クロイツェル家には別荘がある。
そこに最近、出る≠轤オい……
何とかして欲しいと頼まれラインハルト達は別荘に向かった。
そこで出遭ったのは――

今日は珍しく散歩に出た。
それは最近散歩に出ていないということに他ならない。
理由は忙しいから…………というのもあるけれど、一番の理由はあれだ。
街に行くと崇拝される。
嫌なわけではないけど……ちょっと動きにくくなるのが難点だ。
僕はあんなふうにされるほど偉くはないのだけど……
そのため、ちょっと静かに歩きたい時は変装が必須になった。
自然な街の姿が見たいというのに、これでは駄目だ。
何でこんなことを……と思うが仕方ない。
そしてふらふらと街の様子を見て回っていると――
「……もしかして、ラインハルト君かい?」
いきなり後ろから声をかけられた。
バレた!?
慌てて振り向き――
さらに驚愕することになる。
そこにいたのは同族だった。
つまり、純血の吸血鬼。
しかも――
「グスタフさん?」
血族だった。
「いやぁ……こんなところでラインハルト君に出会うとは思ってもみなかったよ」
「僕もです」
屋敷……いや、宮殿に帰ってサルーンに通した。
そして会話を始める。
「どうぞ」
そう言って紅茶を差し出してくるのは勿論ハインリヒだ。
「ああ、ありがとう」
そしてその様子を見ていたクルトが声をかけてきた。
「ライン、誰?」
「祖父だ」
「――ってことは……ファル様の?」
「うん、そう」
へぇ〜っと言いながらクルトはグスタフさんを観察し始める。
グスタフさんも周囲を見渡している。
「ふむ。今は少なくなった純血の吸血鬼が意外といるなぁ」
エルフリーデとイレーネのことだろう。
「それに……彼は天使か」
「ボクはそうだよ」
「珍しいな」
「そうかも。でもボクはラインに育てられたからここにいるのは当たり前」
えへへ〜っと笑っている。
「君が? ラインハルト君に?」
「うん」
「そうか……ん――」
そこで何かを考え込むような姿勢をする。
「一体どこで?」
「ラインのお家だよ」
「なっ――!?」
グスタフさんは絶句した。
まぁ……無理もない。
「血族以外を上げないあのクロイツェル家に?」
「うん」
「そうか……」
まぁ……驚くよね……普通――
「変わってきているのか……」
多分……変わってるのは僕だと思うけど――
そしてグスタフさんは真剣な顔をして僕を見た。
「実は、折り入って頼みたいことが――」
ここはクロイツェル家の別荘。
どうしてここに来たか……それは――
「ここに出るの?」
「らしいねぇ」
僕は腰にイレーネとアルをひっつけたまま返事をした。
二人の顔色は若干悪い。
「本当に出るんですか? 幽霊なんて」
そう……この別荘に……幽霊が出るらしい。
「ここはクロイツェル家と伴侶になった吸血鬼が住む屋敷。出るとしたら吸血鬼の幽霊かな?」
「うぅ……」
怯えてしがみつく二人。
「怖いなら待っていればよかったじゃないか」
「でも……」
誰もいなくなる宮殿にはいたくなかったらしい。
難しいものだ。
「それで、ラインのお祖父さんもまだここで暮らしてるんだよね?」
「ああ。ヴィルヘルムみたいなのは特殊だ。基本的にここで余生を過ごす」
「だから困ってるんだ?」
「みたいだな」
今は勿論、深夜だ。
夜じゃないと幽霊は出ないからな。
「こんな大人数で本当に出るのか?」
「さぁ? でも、聞く限りじゃそんなに迷惑な霊じゃ――」
僕は言葉を切って周囲に神経を張り巡らせる。
「ラインハルト?」
「ふむ」
「どうかした?」
「何かいるね」
それを聞いた二人の力が増した。
「気配するの?」
「生きている者の気配はしない」
「じゃあ――」
「でも、明らかに冷たい空気と、意志の力を感じる」
「間違いないね〜」
「だな」
「で、どこ?」
「こっちだ」
僕は二人にしがみつかれているおかげでかなり歩きにくかったが案内した。
間違いなくこちらにいるはず。
しばらく歩くと、何かこちらをうかがっている瞳と目が合った。
目が合うと慌てて姿を隠した。
しかし、気になるのか壁の後ろからこっそりと覗いている。
……間違いなくアレだろう。
声をかけようとすると――
「う、後ろ!!」
ホルストの悲鳴が上がる。
僕の真後ろに……現れた。
「貴方はここで何をしているんだい?」
シーン……
返事はない。
まぁ……しかたな――
「どうして?」
返事が来た。
真後ろに現れた幽霊は不思議そうな顔をしている。
しかし、意味が分からない。
「どうして? 意味が分からないんだが」
「どうして、話しかける?」
ああ、なるほど。
「別に僕は退治に来たわけじゃないしね」
グスタフさんが悪さはしないんだが気になるから調べて欲しいと言われただけだ。
グスタフさんはイレーネとアルと同じように幽霊が苦手らしい。
そのため、この屋敷にもかなり長い間帰っていないとか……
そんなグスタフさんの代わりに真相を確かめに来た。
だから何かするつもりは全くない。
「ライ様と一緒――」
ぼそりとイレーネが呟いた。
そう……現れた幽霊は金髪に……、金眼だった。
つまり――
「ご先祖様?」
明らかにクロイツェル家のカラーだ。
「僕はラインハルト=エルツェ=ファル=フォン=クロイツェル。貴方は?」
そう尋ねると、驚いたようにこちらを見、そして、おずおずと、名乗った。
「カルステン……カルステン=ラウラ=マティアス=フォン=クロイツェル――」
カルステン?
カルステン……カルステン……カル――
駄目だ。
最近の系譜は頭に入ってるけどわからない。
相当昔か――
「一つ聞くけど」
「……何かな……?」
「一体どれくらい前の……?」
そして彼はしばらく考えた。
「多分……五千年くらい、前」
周囲で驚きの声が上がる。
そうだよね。
僕もそんな気持ちでいっぱいだよ。
わからなくて当然だった。
しかし、先祖なのは確実だ。
「それで、ご先祖様は一体ここで何を?」
「わからない。気が付いたら、ここにいた」
手に負えないよ。
僕は霊媒師じゃないんだから。
「ワタクシは、ずっと一人だった」
「妻に先立たれたワタクシは、一人だった」
「寂しかった」
「そして、気付いたらここにいた……」
寂しそうに……………………笑った。
一人……か――
僕は彼に向かって歩いた。
イレーネとアルはもう離れている。
僕はそっと彼に――――――――触れた。
「――――!?」
「なら、一緒に来る?」
「え?」
「一緒なら、寂しくない」
「それは――」
「一人は、嫌なんでしょう?」
「――――ッ!!」
カルステンの表情が、泣きそうに――歪んだ。
カルステンは僕の身体に手をまわして、泣いた。
「もう……一人は――――嫌だ」
ここにいたのは唯の幽霊じゃなかった。
寂しがりやな、ご先祖様。
そして彼は……意外な形で僕に恩を返してくれることとなるが、今の僕には知りえないことだった。