今まで気付かなかったことに気づく。
 もっと早く気付いているべきだった。
 しかし、それはしかたのないことだ。
 何故なら、一緒に任務をすることなど全くなかったのだから――




 僕の代わりに何回か、カルに出撃してもらって気付いた。
 彼の能力に。
 僕の目は節穴か?
 そう自分で言いたくなってくる。
 溜息が出た。

「どうかしたのか? 溜息なんてついて」

 らしくないとホルに言われる。
 僕はいつでも余裕綽々で冷静沈着だというイメージがついたようだ。
 そうだね。
 それがボスのあるべき姿だとは思う。
 でもちょっと僕は意外に気付かなかった自分に自己嫌悪を感じてるんだけど。

「どうかしたの? ライン? 変だよ〜」

 クルトにまでそう言われた。
 さすがにショックだ。
 僕はカルを見た。
 僕が見たことによって自然に皆の視線がカルに集中する。

「何?」

 カルは寂しがり屋なのでこの視線にものともしない。
 普通はちょっと引きそうなものだが。

「カルの目って……死眼≠セよね」

 カルは不思議そうに目を瞬いた。
 本人も気が付いていなかったようだ。
 なるほど道理で話題に上らなかったはずだ。

「死眼≠チて?」

 五大眼術の一つだということを知っていても詳しくは知らないのだろう。
「僕の魔眼≠ヘ発動すると紅くなる。そして『忘却』、『消去』、『置換』、『意識障害』を引き起こすことが出来る」
「はーい!」
 元気よくアルが手を上げた。
「何?」
「忘却と消去の違いは?」
「忘却はある特定の事象について記憶を抹消すること。
 消去はある特定の期間の記憶を抹消することだよ」
 つまり、僕個人のことを忘れさせたい時は『忘却』、一定期間開かれたお祭りのことを忘れさせたい時は『消去』を使う。消去の方はその期間の記憶がすっぽりと抜け落ちるだけなので祭以外の場所で僕と出会っていた場合、僕のことを忘れることは出来ない。でも、忘却を使った場合、僕に関する全ての記憶がなくなる。つまり、全く知らない人物になるわけだ。忘却は基本的にたくさんの事象を忘れさせることはできない。たくさんの記憶を消すなら『消去』を使った方が遙かに楽だ。
「へぇ……」
 そしてクルトも話し始める。
「ボクは天眼≠ナ使うと瞳の色が空色になるんだ」
「それはなぁに?」
「『遠視』、『透視』、『真贋』、『心裡』だよ〜」
「『遠視』は効いた通り、遠くまで見える能力だ。『透視』は物体を透過して見る能力。『真贋』は本物と偽物を見破る能力。『心裡』は人の心の内を見透かす…………要するにクルトに嘘をついても無駄だということだ」
 真実を移す瞳……それが天眼≠セ。
「そして死眼=c…使うと瞳の色が紫色になる。能力は『瘴気』、『邪気』、『悪逆』、『憎悪』だ」
「『瘴気』は相手を死に追いやる病にしちゃうの。『邪気』は相手から悪気という感情を消しちゃうんだよ。これをされると人殺しも悪いことだと思えなくなったりするんだ。『悪逆』は犯罪行為をするようになるんだよ。これになると悪いことをしなければ生きていけなくなるね〜。で、最後の『憎悪』が物事全てが憎らしく感じるようになるの。つまり、何をしても憎み、妬むようになっちゃうんだ〜」
 この能力を聞いてわかるとおり、死眼≠ヘ魔眼∴ネ上に危険視されている。
 死眼≠使えるものがほとんどいなくなったのも天使たちが狩ったからだと言われている。
 それにしてもどうしてカルが?
 そんな疑問にクルトがあっさりと答えてくれた。
「死眼≠チて幽霊が持ってるんだよね」
「そうなのか?」
「うん。昔は生きてるヒトも持ってたんだけど、ボクたち天使が狩りつくしちゃったから。幽霊は薄暗い思考をしているから持ちやすいみたい」
 まぁ、確かに幽霊が持っていてもおかしくないような能力だ。
「でもどうしてラインは気付いたの? カルと一緒に任務に行ったことないのに……それどころかエアフォルクに来てからラインが直接任務に行ったことなんてないじゃない」

「うん。ないね」
「じゃあなんで?」

「見たからだよ」
「見た?」

 それを聞いたクルトは物凄い勢いで僕の肩を掴んできた。
「ちょ――大丈夫なの!?」
「落ち着け! 僕が直接見られたわけじゃない。それに、カルがそんなことをするはずがないだろう?」
「そ、それは――確かに」
 納得してくれたようだ。
「じゃあ……」

「今朝また性懲りもなく攻撃してきたギルドの人間がいたんだ」
「ああ、そうみたいだね」
「カルがそれの撃退に行ってくれたんだが……」
「まさかその時に?」
 僕は頷いた。
「僕は水晶越しに見ていただけ。でも、あれは間違いなく死眼≠フ『憎悪』だった」

「…………だからあの人、段々意味不明な事を叫び始めたの?」

「そうだろうな。紫色の瞳で、魔術を使っていた」
 僕が見たのはそれだけ。
 でも、それが問題だ。

「う〜ん……それって、ちゃんと使えるようにならないと物騒だよね〜」

「そうだな。というわけで、だ」
 僕はカルに言った。
「ちょっと明日から人間の街に行って訓練してきてくれるか?」
 神妙な顔をしていたカルは頷いた。
「うん。わかった」
「瞳の訓練方法は知ってる?」

「平気。クロイツェルは魔眼持ち。例え自分が持っていなくても訓練方法だけは受け継がれる」

 カルの時代からそうだったのか。

「皆に迷惑にならないように、皆の力になれるようにコントロール出来るようになる」

 カルが力強く告げた。
 とても頼りになりそうだ。
「明日から頑張るね」
「うん、頑張って」

 明日から、人間の街で恐怖が横行するようになるのだが、そんなの僕たちの知ったことではない。