「ここ……は――?」
 ようやく緋燿(ヒヨウ)の意識が戻ったようだ。
「気がついたみたいだね」
 そう声をかけるとゆっくりとした動きで僕を見た。
「ここは……」
緋燿(ヒヨウ)の部屋だよ」
「俺……の……?」
「何があったのか覚えてる?」
「何が……」
 そしてしばらく考えている。
 起きぬけでぼうっとしているのだろう。
「そうだ。俺……白雲(シユク)さんの料理で――」
「そう。一口でばたんきゅ〜。白雲(シユク)が慌てちゃって大変だったよ」
 誤魔化したけど。
「二日も寝てたんだよ」
 そう言うと驚いていた。
 料理食べたぐらいでそんなに寝込んだら驚くか。
「ここに運んでくれたのは?」
「もちろん白雲(シユク)だよ。僕じゃ運べないからね」
白雲(シユク)さんって――」
 やっぱり非力に見えるよねぇ……
白雲(シユク)はああ見えてかなりの怪力だよ」
 実際、大の男も平然と抱えて歩けるほどの怪力だ。
白雲(シユク)さんが?」
「うん。いつも大量の書類を抱えて廊下を歩いたりしていたからね」
 多忙な制裁部ではよくあることだ。
 制裁部では体力なければやっていけない。
「まぁ、白雲(シユク)は絶対こけるけど」
 それはもう諦めるしかないと僕は思うんだけどねぇ。
 あれをどうにかすることが果たして出来るか?
 その一点に関して言えば頭の痛い問題だ。
「あの…………白雲(シユク)さんは――」
白雲(シユク)緋燿(ヒヨウ)が倒れてからずっと看病をしててくれたんだよ」
 いろいろ破壊して、たくさん空回りしてたけど。
蒼氷(ソウヒ)は一体何を――?」
「ここでただ本を読んでいただけだよ」
 僕は生活力がないと言われている。
 期待するだけ無駄だと理解してもらいたい。
 ただし――
 
「何もしてないけど、一応騒音防止と悪臭防止はしてあげてるよ」
 
 そう言った瞬間、緋燿(ヒヨウ)の顔色がさらに悪くなった。
 まぁ……当然か?
「騒音って?」
 悪臭の理由について理解した緋燿(ヒヨウ)はそう尋ねてきた。
 緋燿(ヒヨウ)もその位は理解してもよさそうなんだけどなぁ。
「勿論白雲(シユク)が皿割ったり、物落としたり、いろいろやって空振りしている音だよ」
 緋燿(ヒヨウ)がふとんに倒れ込んだ。
 倒れたい気持ちもわからないではないかなぁ?
 そう思いながら僕は術を一時的に狭める。
 真っ青な緋燿(ヒヨウ)
 
「こ…………この臭いは――」
 
白雲(シユク)が料理作ってるんだよ」
 緋燿(ヒヨウ)が倒れているんだから白雲(シユク)しか料理を作る人がいないだろう?
「料理……」
 口に手を当てた。
 また倒れそうだ。
緋燿(ヒヨウ)のために最近は消化にいいものばっかりだよ」
 僕が見てもさっぱりわからないけど、白雲(シユク)がそういうのだからそうなのだろう。
 白雲(シユク)の料理は見た目が凄まじいので言われても料理名と結びつかない。
 
 
 ――コンコン。
 
 
 白雲(シユク)が来たようだ。
 緋燿(ヒヨウ)の顔が強張ったが、僕は気にせず返事をする。
「どうぞ」
 白雲(シユク)が料理を持ちながら何とか部屋に入ってくる。
 必然的に緋燿(ヒヨウ)に目がいった。
 そして破顔した。
「良かった。目が覚めないから心配してたんです」
 そうだよね。物凄く心配していたもんね。
 そんなに仕事がキツイのかと凄く心配していた。
 スッと緋燿(ヒヨウ)に手に持っていた料理を差し出した。
 ここで緋燿(ヒヨウ)が起きていないとそのうち僕の胃袋に入ることになるんだけど、今は起きている。
 だから白雲(シユク)は僕に渡したりしない。
「こ…………これは――?」
「これはトマトリゾットです」
 自信満々に言い切った。
 とてもそうは見えないけど。
 
「どうぞ」
 
 悪魔の一声だっただろう。
 でもさすがに全てを好意でやっている白雲(シユク)にこれは毒だからやめてやれとは……言えないんだよねぇ。
 それは僕だけではない。
 だからこそ、この料理を止める人がいなかった。
「まだ体調が悪いですか? じゃあ、ボクが――」
 恐らく、ニッコリと、悪意の全くない笑顔を緋燿(ヒヨウ)に向けているのだろう。
 緋燿(ヒヨウ)の笑みが引き攣っている。
 しばらく硬直状態だったが……………………食べた。
 そして撃沈。
 
 そうだよね……言えないよね。
 
 途端に慌て始める白雲(シユク)
「まだ体調が悪いみたいだからそっとしておいてあげて」
 そう言うと白雲(シユク)は、物凄く心配そうな顔をしながら下がった。
 
 緋燿(ヒヨウ)、また当分目覚めないんだろうね。
 僕はそう思いながら、手に持っていた書物に目を戻した。