碧風(ヘキフ)様が来てからしばらくが経った。
 ここにいるのが当たり前のように馴染んでいる。
 ――が、本当に仕事をサボってここにいていいのだろうか?
 俺はそんな事を思いながら紅茶を用意した。
 ベランダに行くと碧風(ヘキフ)様だけだった。
 蒼氷(ソウヒ)がいない。
 そう思いながらテーブルに紅茶を置いた。
「ご苦労様」
 紅茶を入れると嬉そうに飲み始める碧風(ヘキフ)様。
「ん? どうかしたんですか?」
 俺の視線を感じてか碧風(ヘキフ)様が紅茶を飲むのを中断した。
「ああ、いえ……仕事はいいんですか?」
 途端にムスッとする碧風(ヘキフ)様。
「私の前でその話はもうしないでくれる?」
 周囲の気温が下がった気がした。
 この人も怒らせてはいけない人だ。
 俺の本能がそう告げていた。
「す、すみません」
 碧風(ヘキフ)様はぷいっと横を向くと遠くに目を向けた。
「大体やりたくて断罪と執行の神やってるわけじゃないですしぃ」
「へ?」
 俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。
「だ・か・ら、やりたくないのに押し付けられてたんです」
 誰に?
 聞きたいが聞いてはいけないような気がした。
 だが、碧風(ヘキフ)様は続ける。
「元々、断罪と執行の神やってたのは蒼氷(ソウヒ)なんです」
 それは初耳だ。
 俺が蒼氷(ソウヒ)に聞いたのは、頼むからなんかやってくれって言われて仕方なく知識と生命の神やってるって事だけだ。
 それ以前に何をしていたとかは聞いていない。
 聞いてもはぐらかされるだけだった。
 断罪と執行の神をやっていたなんて……
 でも……ちゃんと働いていたなら何故隠そうとしたのだろうか……
「君は蒼氷(ソウヒ)から何も知らされてないみたいですね」
 俺の様子を見ていた碧風(ヘキフ)様はそう言った。
 ――確かに、俺は何も知らない。
白雲(シユク)も知ってますから知らないのは緋燿(ヒヨウ)だけという事になりますね」
 白雲(シユク)さんは知ってるのか……
「一人だけ知らないのは可哀想なので教えてあげますね」
 一体碧風(ヘキフ)様は何を語ろうというのか……
 俺はごくりと唾を飲み込んだ。
 そんな俺の心境を知っているのかいないのか、随分とあっさりした調子で言った。
蒼氷(ソウヒ)はある事件の所為で大半の力を失いました」
 …………
 かなり重い話だよな。
 なんで碧風(ヘキフ)様は笑っているんだろう?
「詳しい事は直接本人に聞いてくださいね?」
「は、はぁ……」
 そして俺は気づいた。
 後ろに誰かいるということに……
 恐る恐る振り向くとそこにいたのは――
「やってくれたね、碧風(ヘキフ)
 ――蒼氷(ソウヒ)だった。
 この後、俺は語られない歴史を知る事になる。