目が覚めたらすでにここにいた。
死んだ場所は別だったはずなのに……
どうしてここにいるのか……
どうしたら違う場所に行けるのか……カルステンにはわからなかった。

どうしてここにいるのだろう。
目の前にある光景を見て、そう思った。
だってここは……クロイツェル家の別荘だったはずだ。
自分だってそれほどここに来た記憶はない。
それなのに、どうしてワタクシはここにいるのだろう?
理解できなかった。
そして、どうにもならない現実にぶち当たった気分だった。
いや、ぶち当たっている。
だって、どう考えてもこれは成仏できなかったということだ。
未練があったということなのだろうか?
そんなに自分はこの世界にいたかった?
考えて見る。
いや、逆のはずだ。
自分は……寂しかった。
寂しかった……………………だけだ。
ああ……だからか……――
それが未練なのか――
でも、それが分かったところでどうすることも出来ないことは、ワタクシが一番良くわかっていた。
あれからかなりの年月が経った。
純血の吸血鬼であるワタクシでさえ長いと思う年月だ。
あれから少しだけ自分のことが分かった。
自縛霊ではないみたいだ。
自由に移動できる。
屋敷内から出られないということはなかった。
でも、だからといって――
移動する勇気も無かった。
次に、物には触れない。
基本的にはすり抜けてしまう。
でも、気合いを入れれば触れることも分かった。
人には絶対に触れない。
こればっかりは気合いでどうにかなるような問題ではなかった。
そしてワタクシが視えるのはごく一部の者だけということだ。
誰にでも視えるわけではないらしい。
透けているこの身体を見ることが出来るのも、本当にごく一部の者たちだけだった。
視えない者がほとんどなのであまり問題視されていない。
視えても気のせいで済まされてしまう。
そして、そういう場合……ワタクシも姿を見せないように気をつけるからだ。
怯えられるのは…………哀しい――
そして……
罵倒されるのも…………怖い――
だからこそ、あまり人には近づかないようにしていた。
こんな状態で死ねるのかどうかはわからないけど――
怖い……
これ以上辛いことが起きなければいいと、思う……
ワタクシが死んでから……多分、二千年ぐらいは経過したと思う。
ここに来る純血の吸血鬼達の言葉が変わり始めたのは千年ぐらい前からだ。
でも、完全に別物になった。
名残さえない。
これが時代の移り変わりなのだと、思った。
少しずつ変化していた。
それをずっと見ていると妙な気分だ。
あんなに違う言葉なのに……少しずつ変わっていったから――
今ではもうあの言語は日常では使われないようだ。
幸いなことに、ワタクシはここでずっと言語の移り変わりも見ていたので言葉に困ることはない。
ただ、話す相手もいないけど――
ワタクシが死んでからもう四千年ぐらいが経過した。
でも、本当のところ、時間感覚がないせいでよくわからない。
気にする必要もないのだけれど……
ただ……世界は哀しい――
亜人たちは弾圧されているから。
哀しい話と噂ばかりが耳に入る。
純血の吸血鬼も、今では数を減らしてしまったようだ。
でも、幸いなのか、まだクロイツェル家は続いている。
ローゼンハイム家は断絶の危機だという噂は聞いたが――
ここで暮らしている純血の吸血鬼が噂をしていた。
金色の吸血鬼の話。
話を聞く限りどうもワタクシの子孫のようだ。
そしてかなり優秀らしい。
街を一つ壊滅させたらしい。
凄いとしか言いようがない。
ワタクシには、そんなことが出来るほど勇気がない。
羨ましい限りだ。
ここから誰もいなくなってかなりの時間が経った。
どうも幽霊が出るという噂が出ているらしい。
気をつけてはいたが、やはり完璧には無理だったようだ。
そして今度の純血の吸血鬼は幽霊が苦手らしく屋敷自体に近寄らなかった。
だから、本当の一人ぼっちになったのはそれからだった。
淋しい――
哀しい――
それでも、どうにもならなかった。
そんなある日――
人が来た。
しかも、かなりの大人数だ。
こっそりをうかがうと――
純血の吸血鬼以外の……亜人たちの方が多かった。
あの中で吸血鬼なのは四人だけだ。
他は全員亜人。
でも、ワタクシは目を奪われた。
だって、そこには……
金髪金眼の青年がいた。
間違いなく、子孫だ。
気になった。
とてつもなく気になった。
だって、ここに一族の者が来たのは初めてだったから――
様子を窺っていたら気付かれた。
淋しい……
哀しい……
そんな思いに支配されたワタクシは、ついに彼らの前に姿を現すことにした。
一人はもう…………嫌だった。
だから……消されても、構わないと……………………そう……思えた。
勇気を振り絞って、子孫である彼の少し後ろに姿を現した。
消されることを覚悟して。
それなのに、彼は不可思議な事を告げた。
「貴方はここで何をしているんだい?」
どうして?
ワタクシは幽霊なのに――
何故……話しかける?
「どうして?」
その時は口に出ていた。
「どうして? 意味が分からないんだが」
意味がわからないのはワタクシの方だ。
「どうして、話しかける?」
彼は意外なことを告げた。
「別に僕は退治に来たわけじゃないしね」
あっさりと、そう言った。
何故?
幽霊なのに……
「ライ様と一緒――」
彼にべったりと張り付いている少女がじっとこちらを見ながら呟いた。
「ご先祖様?」
彼は、おそらく確信している。
それでも、そう、尋ねてきた。
「僕はラインハルト=エルツェ=ファル=フォン=クロイツェル。貴方は?」
そしてあろうことか自己紹介までして来た。
何代後かはわからないが、正真正銘……子孫だった。
「カルステン……カルステン=ラウラ=マティアス=フォン=クロイツェル――」
どうして彼は幽霊と普通に会話をしているのだろう?
ワタクシの名を聞いた彼は難しい顔をした。
系譜でも遡っているのだろうか?
「一つ聞くけど」
言いにくそうに口を開いた。
答えが出なかったのだろう。
「……何かな……?」
「一体どれくらい前の……?」
それを聞かれても……困る。
特に人がいなくなってからは年月が特にわからなくなったから。
でも……多分――
「多分……五千年くらい、前」
物凄く驚かれた。
当然か……当然だよね――
「それで、ご先祖様は一体ここで何を?」
何を――?
「わからない。気が付いたら、ここにいた」
むしろ……ワタクシの方が知りたい――
何故?
彼は頭に手を当てた。
困っているようだ。
そうだね……困るよね――
だから、つい、本音を漏らしてしまった。
消してもらえるように。
それなのに、彼は――
あろうことかワタクシに手を伸ばしてきた。
触れられるはずがないのに――
そう……触れられない……はずだった。
なのに……腕を…………がっしりと、掴まれた。
感覚が……ある。
驚きで、声も出ない。
そんなワタクシの状況を無視して彼は告げた。
「なら、一緒に来る?」
「え?」
幽霊だよ?
ワタクシはもう生きていないんだよ?
「一緒なら、寂しくない」
「それは――」
当然だ。
誰かと一緒にいれば、寂しくない。
でも――
「一人は、嫌なんでしょう?」
「――――ッ!!」
言葉が……突き刺さった。
そうだ。
嫌だ。
一人は――
「もう……一人は――――嫌だ」
思わず、彼に…………縋ってしまった。
生きている……彼に――
彼は……優しい――
ワタクシを否定しなかった。
それどころか……一緒にいてくれるという。
久しぶりに、心が温かくなった。
聞けば彼は亜人の為に世界征服するらしい。
幽霊でも力になれるだろうか?
書類に忙殺されている彼……ラインハルトを見ながらそんな前向きなことを考えた。
そう思えるようになったのも、彼がいるからだ。