「…………らら……ら〜…………らら……――」
 いつものように館の掃除をしているとどこからともなく小さな声が聞こえた。
 なんだろう……
 この館で小さな声を出すような人物が居たか?
 はっきり言って蒼氷(ソウヒ)碧風(ヘキフ)様もそういうキャラじゃない。
 白雲(シユク)さんもしょっちゅういろいろ破壊しているから本人以上に周囲の音が凄い。
 そして思い至る。
 そう言えば該当する人物がいた。
 最近ここにやって来た蒼氷(ソウヒ)の婚約者、桜愛(ササネ)様。
 彼女ならありうる。
 なんせ蒼氷(ソウヒ)碧風(ヘキフ)様と違ってあれこれ命令しないし、昼間はいないからすっかり忘れていた。
 そして声をよく聞いてみると旋律があるように思える。
 歌でも歌ってるのか?
 気になったので声のする方に向かって歩いた。
 途中で蒼氷(ソウヒ)碧風(ヘキフ)様に会った。
「今日はテラスじゃないのか」
「ああ、うん……」
 するとバツの悪そうな顔をした。
「今日はちょっと体調がすぐれなくてね……」
「テラスには制裁の扉があるでしょう? あれは強い神力を持っているので側に行くと直に影響を受けてしまうんです」
「だからちょっと体調が優れない時はテラスと地下には近寄らないようにしてる」
「地下?」
「あそこにある書物は強い力を持ったモノが多いですから」
 同じような事が起こるのか……
 でも――
「神って病気……しないよな?」
 なんで蒼氷(ソウヒ)は体調が悪くなるんだ?
 蒼氷(ソウヒ)は肩を竦めた。
「僕は封印している夜曇(ヤクモ)の影響を少なからず受けてしまう」
「あっ――」
蒼氷(ソウヒ)の体調不良は夜曇(ヤクモ)の力が増していることの証です。なので常に気をつけなければなりません」
「僕は封印の器だからね」
 偶に忘れそうになる……
 この人がとてつもないモノを封じていることを……
 普段はそんなことおくびにも出さないから――
「――で、緋燿(ヒヨウ)は何してるの?」
「あ? ああ……なんかテラスから歌声が聞こえて――」
「歌声?」
「ああ、確かに聞こえますね」
桜愛(ササネ)かぁ……」
「じゃ、行ってみましょう」
 そう言って碧風(ヘキフ)様は率先して階段を上った。



 テラスに行くと確かに桜愛(ササネ)様が歌っていた。
桜愛(ササネ)!」
 そして手を振りながらおもむろに声をかける。
碧風(ヘキフ)様」
 桜愛(ササネ)様は駆け寄って来た。
「あら? 蒼氷(ソウヒ)様?」
 蒼氷(ソウヒ)はテラスに近づけないので扉のかなり手前にいる。
蒼氷(ソウヒ)、今日は力場に近づけないから」
「まぁ、ごめんなさい」
 そう言って桜愛(ササネ)様は中に入って来た。
 碧風(ヘキフ)様が扉を閉める。
「どうかなさいました?」
「歌声が聞こえたから」
「まぁ! お聞きになられていたのですか? 恥ずかしいです」
 そう言ってもじもじする。
 ……乙女だ。
「なんていう曲なんですか?」
「それが……よく覚えていませんの……」
 昔、桜愛(ササネ)様のお母様が歌ってくれたそうだ。
 記憶は曖昧になってしまったが、なんとなく思い出した旋律を適当に歌っているらしい。
「でも僕も昔聞いたことがあるよ」
「私もありますね。私たち神からしてもとても昔の童謡ですよ」
「残念ながらタイトルも歌詞も僕は知らないけどね」
 聞けばわかるという程度らしい。
「お見苦しいモノをお聞かせしてしまって――」
「いや? 綺麗だったし、別にいいと思うけど?」
蒼氷(ソウヒ)様――」
 桜愛(ササネ)様はとても嬉しそうだ。
「それに、歌なんて久しぶりに聞いた」
 それはそうだろう。
 こんな所にこもっていたら歌を聴く機会なんてないに違いない。