遣いが乱れたりしないし……
 きっと慣れなんだろうね。
 敬語を止めてって言ってもきっと無理だよ。
 こういう人は。
「力を抜かなくて平気なのか?」
「お気遣い感謝します。でも大丈夫です。慣れていますから」
 年季……違うもんね。
「まぁ……疲れたら休憩しなよ。誰も咎めないよ」
「そうですね……お嬢様は優しいですから」
「ラインもエリーの執事のハインにいろいろ言うわけないし」
「はい。わりと自由にさせていただいております」
 執事いなくても生活できるんだからそうだよね。

「私にとって、あの方が全てですから――」

 柔らかく微笑んだ。
 ハインのこんな表情を見たのは初めてだ。
 本当にエリーの事が大事なんだろう。
 それは見ていてよくわかる。
 ボクも……

 ――きっと、ヒトの事は言えない……

 一族に……見放されたボクにとっては――
 たとえ闇の者だとわかっていても……光に見えたから――

 ボクは楽しそうに話をするラインを見つめた。