「こんにちは」
 元気な声が下から聞こえる。
 聞き覚えのある声だ。
 そう思ってテラスから下を覗き込んだ。
「あれ? 白雲(シユク)じゃない」
 白雲(シユク)を見つけた僕はテラスから降りた。
「お久しぶりです。蒼氷(ソウヒ)様」
「うん、そうだね。何かあったの? 黒穢(クロエ)の元を離れるなんて……」
 白雲(シユク)は制裁部の文神だ。
「はい、その黒穢(クロエ)様の命令でここに来ました」
 黒穢(クロエ)の?
 珍しいと思いながら白雲(シユク)が手渡してきた封筒を開ける。
 中の手紙を読むと――
 
 
    久しぶりじゃな、蒼氷(ソウヒ)
    折り入って頼みがある。
    白雲(シユク)のことじゃ。
    白雲(シユク)は相変わらずなのじゃ。
    正直、この制裁部でやっていくのは厳しいと言わざるを得ない。
    よって、少々修業を……というかあのドジを何とかしてくれ。
    あのドジさえよくなれば今すぐにでも采神にできるのじゃ。
    制裁部は最近物凄く忙しい。
    ここで構ってやれる場合ではないのじゃ。
    では、よろしく頼む。
 
 
「…………ここでしばらく修行しろって?」
「…………はい。黒穢(クロエ)様に怒られてしまいまして……」
 落ち込んでいる。
「あ〜、黒穢(クロエ)は厳しいからね」
 それに尋常じゃないくらい忙しくなってきてるらしいし……
「ボクが至らないだけだと思います」
 ドジさえなければねぇ〜……
「じゃあ、またここで働いてもらおうかな」
「はい! よろしくお願いします」
 きっちりとした礼をする。
 ドジ以外に突出した欠点はないからね、白雲(シユク)は。
 頭も良いし、要領も悪くはないはずなんだけど……
 ああ、そうだ。
 緋燿(ヒヨウ)に紹介しないと。
緋燿(ヒヨウ)、彼は昔僕のところで働いていたことがあるんだ。借りてただけだからしばらくしてから返したけど」
 でも結構借りちゃったんだよね。
 体調が物凄く優れなかった時だから仕方なかったんだけど。
白雲(シユク)です。よろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく」
白雲(シユク)緋燿(ヒヨウ)には遠慮しなくて良いからね。白雲(シユク)のほうがランク高いんだから」
 白雲(シユク)はドジだが頭が良いのでSランクだ。
 だが白雲(シユク)の表情が曇った。
「そうですか? でも、ボク迷惑掛けるだろうし……」
 まぁ……そうだろうね。
「大丈夫だよ。僕は一切気にしないから」
 別に物がいくら壊れようとも気にならないしね。
「そう言ってくれるのは蒼氷(ソウヒ)様だけです」
 …………そうだろうね。
「じゃあ、ボク掃除しますね!」
 白雲(シユク)は良い子だよね。
 ……空回り気味だけど。
「ちょっと、緋燿(ヒヨウ)
 白雲(シユク)を見送った後、その姿が見えなくなってから緋燿(ヒヨウ)の腕を掴んで引き寄せる。
「彼、悪気は一切ないんだ」
 何を言ってるんだ? といった表情をしている緋燿(ヒヨウ)
「いつも一生懸命なんだけどなかなか実を結ばないというか……」
 叱ってもどうにもならないだろうし……
「だから、何をやっても責めないでやってね」
 ドジが叱るぐらいでどうにかなるぐらいだったら黒穢(クロエ)も苦労はしなかっただろう。
 そして、ここに来る必要もなかった。
 
「なんの話だ?」
 
 まぁ……いきなりこんなことを言われてもわからないか。
「彼ね、何もないところでよく転ぶんだ」
「転ぶ……それが何か問題あるのか?」
「うん。物持ったままでも転ぶからお茶こぼしたり書類ぶちまけたり……
 でもまあそれはまだ序の口だね」
 そして以前白雲(シユク)に来てもらった時のことを思い出す。
「皿を洗うと三枚に一枚は落とすし、掃除をすると必ず物を落とすし、料理にいたっては食べられるもので調理したはずなのに危険な物体エックスが出来上がるんだ。それが結構毒性が高くて……どうやったら毒の一切入ってないものからあれだけの毒素を作り出せるんだろうって感心しちゃった」
 僕の話を聞いて露骨に緋燿(ヒヨウ)の顔が引き攣った。
 
「それ、食べたのか?」
「うん。白雲(シユク)も普通に食べてたけど?」
 
 緋燿(ヒヨウ)が一歩引いた。
「僕や白雲(シユク)は食べ物から霊素や生気を摂取してるから食べても平気だけど、緋燿(ヒヨウ)は危ないかも」
 食べても全然大丈夫だから僕は全く気にしなかったんだよね。
 そうでなければ別の人材を頼んでるよ。
 黒穢(クロエ)も病人に止め……というか僕に止めを刺すようなまねは絶対にしないだろうし。
 
「だから、命が欲しかったら白雲(シユク)を台所には立たせない方が良いと思うけど?」
 
 がっしゃーん!!
 
 破壊音が響く。
「あ〜、さっそく壊してるね」
 今の音からすると食器かなぁ?
「きっと失敗ばっかりするから黒穢(クロエ)に追い出されたんだよ」
 期限も書いてなかったし……何時までいるかわからないね。
 まぁ、僕は別に平気だけど……
 館の中が賑やかになりそうだと思いながら、僕はテラスに戻った。