「昔……今から一万二千十六年ほど昔のことなんだけどね」
 そう言って蒼氷(ソウヒ)は自分の過去を話し始めた。
 それは俺が初めて聞く衝撃の事実だった。
「かつて、この世界を滅びの危機に陥れた存在がいた。
 それが禍神(かしん)夜曇(ヤクモ)。魔竜とも呼ばれている負の塊――。
 黒い強靭な鱗に赤い角と牙、鋭い爪を持った巨大な竜……
 その魔竜が現れたことにより世界は一瞬にして滅びの危機に直面した。
 何人もの神が夜曇(ヤクモ)を倒そうとしたけど……駄目だった――
 悪戯に被害を拡大させただけだった……」
「禍神・夜曇(ヤクモ)は人の負の心から生まれた強大な禍そのもの……その禍神が神界に突如現れ、神界を闇に沈めてしまった……」
「神界に朝が来ないのは――――この禍神のせいなんだよ」
 神界に朝は来ない……年中星が輝く夜……それは当たり前のことだと思っていた。
「昔は……違ったのか?」
「ちゃんと昼と夜が……昔は太陽が昇り青い空だって見ることが出来たんですよ。それも遠い昔のことですが――」
夜曇(ヤクモ)が神界に現れた……強靭な身体と能力を持っていたあの禍神を倒そうと何人ものSSSランクの神が立ち上がった……でも、勝てなかった……――」
「当時、SSSランクの神で生き残ったのは…………生きているのは蒼氷(ソウヒ)だけなんです」
「他の仲間は皆…………夜曇(ヤクモ)に殺されてしまった……」
「だから……金色の翼を持った神は――」
「そう……いないんですよ。金色の翼を持つことが出来るのは、生まれ持った資質によるところが大きいですからね」
「昔はもっとたくさん居たんだよ? 統括神はみんな金色の翼だった……」
「でも、今は――」
「そうです。今、神界で金色の翼を持っているのは四人だけです」
 ――四人…………蒼氷(ソウヒ)と……碧風(ヘキフ)様と……あと二人だけ……――
「――多大な犠牲を払っても夜曇(ヤクモ)は倒せなかった……」
蒼氷(ソウヒ)が……蒼氷(ソウヒ)が神力で夜曇(ヤクモ)を押さえつけ、封印したんです」
「そう……倒したわけじゃない…………今も…………夜曇(ヤクモ)は神界の地下に眠っている……」
「倒したわけではないので、朝はやってこなかったんです」
「僕たちの力が及ばなかったばっかりに、神界に永遠の夜を与えてしまった……」
「平和になったわけではないんです。一時的に問題を先送りにしただけなんです」
「僕は封印の器……夜曇(ヤクモ)を封印し続けるために存在しているだけの…………」
「封印の……器?」
蒼氷(ソウヒ)が死ねば夜曇(ヤクモ)は復活します」
「――!?――」
「だから、先送りにしただけ」
銀生(カネユ)金音(カナリ)が頑張ってくれてるけど……何の解決策も見いだせなければ、蒼氷(ソウヒ)の死とともに夜曇(ヤクモ)は復活する」
 それって確か統轄と徳性の神≠ニ叡智と武芸の神=c…
「神の寿命は資質によるところが大きいです…………そうですね……………………蒼氷(ソウヒ)は元がとても強いので恐らく……十万ほどは生きれるとは思いますが――」
「僕の年齢からいって残りの猶予は凡そ五万……」
「それまでに何とか出来なければ……」
「世界は終わりだね」
 あっさりと言い放った。
蒼氷(ソウヒ)って本当に緊張感ないよね」
「う〜ん……僕が禍神・夜曇(ヤクモ)に会うのは封印が何かの拍子に外れた時かわざわざ外した時しかないからね……僕が死んだ時は……その後どうなるかなんて僕は知ることは出来ないから……」
「なかなか禍神の退治の仕方って見つからないんですよ」
「あんなに本読んでるのに……遥か昔から何度も禍神と闘ってきたはずなのに……その記録の断片さえ見つからない」
「前回現れた時はおそらく倒せたんでしょうけど……」
 蒼氷(ソウヒ)が本をよく読むのって好きだからっていう理由だけじゃなくて、そう言う理由もあったのか――
「ん…………ちょっと待て……禍神は何度も現れたって言うのか!?」
「当然じゃない。禍神は人の負の心が集まって生まれたもの。人の心から負の感情が消えることはない」
「だから禍神も今仮に倒せたとしても何十万年も経てばまた新たな禍神が生まれてしまうんですよ」
「一生お付き合いして行かないといけない、まさに(わざわい)なんだよ」
「だから皆、蒼氷(ソウヒ)に異常なほどに気を使ったり、監視をしたりしているんですよ」
「僕にうっかり死なれたら困るからね」
 夜曇(ヤクモ)が出てくるからとちょっと不機嫌に言った。
 俺は…………何も知らなかった……
 蒼氷(ソウヒ)が抱えている事情も……知ろうとは思わなかった。
 人には言いたくないことの一つや二つあるはずだから……
 そして蒼氷(ソウヒ)は……蒼氷(ソウヒ)が置かれている状況は………………生殺しだ――
 何も出来ずに……ただこの特異点で在り続ける……
 それなのに、蒼氷(ソウヒ)は文句の一つも言わない……
 最初はどうしようもない神様だと思ったけど――――
 ……………………でも、蒼氷(ソウヒ)は………………………………本当は…………そうじゃないのかも知れない――――