――コンコン。

 俺は皿洗いの手を止めた。
 …………ノック?
 こんな所に来る人がいるのだろうか?
 俺が来てからは一度もない。
 いぶかしんでいると――

 ――コンコン。

 やっぱり聞こえる。
 俺は来客を迎えるために玄関ホールへ向かった。
「はい、どちら様です――――」
 俺は扉を開けて硬まった。
 目の前にいるのが人間だったからだ。
 いや、正しく言うならば人間の魂、だ。
 何故、どうやって、ここに来たのだろうか?
 死神は運んできた魂をそのまま粛神に渡す。粛神は罪の重さを量り、罪があるものは制裁部に、罪がないものは転生部に送られる。
 だからこんな所に人間の魂がいるハズがない。
 ――ないのだが、ここにいる。
 気のせいにしたかったが、生憎現実だ。
「貴方様があの知識と生命の神様ですか!?」
 濁った瞳をした人間の男の魂が詰め寄ってきた。
「はっ? いや、俺は違う。ただ仕えているだけの――」
「ああ、知識と生命の神様は何処に!?」
 あまり人の話を気かなそうな種類の人間だ。
 ――というか、こんな人間の魂をいくらなんでも通すわけにはいかないだろう。
 しかし、放り出すわけにもいかない。
 騒ぐ人間。
 俺は板ばさみにされた。
「何騒いでいるわけ?」
 ギャーギャー騒いでいた――人間の魂が――ため、蒼氷(ソウヒ)が上から下りてきた。
「あ、蒼氷(ソウヒ)……様」
 蒼氷(ソウヒ)は俺の前にいる人間の魂を一瞥した。
「ああ、もしや貴方様が知識と生命の神様ですか!?」
 蒼氷(ソウヒ)に近づこうとした人間の魂を掴んで止める。
 それを今まで見たこともないような冷たい眼差しで見つめる蒼氷(ソウヒ)
 聖例会議のときより冷たい目をしている。
「テラスに連れて来て」
 そして自分はスタスタと行ってしまった。
 俺は言われたとおりに人間の魂を連れて後をついて行くしかなかった。
 そこで蒼氷(ソウヒ)は極彩色の扉の封印を解いていた。
「真に望む者……我が名【蒼氷(ソウヒ)】の名のもとに道を開け」
 ゆっくりと扉が開いた。
 実際に扉が開いているのは始めて見る。
 中は全てを吸い込んでしまいそうなほどの暗い闇――
「貴方の望むものはここにはない」
「そんな!!」
「望むなら先へ進むがいい」
 蒼氷(ソウヒ)はそう言った。
 だが、この扉は――
 人間の魂は迷うことなく中に入っていった。
 それを見届けた蒼氷(ソウヒ)は扉を閉めた。
「道は閉ざされ、望みは断たれる」
 ガタン――

 そして今まで聞いたことのない言葉が蒼氷(ソウヒ)の口から飛び出した。
「忌まわしい下衆の魂が……ウザイったらないね」
 そう言い放って蒼氷(ソウヒ)は椅子に座った。
 蒼氷(ソウヒ)の機嫌は見るからに悪い。
 この話は今はしないほうが良さそうだ。
 俺は八つ当たりされないように蒼氷(ソウヒ)の機嫌をとることにした。
 蒼氷(ソウヒ)の大好きな高級ワインとワインにあう料理を用意しよう。