「あれ? 碧風(ヘキフ)様?」
 それはとても珍しいことだった。
「何故こんな所に?」
 碧風(ヘキフ)様は基本的に外にいる方が好きなのか、よくテラスにいる。
 ――というか、テラスで紅茶を飲んでいるのしか、見たことがない。
 なのに今日は客間にいる。

 珍しい。
 珍しすぎる。

「今はちょっと近づけないんです」
「近づけない?」
 テラスで何かやってるのか?
 そう思って白雲(シユク)さんを思い浮かべるが、白雲(シユク)さんはさっきキッチンにいた。
 テラスにいるということはないだろう。

 では何故?

 思い当たる節は全くない。
 そう思っているのが通じたのか、碧風(ヘキフ)様は言った。
「今、テラスには蒼氷(ソウヒ)桜愛(ササネ)がいます」
 ……何故その二人がいると近づけないのだろう?
 ああ、もしかして――
「お二人に気を遣っていらっしゃるのですか」
 そう思ったが、碧風(ヘキフ)様はパタパタと手を振った。
「違いますよ」
 ……?
 他に理由なんてある……か?
 疑問符だらけの俺に碧風(ヘキフ)様は笑っていた。
緋燿(ヒヨウ)桜愛(ササネ)がどれだけ蒼氷(ソウヒ)が好きか知らないからわからないんですね〜」
 いや、桜愛(ササネ)様が蒼氷(ソウヒ)を大好きなのは見れば解るが――
「見れば解るよ」
 ちょっと行ってこっそり窺ってくればいいと碧風(ヘキフ)様は言った。
 なので疑問を解決するためにテラスに向かうことにする。



 その途中で白雲(シユク)さんに会った。
緋燿(ヒヨウ)、どこに行くんですか?」
 何気なく尋ねられたことに答える。
「ちょっとテラスに――」
 そう言った瞬間、白雲(シユク)さんの顔色が変わった。
「テラス? テラスに行くんですか?」
「え……ああ、そう、だけど――」
「あの……今はやめておいた方がいいと思いますよ?」
 白雲(シユク)さんまで……

 一体あそこで何が?

 とても気になる。
 なので、白雲(シユク)さんの言葉を無視して碧風(ヘキフ)様に言われたとおりこっそりと覗いてみることにした。

 …………
 …………
 …………

 何故、二人があそこに近づけないと言ったのか、理由がわかった。
 俺はまだ、桜愛(ササネ)様という人物をしっかりと把握できていなかったようだ。
 あそこまでとは――
 はっきり言おう。
 あそこは……今のテラスは……

 別空間だった。

 甘い空気の垂れ流し状態だ。
 とても近づけない。
 
 いや、近づきたくない。

 あそこまで蒼氷(ソウヒ)大好きオーラが出ているとは――
 ちょっと侮りすぎたのかもしれない。
 
 これからは、あの二人が一緒にいる時は距離を取ることにしよう。
 俺は心からそう誓った。