碧風(ヘキフ)!」
 物凄い形相をした蒼氷(ソウヒ)碧風(ヘキフ)様を睨んでいる。
「いい加減にしてよ!」
 あんなに怒っている蒼氷(ソウヒ)を見るのは久しぶりだ。
 いや、碧風(ヘキフ)様に対して怒っている蒼氷(ソウヒ)を見るのは初めてだ。
 碧風(ヘキフ)様には何を言われてもへらへらしていたのに――
蒼氷(ソウヒ)
 そんな蒼氷(ソウヒ)に静かに言った。
「もう良いでしょう? いい加減に、前を向いて歩いた方が良いんじゃないですか?」
「それ……は――」
 蒼氷(ソウヒ)は俯いた。
「確かに、今の蒼氷(ソウヒ)では何の役にも立ちません」
 うわっ……すげぇ事をきっぱりと言い放ったよ。この方は――
「………………悪かったね。無能で」
 ああ、やっぱり怒ってる。静かに怒ってる。
「でも、それは蒼氷(ソウヒ)のせいじゃないでしょう」
「…………」
 一体……何の話なんだ?
 昔、何かあったのか?
蒼氷(ソウヒ)の判断は正しかったんです。そのおかげでみんな助かりました」
 二人の話に全く付いていけない。
 蒼氷(ソウヒ)の過去にまつわる話なんだろうけど……
「私達は貴方に……全てを押し付けてしまった……そのせいで貴方は――」
 ごめんなさいと謝る碧風(ヘキフ)様。
「――――後悔……していますか?」
碧風(ヘキフ)……」
「ああした事を、後悔していますか?」
 それに対して蒼氷(ソウヒ)は首を振った。
「僕は後悔なんて一度もしてはいないよ」
「なら――」
「でも! ほとんど神力を失った僕に居場所はないと思った」
「それは――」
「それでも僕の存在がこの特異点にとって必要だった。それがせめてもの救いだった」
蒼氷(ソウヒ)――」
「金色の翼を持っていても、今の僕は黒翼にも劣ってしまうような微々たる力しか持っていない」
 ――!?――
 それはどういう……
「少し力を使っただけでぶっ倒れる――
 白雲(シユク)にも……緋燿(ヒヨウ)にすら劣るほどの力しかない……」
「それは――」
「でも、あれで良かったとは、ちゃんと思ってるんだよ? だって、あれ以上たくさんの人が死ぬことになっていたらと思うと……凄く嫌だからね」
「でも、それでも、私たちも手伝う事が出来たら……」
「そうだね。そう出来ていたら、結果は違っていたかもしれない。でも、無理だった。皆あれに近づくことさえ出来なかった」
「それでも! 魔竜を封じるために……蒼氷(ソウヒ)だけを犠牲にするなんて……」
 なんか…………おいてけぼりをくらっている。
「全く」
 蒼氷(ソウヒ)はそう言って笑った。
蒼氷(ソウヒ)?」
 それに怪訝な顔をする碧風(ヘキフ)様。
「後悔しているのは僕? 違うでしょ。後悔しているのは碧風(ヘキフ)の方じゃない」
「――!!――」
 ハッとする碧風(ヘキフ)様。
「――……そう…………ですね。
 はい、そうです。
 ずっと…………ずっと後悔していたのは……………………ずっと罪悪感に苛まれていたのは…………私の方です――」
「僕は誰も恨んでいないよ」
「――私も……あの時……SSSランクの神であったなら……同じように力があったなら…………蒼氷(ソウヒ)にこんな思いをさせたりしなかったのに……」
 ――……俺から見て、より辛そうなのは蒼氷(ソウヒ)よりも碧風(ヘキフ)様のように思えた。
 自分の無力を責め、嘆いている。
「……ふぅ」
 溜め息を吐いて蒼氷(ソウヒ)が俺の方を振り向いた。
「ここまで聞かれちゃったら話すしかないよね」
 確かに意味不明な単語の羅列で物凄く気にはなるが……
「いいのか?」
「いいよ。緋燿(ヒヨウ)が知らないのはしょうがないことだしね。それを責めたりは出来ない」
「あの事件には緘口令が敷かれましたからね。あの事件の事を口にする者はいません」
 なるほど……道理で知らないはずだ。おそらく、その事件があった時、俺は生まれていない。
 そんな大事件があったらさすがにわかるはずだ。
「でも、緘口令が敷かれてるんだろ? 話していいのか?」
 それ話したら罰せられるんだよな。
 ――…………ん? 罰せ――
 そこで俺は気づいた。
 それを罰するのは断罪と執行の神である碧風(ヘキフ)様であるということに。
「気づいた?
 僕と――」
「私を罰せられる存在なんていません」
 ――…………やっぱり。
「だから心配しなくても平気だよ」
 そう言いきった蒼氷(ソウヒ)は清々しいくらいの笑みを浮かべていた。
 やはり、この権力者たちには逆らわない方が賢明だと、俺は再認識した。