扉が開く音がした。
 
緋燿(ヒヨウ)、今、帰ったの」
 
 テラスから下を覗き込む。
 今日は少々帰ってくるのが遅かった。
 仕事だったのもあるけど、主な原因は手に満載の買い出しの方だね。
 
「今日は遅かったね」
 
 可哀そうに。
 そう思って言ったのだったが、緋燿(ヒヨウ)は別の取り方をした。
 
「わかってるよ。これから急いで作るから少し待ってろ」
 
 そういう意味じゃないんだよね。
 これから緋燿(ヒヨウ)を襲う悲劇を思うとさすがに哀れだ。
 
「――ご愁傷様」
 
 僕はそう言うと身体を引っ込めた。
 今日の晩御飯は何だろう?
 まぁ……たとえ料理名を言われても僕には何であるか理解できないんだけど……
 いや……あれを見て当てられる人物がいるならば是非、見てみたいものだ。
 
 僕はたとえ極彩色でも気にならないけど――
 まぁ……でも、あれは初めて見た時にはかなりの衝撃だった。
 晴天の霹靂だった。
 
 さて、そろそろ降りようか。
 料理、出来てるだろうし。
 
 
 
 
 下に降りるとキッチンの入り口で立ち尽くしている緋燿(ヒヨウ)がいた。
 想像以上の惨劇に声も出ないのだろう。
 僕は後ろから近づいてポンと緋燿(ヒヨウ)の肩に手を置いた。
 僕が来たことに今気付いたようだ。
 それほど衝撃的だったのだろう。
「だから言ったじゃない。ご愁傷様」
蒼氷(ソウヒ)……」
「そして言ったよね。命が惜しくば自分で作りなって」
 緋燿(ヒヨウ)はすでに泣きそうだ。
 僕は緋燿(ヒヨウ)を置いて先に食堂へ移動した。
 後ろから緋燿(ヒヨウ)がついてくる。
 すでにふらふらだ。
 そしていつもの席に着く。
蒼氷(ソウヒ)……どうしてこの臭いの中平気でいるんだ?」
「――神術って便利だよね」
 力がほとんど使えない僕でもこのぐらいの軽い神術ぐらいなら使える。
 臭いなんてシャットアウト。
 そんなことを一切気にしていない白雲(シユク)がトレーに料理を載せてやって来た。
 何故かご飯の見た目は正常だ。
 しかし、僕は知っている。
 このご飯も見た目が正常なだけで十分猛毒であると――
「戴きます」
 白雲(シユク)が座ったのを見届けてから僕は料理に手をつけた。
 白雲(シユク)は勿論普通に食べるが……緋燿(ヒヨウ)は引き攣った笑みのままスプーンを握り締めている。
 
 そして一口。
 
 緋燿(ヒヨウ)はその瞬間倒れた。
 
「え? 緋燿(ヒヨウ)!?」
 驚いたのは白雲(シユク)の方だ。
 まぁ……突然倒れたら驚くよね。
蒼氷(ソウヒ)様……緋燿(ヒヨウ)が寝てしまいました」
 
 そう思える白雲(シユク)の感性の方が凄いけどね。
「仕事がきつくて疲れているんじゃないかな?」
 僕はしらっと惚けることにした。
「そうですか……」
 白雲(シユク)緋燿(ヒヨウ)を心配しながらも、取り敢えず抱え上げた。
 
 白雲(シユク)は見た目によらず怪力だ。
 
「じゃあボク、緋燿(ヒヨウ)をベッドに寝かせてきますね」
「うん。よろしく」
 そう返事をして僕は食事を続ける。
 でも白雲(シユク)だからなぁ……
 何事もなくベッドまではつけないだろう。
 
 何回か転ぶだろうからね。
 
 ドシン! という音を聞きながら僕は料理を口に入れる。
 …………食べれるけど美味しくはないんだよねぇ。
 白雲(シユク)の料理はとても不思議な味がする。