「よっ」
 そう言って識者の館に現れたのは白雲(シユク)さんの同僚の柿雷(シライ)さんだった。
「お久しぶりです」
白雲(シユク)は元気か?」
「はい」
 白雲(シユク)さんが元気でない日はない。
「今日は黒穢(クロエ)様に言われて白雲(シユク)の様子を見に来たんだ」
 なるほど……
「それは、ご苦労様です。でも――」
「どうかしたのか?」
 さしたる変化はないのだと、直接言うのは憚られた。

 だが、館に響き渡る破壊音が何も言わなくとも、現状を雄弁に語っていた。

白雲(シユク)……か?」
「はい。間違いなく」
 この館では哀しいことにあんな音を立てる人物は一人しかいない。
 碧風(ヘキフ)様も蒼氷(ソウヒ)も、意外とそつのない行動を取るため物を壊すという事がない。
 そして現状を確認すべく、音のした場所に向かう。
 今日はサルーンだ。

 本棚が綺麗に倒れていた。

 それを見た俺は安心した。
 良かった。
 今日はそれほど被害が出なかった。
 そんなことを思っているのが筒抜けだったのか、柿雷(シライ)さんは引き攣った顔をして聞いてきた。
「まさか、これでもマシな方なのか?」
「はい」
 それを聞いた柿雷(シライ)さんは黙り込む。
「これじゃあ……制裁部にいた時となんら変わってないんだが……」
 そう簡単に変われたら苦労はしないだろう。

「うわぁ、今日も盛大に倒したね」
「うう、蒼氷(ソウヒ)様」
「ま、別にいいけど」
「本は落ちても壊れないですからね〜」
 
 あの二人はいつも暢気だ。
 だが、柿雷(シライ)さんは厳しい顔をしている。
「なあ、蒼氷(ソウヒ)様って、あれ、叱らないのか?」
「叱らないけど? いつものことだし」
 柿雷(シライ)さんは黙り込んだ。
黒穢(クロエ)様は物凄く怒るんだが――」
 それは簡単に思い浮かべることができた。
蒼氷(ソウヒ)様はちょっと甘すぎやしないか?」
 そう言われて普段の二人の行動を思い浮かべる。
 
 蒼氷(ソウヒ)白雲(シユク)さんが失敗しても何も言わずにニコニコしていることがほとんどだ。
 そして気付く。

「…………蒼氷(ソウヒ)……様が、誰かに向かって叱り飛ばしてるところなんて、見たことないな」

「何!?」
 思い出してみるとそうだ。
 銀生(カネユ)様のいる管理局関連のことがあるとムスッと機嫌が悪くなるが、怒鳴り散らしたりしない。
 身長の事を言われるとかなり機嫌が悪くなるが……しばらくすれば機嫌も治る。
 俺の勉強の出来が悪くても、白雲(シユク)さんが何を破壊しても、叱られたことは…………ない。
 咎人関連では愚痴が多くなり、機嫌が悪そうだが……別にあたられることはない。
 怒っていることはあるが、それは主に銀生(カネユ)様と今後についての討論の時だけだ。
 失敗して怒ることは……ない。
 それを柿雷(シライ)さんに話すと――

蒼氷(ソウヒ)様は甘すぎるな。黒穢(クロエ)様と大違いだ」

 そうしみじみと言われた。