夜曇(ヤクモ)の封印が解けた。
 それを銀生(カネユ)様に伝えると、他の統括神を呼んで来るように言われた。
 だから俺は教学部と葬送部に行った。
 白雲(シユク)さんが転生部と制裁部に行ったなら、残りはこの二つだけだからだ。

 俺が識者の館に戻って来ると、人だかりが出来ていた。
 その中心にいるのは――

蒼氷(ソウヒ)様!」

 蒼氷(ソウヒ)様は、桜愛(ササネ)様にもたれかかり、苦しそうにしていた。
 でも、生きている。
 良かった。
 無事だった。
 その蒼氷(ソウヒ)様に桜愛(ササネ)様が泣きながら治療している。
 癒しの光を受けて少しずつ、蒼氷(ソウヒ)様の顔色が良くなっていく。
「それにしても、まさか、蒼氷(ソウヒ)様の封印が破られるとは――」
「ここ最近……嫌なことが続いていましたが……それが…………予兆だったのでしょうね……」

 俺が出ていく時には霧の状態だった夜曇(ヤクモ)は、大分形を取り戻していた。

「このまま手をこまねいていては、一万年前の二の舞か……それ以上に悪い状態になってしまうよ」
「それはわかっている。それを何とかするのかわらわたちの仕事じゃ」
金音(カナリ)、アナタも知恵を出しなさい。それでも叡智と武芸の神ですか?」
「いやいや、うちにそんなこと言われても……重要な文献は大抵蒼氷(ソウヒ)様の所に行くから、うちにはなんとも言えんよ」
「役に立たん男じゃ」
 すっぱり言い捨てる黒穢(クロエ)様は相変わらずだ。
 ん?
 そう言えば……
「あの、碧風(ヘキフ)様はどちらに?」
 偉い神様がたくさんいるからすぐには気付かなかったが――
「そう言えば、おりませんね……桜愛(ササネ)殿、碧風(ヘキフ)殿は?」
「わたくしに、蒼氷(ソウヒ)様を託して、識者の館に戻られました……」
「馬鹿な!? あの禍々しい館に戻ったというのか!?」
 俺達は邪気に当てられないように識者の館から大分離れた所にいる。
「何故止めなかったんだい?」
「あの、わたくしも止めたんですけど……とても、大事な物があるからと――」
 取りに戻った?
 そんな危険な……
「無謀じゃ」
「そうでもないよ……」
碧風(ヘキフ)様!」
 ふらふらと現れた碧風(ヘキフ)様を慌てて支える白雲(シユク)さん。
「こんなに邪気塗れになって――!」
 黒穢(クロエ)様が碧風(ヘキフ)様の邪気を祓った。
「ごめ……とりに…………いってくれ…………たん……だ、よ…………ね」
 蒼氷(ソウヒ)様が碧風(ヘキフ)様に手を伸ばした。

蒼氷(ソウヒ)が保管していた世界樹の……最後の奇蹟です」

「まさか!?」
 それを聞いた銀生(カネユ)様は慌ててその壺の封印を外した。
 そして中を確認する。

「世界樹の……雫……――」

「いつ、これを?」
「一万年前には、確か……なかった」
夜曇(ヤクモ)を封印して、蒼氷(ソウヒ)が特異点に暮らし始めた時……その時にすでにだいぶ弱っていた世界樹。でも、蒼氷(ソウヒ)が側にいることで一時的に力を増したことがあった、らしい」
「世界樹が?」
「そう、その時に、最後の力を使って雫を――」
 その後、世界樹は役目を終えたかのように朽ちてしまったと――
 世界樹の雫……それは一体?
「世界樹の雫は禍神の唯一の弱点なんです」
 そんな俺の疑問に気づいたのか、白雲(シユク)さんが教えてくれた。
「でも、世界樹の雫はとても貴重なんです。これは世界樹の命そのものなんです」
 だから、いつでもあるわけではないと――
「何度も現れる禍神を倒すためにあると便利なもの、それが世界樹の雫です」
 過去、何度も世界樹の雫が使用されたらしい。
「でも、夜曇(ヤクモ)が現れた時には、世界樹の雫はありませんでした」
 世界樹から雫が取れるのは十数万年に一度だけ……
銀生(カネユ)、それをその雫は一体どれだけ――」
「壺にいっぱいだ」
「馬鹿な?! それじゃあ雫じゃない! そんなに出したら……まさか――」
「だから……世界樹は朽ちたのか――」
 ぎゅっと世界樹の雫を抱きしめる。
「それがあるならきっと大丈夫だよ」
金音(カナリ)、何か知っているのか?」
「うん。まぁ、禍神についての記述はほとんどないんだけどね。それでも全くないわけじゃない。世界樹の雫を使用した禍神の退治法は見た記憶があるよ」
「それは本当か!?」
「うん。うちもこんな所で冗談なんて言わないよ」

 それは、禍神の復活した神界において唯一の希望だった。