エアフォルクには見えない壁がある。
 それはここに住まう全ての亜人たちを護るためのもので、ラインハルトは力を惜しまなかった。
 だが、目に見えぬ結界は護られている感じがしないものだ。
 特に、魔力がないものは――




 バンッ!!!

「ライン!!」
 物凄い勢いで扉が開かれた。
 ――というよりもぶち破られたといった方が正しそうだ。
 何故なら、扉は少し傾いている。
 蝶番が壊れたのだろう。
 後でクルトに直してもらわないとなぁ……
 そんなことを思っていると胸倉を掴まれた。

 相変わらず乱暴なホル。

 横では目を丸くしてカルがこの光景を見ている。
「どうしたんだい?」

「どうしたもこうしたもあるか! あいつら攻撃をしかけてきやがった!!」

 それはわかったから手を離して欲しい。
 そう思っていると、カルが助け船を出してくれた。
「手、話してあげて」
「ん? ああ、悪い」
 余程興奮していたのだろう。
 僕だから大丈夫だったのであって他の者なら首が締まっているかもしれない。
 気をつけてもらわないとなぁ――

「はっ! だから――」

 また詰め寄られた。
「心配しなくても大丈夫だよ」
「あんたはいつも……」
「僕が何の手も打っていないと思っているわけ?」
 途端に動きが止まった。
「それ、は――」
「ちゃんと施してるに決まっているじゃない」
 仲間を危険に晒すようなヘマはしないつもりだよ。
「心配しなくても、とても強力な結界が張ってある。中にいれば、安心」
 カルの言葉に視線を彷徨わせた。
「それは前の時と同じ?」

「ううん。もっと強力で強烈な見えない壁だよ」

 この僕が疲れるほどの結界だ。
 人間如きに破られるはずがない。
「結界を破られる心配は全くないけど、ここに来る亜人たちのためにも邪魔だから掃討しとかないとね」
 僕は懐から水晶を取り出した。
「それは?」
「監視映像だよ。そういうシステムを結界の一部に組み込んでるんだ。だからどこに敵がいるのかは僕にはお見通しってわけ」
 敵の位置と数と戦力を確認する。
「攻城兵器だ。あんなの見るの久しぶり」
 しかもかなりの数。
 本格的に攻め落とそうと思っているようだ。
 まぁ……金色の吸血鬼率いる悪の組織を攻め落とそうとするのに、手加減なんてするはずないよねぇ……
 首都壊滅状態にされたのに。
 いや、首都壊滅状態にしたのに、よくこれだけの兵器を用意出来たな……
 他国に援助でも頼んだのか?
 僕たちもしかして世界的な犯罪者?
 ふむ……これは一度僕たちの認知度が国外でどの程度なのか調べておく必要がありそうだね。
 それは後でなんとかするとして……
 今は目の前の問題だよね。
「攻城兵器が三つ……人数は二個師団……戦力は総合で中の下、といったところか――」
 偶に強そうなのがいるけど大したことはなさそうだね。

「攻城兵器か――」

 さすがにあれは生身で受けたら無事では済まない。
「ワタクシが行ってくる」
 誰にしようか思案しているとカルがそう名乗り出てくれた。
「うん。確かに、攻城兵器なんて当たっても痛くも痒くもないカルはバッチリだね。でも一人じゃ――」
 さすがに疲れるんじゃなかろうか?
 僕が出ても良いけど……カルと一緒に出ると…………後々のことを考えればまだ隠しておく方が――

「私が行きましょう」

 顔を上げると、ハインがいた。
「ハインか……」
 確かに彼なら怪我もせずに敵を殲滅してくれそうだ。
「カルステン様、よろしくお願いします」
「よろしく」
 二人で平気か?
 だが、下手に他の者をこの二人の側に投下するといろいろと大変そうだ。
 吸血鬼だから攻城兵器も平気なのであって亜人じゃ――

「そうだ! イリーに頼もう!」

「はぁ!?」
 それに驚いたのはホル。
 なんでそんなに驚くんだろう?
「あんた……あんな子供まで前線に出す気か!?」
 正気と思えないと、言われている。
 でも――
「イリーは純血の吸血鬼だよ?」
「それはわかっている!」
「アルと六つしか違わないじゃない」
「六歳も、だろう?」
 この辺の感覚は亜人と吸血鬼の差だと思う。
「それにイリーは強いけど?」
「魔術が? それならせめてクルトを――」
「クルトでもいいんだけど……クルトは攻撃はあまり得意じゃないから――」
 それだったらイリーに任せた方が確実に良い。
 ホルが渋っているのは小さな少女を戦闘に参加させることなのだろう。
 でも――
「別にイリー自身が危険なわけじゃないし――」
 ああ、そうか。
「ホルはイリーが人形動かしてるの見たことないんだ」
「ん? 人形?」
「うん。最初は綿の人形を動かしてたんだけど――」
 それだと強度に疑問が残るからクルトに戦闘用の人形を創ってもらったんだよね。
 攻撃型、防御型、敏捷型の三種類。
 ちなみにたくさんある。
 イリーはまだ幼いから同時に二体しか動かせないけど……大きくなればもっとたくさんの人形を同時に動かせるようになるだろう。
「イリーは安全地帯から人形を動かして戦う人形使いだよ」
「それは――」
「大丈夫。クルトの創った人形は戦闘用にいろいろ強化してある上に仕込みもバッチリ、壊れにくい」
 だからイリーが危険にさらされることはない。
「イリーは結界内で人形を動かしていればいい。あの子は、強いよ?」
 そしてもっともっと強くなる。
「だから大丈夫。よし、そうと決まればイリーを呼んで攻撃開始だ」
 二人に場所を告げ、先に行っているように促す。
「ホル、そんなに心配なら貴方も一緒に行くといい。ただし、攻城兵器が危険だからイリーと同じく、結界から絶対に出ないこと。いい?」
「う、わかった……」
 不承不承肯いた。
 ホルを見送ってから、僕はクルトを探すために執務室を出た。

「扉、直してもらわないとね」

 さすがにこのまま放置するわけにはいかない。
 僕は完全に役割を果たさなくなっている扉を一瞥してから歩き出す。

 ホルに物はを壊さないように言っておこう。

 そう思いながら。