エアフォルクの街に人が集まり始めた。
 それに伴い昼も夜も賑やかになった。
 生活習慣が違うため、静かな時間というものは存在しない。
 だが、それさえも良いことだとラインハルトは告げる。




 情報屋に情報を流してもらってから半月……街にはだいぶ人が集まって来た。
 それだけ人間に苦労している亜人が多いということだ。

 忌々しい……

 僕はそう思いながら窓の外を見降ろした。
 そして時間を確認する。
 仕事も一区切りついたし、ちょっと休憩しよう。
 サルーンに行くと珍しく皆揃っていた。
「あれ、珍しいね」
「うん。なんとなく」
 ふ〜ん。
 僕はどかっとソファーに座った。
 すると横からススッ――と紅茶が差し出された。
「ありがとう」
 相変わらずハインリヒは仕事が早い。
「ライン兄様」
 とてとてとアルが駆け寄って隣に座った。
「どうかした?」
「最近賑やかになったよね」
「街に住民が増えたからね」
「昼も夜も賑やかになった」
「それは、生活習慣の違いだね」
「みんな昼間に行動するわけじゃないんだ」
「そりゃそうだよ。貴方達は気付いてないかもしれないけど、吸血鬼だって基本的に夜行性だよ」
「そうなの?」
「純血の吸血鬼って弱点がないからわかりづらいけど」
 昼より夜の方が行動しやすい。
「ライ様」
「何?」
「この前外に出たら拝まれた」
 拝む?
 僕が怪訝な顔をしていると――
「俺も」
「私も」
「わたくしもありました」
「わたしも、そうだな」
「オレもされたよ」
 エルフリーデを見ると――
「はい。わたくしもありましたよ」
「私も、ありましたね」
「ボクもボクも〜!」
 ……何故に?
「ライン兄様は、ないの?」

「ないけど」

 ……なんか、信じられないようなものを見る目で見つめられてるよ、僕。
 そんな顔されても――
「ねぇ……ライン」
「何?」
「ラインって、最近忙しいよね?」
「ん? ああ、そうだね」
 街に住民が増えたため書類が増えたんだよね。
 住民登録をして街に住んでもらっているから……その関係の書類が大量に――
「ラインって、ここ半月の間、外出、した?」
「外出?」
 そして考える。

 ……………………
 …………………………………………
 ………………………………………………………………

「ないかも」

 いや、ないな……
「だからじゃない?」
「つまり、そんなふうになったのは人が増えてから?」
「うん。きっと感謝されてるんだよ。だって、ほら、人間に苦労して来たから――」
 わからないでもない。
 なるほど……
「ここに暮らしているのがこの街の創始者だってわかってるから、皆そういう態度をとるんだよ」
「そうか」
「特にラインなんか外歩いたら大変かもよ?」
「僕が? 何故?」
「だって、街を創り、亜人の為の世界を創ろうとしてるんだよ?」
「うん」
「金髪金眼の純血の吸血鬼って、かなり有名だよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。豪華な服着た金髪金眼の男がこの宮殿から出てきたら丸わかりだよ」
 そっか……そうなのか――

「ん? 宮殿?」

 ここは屋敷だろう?
「ラインって、偶に世間一般常識を凌駕するよね」
「それはどういう意味だ?」
「ラインの暮らしてる家を屋敷≠ニ呼んでるくらいだから、そうだよね」
「だからそれは――」
「ラインが屋敷≠チて言い切ってるから皆それに合わせてたけど――」
 クルトが言葉を切った。
 なんか、呆れたような表情をしている。

「ラインの家って……世間一般から見て、城≠チて呼称されるべきものだと思うんだけど」

「……は?」
 クルトが何を言っているのかわからなかった。
「ここも宮殿、と呼ばれるだけの建物の大きさだよ」
「…………そうだったのか――」
 気がつかなかった。
「だから余計だよ。ラインって、この街で一番偉い人だよ? トップだよ? 国主……いや君主 、かな?」
 とにかく一番偉い人物なんだから外に出たら凄いことになると言われた。
 でもイマイチ実感がわかない。
「ラインも出かけたらわかるよ」
「ふ〜ん……」
 僕はそのまま会話を流したが、本当に凄いことになるとは思っていなかった。




 よろっ――

 パタン。

 僕はソファーに倒れ込んだ。
「ライン、大変だったんだ」
「予想以上に」
 僕はあの会話の後、街の様子も気になっていたこともあって外出した。

 そう、外出した。

 それが疲労の原因につながるとも知らずに。
 クルトの言った通りだった。
 凄まじかった。

 そう、とても。

「ライン兄様、大丈夫?」
「あまり」
「何があったの?」
 パタパタと扇子で仰ぎながらクルトが聞いて来た。
「外に出たら聖上≠チて呼ばれた」
「へぇ〜、確かに、そうかもねぇ〜」
「それをきっかけに凄い人だかりになった」
「拝まれたの?」
「そんな感じ」
 そのおかげでなかなか前に進めなかった。
 いや、行けば行くほど酷くなった。
「僕、神様じゃないんだけど」
「確かにそうだけど、彼らにとってはそうなんだよ」
「それは――」
「辛くて、悲しい思いをして来た彼らにとって、ラインは希望なんだ」
「希望……か」
「だから、そういう扱いをされてもしょうがないというか、当然というか――」

「期待……されてるのかな」

「とても、ね」
 頑張らなければ……そういう気分になる。
 期待されているからじゃない。
 それだけ、辛い思いをしているからだ。

 これ以上、悲しい思いをしてほしくない。

 それが、僕の気持ちだ。
 だから――

「亜人を開放してみせるよ。必ず」

 それでどれだけ犠牲が出ようとも構わない。
 僕は、純血の吸血鬼。
 人間の都合など…………気にしない。