「こうして僕はこの特異点に建てられた識者の館に閉じ込められたんだよ」
 そう言った蒼氷(ソウヒ)に悲壮感はない。
「…………ずっと心配でした」
碧風(ヘキフ)様?」
「望んでもいないのに、こんなところに押し込められた蒼氷(ソウヒ)のことが……」
 碧風(ヘキフ)様は唇をかんだ……
「僕は後悔していない。僕がしなければ…………世界は終わっていたのだから――」
「ですが――」
「後悔したことなど一度としてないんだよ」
 そう言って蒼氷(ソウヒ)はソファーから立ち上がると碧風(ヘキフ)様を正面から抱きしめた。
 これは碧風(ヘキフ)様がソファーに座っていなければ、ただ抱き着いているようにしか見えなかっただろう。
「後悔しているのは…………碧風(ヘキフ)銀生(カネユ)……そして桜愛(ササネ)だね」
「それは――」
「僕が――――僕が独りでしたことで三人に傷を付けてしまった……
 それは僕にしかできなかったことだけど……仕方のないことだけど……
 優しい三人は傷ついた……」
「そう……ひ……」
「管理局の爺連中と違って三人は泣いてくれた……僕のために――」
 管理局の連中?
「冷たい連中だけではないと……僕の事を心配して、想ってくれる人たちのために夜曇(ヤクモ)を封じることにしたんだよ」
「そのせいで……蒼氷(ソウヒ)の時計を止めてしまったのに?」

碧風(ヘキフ)

 蒼氷(ソウヒ)の声の質が変わった……
 碧風(ヘキフ)様の正面にスッ――と立つ蒼氷(ソウヒ)
 いつもと違う……
 ……威厳たっぷりな……声――

「私が決めたことです。私が自分で望んだことです。貴方が苦しむ必要などどこにもありません」

 ……心に直接響く……声――

「前を向いて歩かなければならないのはどちらですか?」

「――!!――」
 ああ…………やはりこの人は…………権威ある神なのだ……
 初めてそう思えた……
 どんなに苦しくても、泣き言一つ言わない……立派な神様なのだ……
 俺は今まで、この人のごく一面しか知らなかった……
 ――仮面で隠された一面しか……

「心配してくれなくとも私は大丈夫です。ちゃんと笑えますから」

「ごめんなさい……蒼氷(ソウヒ)…………私は……………………」
 ずっと俯いていた碧風(ヘキフ)様が顔を上げた。
「立ち止まりません。先へ進むことの出来なくなった、蒼氷(ソウヒ)の代わりに……私は進みます」
「そう…………それで、いい」
 初めて知った蒼氷(ソウヒ)の…………蒼氷(ソウヒ)様のこと……
 それはとても重い事実だった……
 そして苦しんでいる人がいる……
 犠牲とは――――犠牲になる人よりも、残される者たちの方が余程…………辛いのだと……………………そう、思った。